第33話 文化祭

 土曜日の早朝の電車はいつもと違いがら空きで、座って乗ることができた。

 駅で降りる乗客も、ほとんど桜ノ宮女学院うちの生徒ばかりだ。


 まだ雀の鳴き声が聞こえてくる7時半、いつもならまだ家にいる時間に「文化祭」と大きく書かれたアーチで飾りつけしある校門をくぐった。


「おはよ」


 教室に入るとすでに数名の生徒が登校しており、机の移動など準備を始めていた。

 カフェスペースになるように机を並べ替え、造花で教室内を飾り付けるといつもの教室とはちがう雰囲気となっていた。

 そんな教室の雰囲気に浸っていると、葵も登校してきた。


「夕貴、おはよ。隣の教室に衣装届いているから着替えよ」


 葵に連れられて隣の教室にはいると、シンデレラの水色のドレス、人魚姫のマーメイドラインのドレス、紫色のエキゾチックなアラビアンナイトのドレス、色とりどりなドレスが並んでおり、僕は見惚れてしまった。


 僕は自分が着る予定のベルの黄色のドレスを手に取った。

 フリルやレースがふんだんに使われているドレスは頬ずりをしたくなってしまうほど美しく、これを今から着ると思うと興奮が抑えられない。


「おはよ。ドレス、きれい」

「ほんと、夢みたい」


 茜と佐野っちも教室に入ってくるなり、わき目もふらずにドレスへと向かった。

 茜は人魚姫、佐野っちはアラビアンナイト、それぞれ自分が着るドレスを手に取り、僕と同じように着ている姿を想像してうっとりしている。

 他の女子生徒も入ってきたが、みんな同じように


「ほら、みんな見惚れてないで着替えるよ」


 葵が手をパンパンと鳴らすと、ドレスに見惚れていた僕らは我に返った。

 朝早く登校してきたとはいえ、あと1時間ちょっとしかない。9時の文化祭開始に間に合わせるべく、着替えとメイクに取り掛かることにした。


 みんなと一緒に着替えられない僕はドレスを手に取り、教室を出ようとした。


「じゃ、僕は他の教室で着替えてくるね」

「夕貴もこの教室で着替えなよ」

「えっ、でもみんなも着替えないといけないでしょ」

「誰も気にしないから大丈夫だよ。ねっ、みんな」


 葵が教室にいる女子生徒に同意を求めた。反対の声は挙がらず、みんな男の僕と一緒に着替えることに抵抗がある生徒はいなかった。


「むしろ、下野さんの下着見てみたい」

「うん、うん、実は私も気になってたんだ」


 毎朝あいさつ代わりに僕の下着の色を聞いてくる佐野っち以外にも、他の女子生徒たちも僕の下着に興味があったようだ。


「ほら、みんな楽しみにしているから、制服脱いで」


 葵に促され覚悟を決めた僕は制服を脱ぎ始めた。他の生徒も僕を気にすることなく、制服を脱ぎ始めた。

 女子の仲間に入れてもらえてうれしいと思う反面、男子扱いされなくなったことに寂しさも覚えてしまう。


 スカートとブラウスを脱いだところで、葵が再び僕に近づいてきた。


「ほら、夕貴、今日はこれも付けてね」

「つけ方わからないよ」

「じゃ、私がつけてあげる」


 そういうと、葵は僕の体になまめかしく手を伸ばし始めた。


◇ ◇ ◇ 


「夕貴、もっと楽にして力を抜いて。じゃないと入らないよ」

「えっ、でもきついよ」

「力抜かないと痛いよ」

「うっ、痛いって、もっと優しくしてよ」


 僕の背後で葵は僕が着ているコルセットのレースアップを締め上げている。

 葵は力任せに紐を引っ張り僕のウエストをくびれを作るために絞っていく。


「ほら、終わったよ」

「苦しいよ」

「すぐに慣れるよ」

「でも、コルセットと下着だけってエロいね」

「黄色の下着ってドレスと合わせたの?」


 コルセットと下の下着だけというあまり見せたくない僕の姿を、茜と佐野っちが自分の着替えの手を止めてガン見している。いや、茜と佐野っちだけではなく、教室中の女子が僕の方をみている。


「コルセットって初めて見た」

「たしかに、ちょっとエロい」


 僕の下着姿の話題で盛り上がり始めたので、居たたまれなくなった僕はドレスを着ることにした。


 ウェストにくびれのあるデザインのドレスだが、コルセットのおかげで無理なく着ることができる。

 着替え終わると葵がメイクしてくれ、髪もアップスタイルにセットしてくれた。


「ほら、夕貴、みてごらん」


 葵に手渡された鏡で自分の姿を見てみると、そこにはプリンセスになった自分の姿が写っていた。

 その美しさに自分が男であることを忘れてしまいそうになってしまう。

 美しいドレスは男であることに引け目を感じていた僕に自信を与え、外見だけでなく、内面にも変化をもたらした。


「私も着替えるから、夕貴はあっちの教室に行ってて」

「えっ?」

「私が着替えるところ見たい?」


 僕の着替えを手伝うためまだ制服姿の葵は、僕の着替えが終わったところで自分も着替え始めようとした。

 茜たちを始め他の女子も葵も一緒に着替えるかと思ったら、そうではなかった。

 着替えるところを見たいと改めていわれると、下心ありありのスケベと思われそうなので、言われた通りカフェスペースとなっている隣の教室に行くことにした。


 隣の教室では他の生徒が教室の飾りつけなどカフェの準備をすすめていた。


「きれい」

「ほんと、お姫様みたい」


 僕が教室に入ると、クラスメイトが作業の手をとめて褒めてくれた。

 あまりに褒められてばかりなので、どう応えていいかわからず謙遜した返事を返した

 

「ドレスがでしょ?」

「いや、ほんとだよ。下野さん、普段から私よりも仕草とか女の子っぽいもん」

「わかる~。うちらって、すぐに脚広げるのに下野さんしないもんね」


 共学だった前の学校の女子生徒とちがって、桜ノ宮女学院うちの女子は男子の目がないためか自由奔放な振る舞いをする生徒も多い。

 体育の後はスカートの下から下敷きで扇ぐし、ブラウスのボタンを外して下着が見えそうになっている子もいる。


「女の子らしくしないと、女の子になれないからね」

「意識高!」

「うちらには無理だね」

「そんなことないよ。かわいいは作れるよ」

「男子の下野さんから、そんなこと言われるなんて、うちら終わってるね」


 そんな談笑をしていると、着替えとメイクがおわった茜と佐野っちが教室に入ってきた。


「二人とも、似合ってるよ」

「ありがとう。やっぱりこんな服着るとテンション上がるね」

「ちょっと露出多めで恥ずかしいかなと思ったけど、実際着ると大丈夫だね」

「葵は?」

「もう少しだって」


 葵が来るのを楽しみに待ちながら、3人で写真を取り合っていると教室のドアが開いてドレスに着替えた葵が入ってきた。

 その瞬間、騒がしかった教室がみんな葵の美しさに息をのんでしまい、一瞬にして静かになった。

 

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