第29話 胸の重み

 駅前のデパートの下着売り場には、色とりどりの下着が並んでいる。

 男のころは下着売り場を通りかかると周囲の視線を気にして足早に立ち去っていたこともあり、女の子になって客として下着を買いに来るようになった今でも下着売り場にいると、落ち着かない気持ちになってしまう。


 葵は楽しそうにお店の中を見渡している。


「何色にしようか?」

「聞いたところで、私の意見はきかないんでしょ」

「一つぐらいは夕貴の希望かなえてあげるよ。どれが欲しいの?」


 葵が一方的に決めるものと思ってとくに考えていなかったが、希望を聞いてくれるというので、ピンク、黒、水色など色もデザインも豊富な下着売り場を歩きまわり物色を始めた。


 まずは花柄のブラジャーが気になったが、その隣にあったリボンが付いているのもかわいくて欲しくなってしまった。

 色も今もっているのはピンクや水色といった淡い色ばかりなので、黒や赤といった濃い色にも惹かれてしまう。

 いざ自分で自分の下着を決めるとなると、悩んでしまう。


「夕貴、決まった?」

「この紫かワインレッドで悩んでる」


 どちらも奇麗なレースがふんだんに使われており、大人っぽいデザインが気に入った。


「じゃ、両方買えば。あと、この花柄にしよ。かわいいでしょ」


 葵は白にピンクの花柄のブラジャーを僕に見せた。


「でも、これDカップだよ。私、胸ないからAカップでいいよ」

「大丈夫だから、それもDカップにして」


 言われた通りDカップのブラジャーに変えて会計へと向かった。

 葵も僕と同じデザインのブラジャーを手に持っていた。


「夕貴が選んだの、私も気に入ったからお揃いで買ったよ」


 嬉しそうにブラックカードでお会計をしている葵を眺めながら、僕は葵と同じものを身につけられる幸せに浸っていた。


「なに、ニヤニヤしてるのよ。また、変なこと想像してた?」

「いや、葵とのお揃いが嬉しいだけだよ」

「最初のころはあんなに嫌がってたのに、ブラジャー買ってもらって喜ぶようになるなんて、夕貴も変わったね。男なのにブラジャー着けて嬉しいって変態じゃないの?」


 葵の言葉は平和な下着売り場の雰囲気を壊し、周囲の人が僕たちを見始めた。

 葵の口調は厳しいながらも、表情は小悪魔な笑みを浮かべており険しくはない。

 その表情をみた僕は葵が望んでいることを察した。

 

「男なのにスカート履いている変態な僕と、付き合ってくれてありがとう。葵と付き合えて僕は幸せです」


 衆人環視の中、自分を蔑むセリフで葵に愛を伝えるのは恥ずかしいが、葵が羞恥プレイを望んでいるならやるしかない。


「そうよ、わかってるじゃない」


 満足そうな笑みを浮かべた葵は僕の頭を撫でてくれた。

 葵に受け入れてもらった喜びで、周囲の人の視線は気にならなかった。


 下着売り場をでると、買ったブラジャーの入っている紙袋を少し持ち上げて葵に尋ねた。


「で、どうするの?Dカップのブラジャー買って。サイズ合わないよ」

「ほら、これをつければ大丈夫よ」


 葵はカバンから袋を取り出すと僕に渡した。

 袋の中を見ると肌色の丸い二つの物体とガードルが入っていた。


「何これ?」

「胸のパットとヒップパットよ。どんな感じか見てみたいから、さっそく着替えてきて」


 葵に背中におされ男子トイレに入った。

 下着売り場の男性トイレには男性客はおらず、すんなり個室の入ることができた。

 デパートのトイレはきれいで、個室の中にはフィッティングボードも設置されており着替えるのに支障はなさそうだ。


 服を脱いで今着けていたブラジャーを外すと、葵からもらった胸のパットを付けた買ったばかりのDカップのブラジャーにを身に着けた。

 下の下着も葵からもらったお尻にパッドが入ったガードルに着替える。


 服を着た上から胸を触ってみると柔らかくも弾力があり、いつまでも触っていたいほど心地よかった。


 個室をでて洗面台にある鏡で全身を確認してみると、豊かに膨らんだ胸とお尻が女性らしい体のラインが作られていた。

 偽物の胸とお尻だが、それでも女の子に近づけたことが嬉しくて、いろんなポーズをとりながら鏡に映る自分の姿に見惚れてしまった。


「———おっ!」


 トイレに入ってきた男性が大声をあげて、一歩下がってもう一度男子トイレであることを確認していた。

 今日の僕は薄紫の透け感のあるトップスに、紺色のミニスカートを着ている。

 そんな僕が男子トイレにいると、女子トイレに間違えて入ってきたと思われても仕方ない。


「大丈夫ですよ。ここ男子トイレです。ごめんなさい」


 呆気に取られている男性の方には視線を向けずに、逃げるようにトイレを出た。


 小走りで待たせている葵のもとへと到着すると、「遅いよ!いつまで待たせておくつもり?」と不満げな葵に謝った後に、手を後ろに回し胸を突き出したポーズをとってみた。


「どう?」

「いい感じじゃない。本当に女の子になったみたい」


 葵は上機嫌な笑みを浮かべて僕のお尻をポンと叩いた。


「でも、胸って重いね。肩こりそう。女子ってみんなこれに耐えてるの?」

「ま……まあね。すぐに慣れるよ」

「そんなものかな?」


 胸の重さや歩くたびに揺れる感覚は慣れるまで時間がかかりそうだが、それ以上に女性らしい体のラインになれた喜びの方が大きい。

 女性の服はやはり胸やお尻がある前提で作られているので、胸やお尻があった方が服がきれいに着こなせる。


「そんなに胸ができて嬉しいなら、いっそのこと豊胸手術してみる?美容整形紹介するよ」

「いや……、そこまでは、まだ……」

「そうだ、良いこと考えた。もし夕貴が浮気したら、二度と浮気できないように豊胸手術するからね」

「それ、全然良いことじゃないからね」


 冗談を言っているようで、葵の眼は笑っていなかった。

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