第35話 ダブルデート パート2
ハートのラテアートが描かれてあるカフェラテが4つテーブルに置かれている。
ハートの大きさが違ったり、微妙に形が崩れてはいるのは、文化祭クオリティのご愛嬌の範囲と言ったところか。
意味深な笑みを浮かべる葵、そんな葵と張り合おうとする沙織、気まずい僕、そして初めての女装外出に緊張している雄太と、かわいいラテアートとは対照的に平和ではない空気が4人の間には漂っていた。
沙織はラテアートの写真を撮ったり、カフェラテに添えられたクッキーを小さく一口かじったりと、まずは葵の出方を伺っていた。
葵は悠然と構えカフェラテを一口飲んだ後、沙織に話しかけた。
「中野さんの彼氏もかわいいね」
「夕貴には敵わないけど、それなりに女の子っぽく見えるでしょ。女装メイクとかパス度あげる仕草とか、がっつり教え込んだから」
「中原さんはもともと、
「いや、なかったけど、沙織に『女装したら似合うんじゃない?』って言われて、無理やり」
「無理やり?雄太も楽しそうにしてたんじゃん!」
「はい」
沙織に叱られてしょんぼりしている雄太をみて、二人の力関係は僕と葵の関係と同じであることに気付いた。
葵はその様子を見て喜んでいるようだった。
「うちの夕貴も同じよ。最初は嫌で恥ずかしがっていたけど、今日なんて綺麗なドレス着て嬉しそうにしてたよ。ほら、見て」
葵が先ほどのドレスを着ている僕の写真を、沙織に見せた。
「きれい。うちの雄太もこんな風になれるかな?」
「なれるよ。見た感じ素質有りそうだもん。肌もきれいだし、男子にしては肩幅も広くないし、いけると思うよ。まずね……」
先ほどの敵対ムードは消え、沙織が葵の話を興味深そうに聞いている。
楽しそうに話も弾み始めるのを見て、取り残された者同士雄太に話しかけた。
「どう?初めて女の子で外出してみて」
「恥ずかしいです」
「恥ずかしがってばかりいると逆に目立つよ。自然体でいる方がバレないよ。部活やっている女子で男子っぽい子いるでしょ、でも別に何とも思わないし、あえて本当に女子なのか?って目で見ないでしょ。自然にしてれば、意外と誰も気にしないよ」
女装の先輩として雄太にアドバイスを送ると、彼は素直に受け取ってくれた。
「夕貴さん、本当にかわいくて男子に見えないけど、どうやったらそうなれますか?」
「まあ女装テクとかいろいろあるけど、一番は女の子をよく観察することかな」
「観察?」
「観察っていうか、女の子の仕草とか振る舞いとかよく見て、マネするの。ほら、カップ持つとき輪っかのところに指は通さずに、つまむように持って中指は曲げずに添える感じで持つの」
実際にコーヒーカップをもって実演して見せた。雄太も僕を真似しながらカップを持ち始めた。
「些細なことだけど、その積み重ねだよ」
雄太は感心した表情でうなずいていた。
そんな僕らの横で、葵と沙織は笑い声も時折混じるぐらい話が弾んでいた。
「女装させて外に連れ出すと、不安で味方は私だけってすがってくるのがかわいくて」
「沙織もそうなの?私もよ。母性本能というか庇護欲というか、それが満たされるのよ。普通の男と付き合うとこっちが気を遣うけど、この関係だと気を遣わずに女友達の延長で付き合えて楽だよね」
「わかる、わかる。あと、女の子っぽく成長していくのが見れて楽しい」
いつの間にか葵は沙織のこと下の名前で呼んでいるし、沙織も先ほどと打って変わって満面の笑みだ。
もともと僕を好きな二人ということで趣味はあいそうだが、こんなに早く打ち解けるとは思わなかった。
「じゃ、今度ダブルデートしようよ。うちの夕貴、私服もかわいいのよ」
「えっ良いの?楽しそう。雄太に何着せようかな。やっぱりミニかな?ガーリーなワンピースもいいな?」
「服必要だったら言ってね。系列のアパレルショップに話付けておいて、社割価格で買えるようにしておくから」
「ありがとう」
僕と雄太の意向は無視して、ダブルデートが決まってしまった。まだ女装外出に不慣れな雄太は戦々恐々といった表情でうつむいてしまった。
◇ ◇ ◇
ワインレッドのミニスカートに薄いピンクのトップスと同色コーデに身を包んだ僕は、ダブルデートの待ち合わせ場所に着くと葵がすでに待っていた。
「ごめん、葵待たせた?」
「3分35秒待ったわよ」
「ごめん。髪の毛のセットに時間がかかって、電車乗り遅れちゃった」
ファッション誌に載っていた小顔に見えるおくれ毛のセットの仕方を真似してやってみたが、思ったよりも上手くいかず時間がかかってしまった。
「まあ、かわいいから許してあげる」
葵の曇りもない笑顔からすると、本当に許してもらえたようでほっと胸をなで降ろした。
沙織たちがまだ姿を見せずに心配して、スマホを取り出したころ遠くの方から沙織の声が聞こえてきた。
「ごめん、遅れちゃった。雄太が歩くのが遅くて、ほら、雄太みんなに謝って」
「ごめんなさい」
みんなに謝った雄太は、着ているピンクのワンピースの裾を気にして何度も触っている。
「ワンピース、かわいい!」
「葵、ありがとうね。おかげで社割で8割引きで買えちゃった」
「気にしなくていいのよ。気に入ってもらえたなら、私も嬉しいよ」
手を取り合って喜びあっている葵と沙織の隣で、雄太は相変わらずモジモジとスカートの裾ばかり気にしている。
僕のミニスカートよりは丈は長いものの今着ているワンピースは、この前文化祭で着ていた制服よりも短い。
「やっぱり、ミニは恥ずかしいい?」
「うん、落ち着かないし、みんなこっちを見てる気がするし」
「この前も言ったけど、恥ずかしがっていると余計目立つから、堂々としておいた方がいいよ。水族館だから、みんな水槽の方みてるから、目立たなければ大丈夫だから」
「うん」
頷いた雄太だったが、まだ恥ずかしいのか顔はうつむいたままだ。
「まあ、手始めにパノラマ水槽からみようか」
葵を先頭に水族館へと入っていった。
前を葵と沙織が歩き、男二人がその後ろをついていく。
「夕貴さん、スカート僕より短いけど恥ずかしくないんですか?」
パノラマ水槽を見ながら、雄太が聞いてきた。水槽には僕と雄太の姿が反射して映っており、たしかに僕の方がスカート丈が短い。
「確かに最初は恥ずかしかったけど、だんだんと愛する人が望む服を着ることを恥ずかしいとは思わなくなってきた」
「そんなもんですか?」
「そんなもんだよ。愛する人に愛されたいなら、愛されるように努力しないとね」
雄太は感心した表情でうなずいていた。
「夕貴もいいこと言うね。成長したね、ヨシヨシ」
いつの間にか隣にいた葵が、僕たちの会話を聞いていた。葵が頭を撫でてくれたので、甘えて頭を葵の体に寄せた。
そんな僕の姿を羨ましそうに雄太が見ている。
「さてと、次はチンアナゴ見に行こうか?夕貴の下半身みてたら、思い出した」
悪戯っぽく微笑む葵をみて、僕はいま幸せを感じている。
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