第28話 文化祭

 窓の外にはオレンジ色の夕焼け空が広がっている。だいぶん、日暮れが早くなってきたと感じた。

 気温も日暮れとともに下がり始めて、僕はカーディガンを羽織ることにした。


 いつもなら帰りのホームルームが終わると、一部の学校で勉強をしていく人たちを残してガランとしてしまう教室だが、最近は賑やかだ。


「メイド喫茶って古くない?」

「そうかな?じゃ、メイドに限らずコスプレ喫茶にする?」


 来月の文化祭の準備のため、部活がなく普段はすぐに家に帰る生徒も残って話し合いをしているので、どこのクラスからもにぎやかな声が聞こえてくる。


「コスプレと言えば去年のハロウィン、ネズミーランドに行ったけどこの写真見てよ?」

「マジでかわいい」


 議論に行き詰まると、結論をださないまますぐに別の話題にうつるので、いつまでたっても結論は出てこない。

 誰もやりたがらない書記役を押し付けられた僕は、発言権もないまま女子生徒の話し合いに付き合っていた。


「でしょ。これってどうかな?コスプレでも、ネズミ―キャラクターのプリンセス限定にして、プリンセス喫茶というのは?」

「いいね」

「でも、衣装どうしよか?調べたけど、レンタルでも結構高いよ」


 一瞬決まりかけたが費用という現実の壁に打ち返され、またしても議論は振り出しに戻ってしまった。


 今日も完全下校の7時までには結論が出そうにもないと諦めて、ぼんやりと窓の外を眺めていると、職員室にいっていた葵が戻ってきた。


「何か、決まった?」

「それがね、プリンセス喫茶したいんだけど、衣装がね……」

「プリンセス喫茶!いいんじゃない、衣装は私がどうにかするよ」

「さすが上園さん。上園さんがうちのクラスで良かった」


 葵の登場で行き詰っていた議論も一気に解決した。やはり、金の力はすごい。


「で、夕貴はどれにする?」


 先生に提出するための議事録を書いている僕の横に、葵が座ってスマホの画面をみせてきた。

 そこには、白雪姫、シンデレラ、人魚姫といったプリンセスの衣装が並んでいた。


「……えっ!私も着るの?」


 文化祭当日は、僕は調理係などてっきり裏方で働くものと思っていた。


「当たり前じゃない。こんな衣装着られる機会なんて滅多にないよ」

「じゃ、白雪姫かな?」

「……う~ん。王道のシンデレラもいいけど、人魚姫やアラジンも捨てがたいな」


 僕に聞いておきながらそれを無視して、葵はスマホを見ながら悩み始めた。


「私、人魚姫にしたけど、上園さんはどうするの?」


 文化祭の実行委員の女子生徒が葵に尋ねてきた。


「……えっ!私?私は、ほら、生徒会とかいろいろあって忙しいし」

「え~。上園さんも着ようよ。私、シンデレラ着たいけど、上園さんが着るんだったら譲るよ」


 教室に残っていた女子全員からの懇願に、珍しく葵が押され気味になっていった。


「部活に行っている子もいるから、配役は明日のホームルームで決めよ」

「そうするけど、みんな葵のシンデレラ見たいと思うよ」


 議事録に「シンデレラ:上園葵」と書きながら、左手で葵がシンデレラのドレスを着た姿を想像して膨らんできた下半身を押さえつけた。


◇ ◇ ◇

 

 土曜日のファミレスデニーズでのバイトは、新作スイーツ発売された最初の週末ということもあり、いつもより客数が多く疲れ切ってしまった。


「お疲れ様です」

「お疲れさん」


 退勤のタイムカードを切るために、休憩室に入ると夜勤のはずの山田店長がすでに出勤しており、険しい顔でパソコンに向かっていた。


「今日はかなり客数多かったみたいね」

「そうですね。やっぱり新作スイーツの影響ですかね?」


 僕はタイムカードを切りながら答えると、山田店長は意外な言葉を口にした。


「それもあると思うけど、下野さんのおかげでもあるかな?」

「どういうことです?」

「最近話題みたいだよ。この店に、女装した男性店員がいるって」


 道理でオーダーを聞きに行ったり、料理を届けに行くたびに、あちらこちらのテーブルから「写真撮ってもいいですか?」と聞かれたわけだ。


「ほら、見て、ツブヤイッターでもバズってるよ」


 山田店長が差し出したスマホには、僕の写真とともに多数のコメントが寄せられていた。


 一部批判的なコメントがあるが、ほとんどは「男に見えない」「女子の私よりもかわいい」などと好意的なコメントが多い。


「そんなわけで、来月テレビの取材も入ったからよろしくね」

「取材?テレビ?嫌ですよ」

「宣伝になるからお願い」


 山田店長が両手を合わせてお願いしている。先ほど、パソコンをみて渋い表情を見せていたところを見ると、お店の売り上げは芳しくないのだろう。

 断って山田店長に迷惑かけるのも悪い気がして、取材に応じることにした。


「はぁ~、厄介な仕事が増えてしまったな」


 制服から着替え終わった後、お店を出ながら思わず独り言が漏れてしまった。


「何が、厄介なの?」

「葵?なんで、ここに?」


 葵は僕がバイトを終えるのをお店の外で待ち構えていた。


「ほら、バイト終わったんなら、買い物行くよ。下着買いに行くってこの前言っておいたでしょ」


 僕の返事を待たず歩き始めた葵の後を、慌てて追った。


「今度テレビの取材が入るって、知ってた?」

「もちろん。LGBTに寛容な会社ってことでアピールになるからね」


 僕にバイトさせるのは、これが狙いだったのかもしれない。

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