第30話 調子に乗ると
月曜日の朝、いつもなら一週間がはじまる憂鬱な朝。
でも、今日は違った学校に行くのが待ち遠しくて仕方がない。
期待が高まりすぎて早く目が覚めてしまったが、その分朝の身支度にかけられる時間が取れるので苦にならない。
制服に着替え髪の毛をセットすると、鏡の前に立った。
そこには本物の女子高生のようなスタイルをした僕が立っていた。
9月下旬、まだ昼間には暑さを感じる季節ということもあり、ブレザーは着らずにブラウスにニットベストだけなので、より胸のふくらみなど体のラインがわかりやすい。
「やっぱり、いいよね」
胸のふくらみがあった方が制服の可愛さも一段と引き立つ。
鏡の前で何度もくるくる回りながら、いろんな角度で自分の姿を確認してみる。
「どこから、どうみても女の子だ」
学校ということで派手にはメイクできないが、それでもベースメイクを均質に塗っただけで男性特有の彫りの深さが隠せて女の子っぽく見える。
「夕貴、学校遅れるよ」
鏡の前でうっとりしていた僕は、母の大きな声で我に返った。
気が付けばいつの間にか時間がたっており、早めに起きたのに結局いつもの時間に家を出ることになってしまった。
向こうから歩いてくるサラリーマン風の男性が僕を見るなり顔をそらしたものの、視線だけは僕の胸を見ているのに気付く。
次にすれ違った男子高校生も同じように、どうにかバレずに僕の胸を見ようとしている。
バレバレだよと心の中でつぶやき、ダメだと思ってもつい見てしまう男の悲しい修正に同情しながら駅へと歩みを進めた。
みんなどんな反応してくれるかなと、文字通り期待に胸を膨らませながら教室に入るとカバンを持ったまま、すでに着ていた右田茜のもとへと向かった。
「茜、おはよ」
「夕貴、おはよ。あっ!胸がある」
茜が何も言わずとも気づいてくれた。
「そうなんだ。パット入れてみた」
「やっぱり胸があった方が、しっくりくるね。夕貴、肌もきれいだし、髪の毛もちゃんと手入れしてあって編み込んであるし女子力高!」
日曜日、葵と一緒にエステに行ったばかりなので、肌は潤いマックスの状態だ。
髪も早く起きた分、セットに時間がとれて気合をいれて前髪を編み込みにしてみた。
不意にお尻を触られる感触がして振り向くと、佐野っちが挨拶代わりのセクハラを始めていた。
「おはよ。夕貴、今日の下着は何色かな?」
「今日は、新作ワインレッドだよ」
「んっ!?お尻の感触がいつもと違う。ボリュームがあるし、柔らかい」
佐野っちがお尻を撫でますのを続けながら、不思議そうな表情となった。
「お尻もパットをいれてみたの。どう?」
「いつもの筋肉質なお尻もいいけど、やっぱり揉むなら柔らかい方がいいね」
佐野っちの三つ編みおさげで眼鏡っ娘と一見純情そうな見た目とは対照的に、朝からエロ親父モード全開だ。
「どれ、どれ、胸のさわり心地はどうかな?う~ん、これも本物そっくり。柔らかくて気持ちいい」
佐野っちが、僕の同意を待たずに胸をもみ始めた。僕と佐野っちのやり取りに気付いた他の女子生徒たちが群がり始めた。
「ほんと、本物みたい」
「ねぇ~、私も触らせて」
僕が抵抗しないとわかると、クラスメイトの女子たちが遠慮なく僕の胸やお尻を触り始めた。中には僕の胸に頬ずりする子もいた。
遠慮がない分、男子なのに女子たちの仲間に入れてもらえた感じがして嬉しかった。
「あっ、葵、おはよ」
女子生徒が群がっていたので気づかなかったが、葵がいつの間にか登校しており僕の方をジト目で見ていた。
他の女子とイチャついくと、葵の機嫌が悪くなってしまう。
「葵、ごめん」
「朝から、楽しそうでよかったね」
葵はその一言だけ言うと、自分の席にすわって僕の体を触り続ける女子たちの輪には加わらなかった。
表面上怒っているわけではないが、その静かさが不気味に感じた。
◇ ◇ ◇
翌日の火曜日の朝、僕はスカート丈が長いと野暮ったく見えてしまうのが気になって、スカートのウエストを一折りたたんで家を出た。
スカート丈が短い方が、葵も喜んでくれるだろう。
昨日、あのあと土下座して葵に謝ったこともあり、葵はいつも通りだった。
その何もなさが返って、嵐の前の静けさを感じさせて不気味だった。
そんな不安を抱えて満員電車に揺られていると、不意にお尻を触られる感触がした。偶然手が当たったという感じではなく、明らかに意思をもって何度もお尻を揉まれたり撫でまわしている。
同じお尻をさわるでも佐野っちが毎朝あいさつ代わりに触っているのとは違う不快で不気味な感触に、僕の体は凍りつき身動きが取れなくなってしまった。
車内は混み合っているので移動はできないが、それでもお尻を振って抵抗したり手で払いのけたり、「やめてください」と声を出すことはできる。
痴漢の恐怖に支配された僕は、何もできず耐えることしかできなかった。
次の駅までの数分で着くはずだが、永遠のようにも長く感じる。
僕が抵抗しないことで調子に乗り始めたのか、痴漢の手はスカートの中に伸びてきた。
スカートの生地越しではなく直にふれる痴漢の手に、より一層の不快さと恐怖を感じ始めたとき、ようやく電車が次の駅に着いた。
学校の最寄り駅ではなかったが、痴漢の魔の手から逃げるために降りる人の波にのり電車を降りた。
このまま家に帰ろうかと思ったが、帰ってしまうと両親に心配をかけてしまう。
呆然としたまま次の電車を待ち、怯えた気持ちを抱えて周囲を気にしながら学校へと向かった。
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