第2章 ツンデレ葵、ベタボレ夕貴
第27話 愛妻弁当
転校当初は女子高にスカートを履いた男子がきたと注目を浴びていたが、慣れというのは恐ろしいもので次第に僕に関心を寄せる生徒は少なくなっていった。
僕もこれ幸いにと、できるだけ目立たず地味に学校生活を送っていた。
しかし、才色兼備で学校のリーダー的存在の葵が僕と付き合い始めたというニュースは学校中に知れ渡ると、その生活も一変した。
再び僕が、望んでもいない衆目の関心を集めてしまうことになってしまった。
昼休み、日直の仕事として提出物を職員室まで届けに行った僕は、帰り廊下ですれちがう生徒からの視線を集め、針の筵のような居心地の悪さを感じていた。
「ほら、あの子が上園さんと付き合っている子よ」
「男なのにスカート履いて、女子と付き合うなんておかしいよね」
「ひょっとして、心は女って言ってるけど、普通に男じゃないの?」
「ってことは、男なのにスカート履いてるの、変態」
僕を見た途端始まるヒソヒソ話が僕の耳まで届いてくる。いや、ヒソヒソ話という声の大きさではなく、明らかに僕に聞こえるように話している。
問題を起こせない立場の弱い僕が恥ずかしさから下向く様をみて、笑い声が漏れ聞こえてくる。
恥ずかしさに耐えきれず、先生に注意されないギリギリの小走りで教室まで駆け込んだ。
「おかえり」
葵がにこやかな笑顔で出迎えてくれた。教室に入ってしまえば、葵がいるので表立って僕を馬鹿にする生徒はいないので安心できる。
「廊下を歩くだけでも、変に注目されちゃうよ」
「別に気にしなくていいんじゃない。悪いことしてるわけじゃないんだから。それに時期に飽きて誰も話題にしなくなるよ」
「心は女の子って言ってるのに、葵と付き合うのってマズくない?」
「女子高なんだから、女の子同士付き合うって普通だよ。ほら、あそこの二人も付き合ってるって噂だし、キスしてるのみたって子もいるよ」
葵が視線を送る窓際の席には、仲良さそうに話している二人の女子生徒がいた。
言われてみると距離感が友達にしては近すぎるように感じる。
あの二人が口づけを交わすのを想像しているうちに、いつしか葵と僕に置き換えて葵とのキスシーンの妄想をしてしまった。
一度妄想してしまうと、その妄想が頭から離れず、葵の豊かな唇をじっと見つめてしまう。
僕の視線に気づいた葵が、厳しい表情に戻り問い詰めてきた。
「何、見てるのよ。ひょっとして、エッチな想像してるでしょ」
「してないよ」
「ホントかな?」
葵が僕のスカートに手をかけた。
まずい。さっきの妄想で膨らんだ下半身はまだ戻っていない。
(祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす)
僕は落ち着くために、古文で習っている平家物語の冒頭部分を心の中でつぶやいた。
少しずつしぼんではいくが、このままだと間に合わない。
「あら、葵も夕貴の下着の色が気になるの?」
売店から戻ってきた佐野さんが、葵に声をかけたところでスカートをめくり始めた葵の手が止まった。
「まあね」
「昨日が水色だったから、今日は多分、ピンクだよ。最近の夕貴は、水色、ピンク、黄色のローテーションだよ」
「本当だ。でも3つの下着でローテーションなのも寂しいから、今度下着買いに行こうね」
佐野さんが時間を稼いでくれたおかげで、下半身の興奮も収まり葵にはバレずに済んだ。
こんなことがバレてしまうと、あとでどんなお仕置きが待っているかわからない。
◇ ◇ ◇
翌朝、僕は早めに起きるとお弁当を作り始めた。
ちくわの磯辺揚げ、焼いた魚肉ソーセージそれに昨日残りの唐揚げを弁当箱に詰めたところで、母親が起きてきた。
「夕貴おはよ。あら、今日は夕貴がお弁当作ったの?」
「うん」
「二つってことは、葵さんの分も?」
葵と付き合い始めたことを両親にはその日のうちに伝えた。
「これで工場は安泰だ」と父親は胸をなでおろし、母親は「粗相がないようにしないとね」と釘をさしながらも笑顔で祝福してくれた。
「そうだよ」
「お嬢様にそんなお弁当でいいの?もっとほら、ローストビーフとかエビチリとかなくていいの?」
「そんな材料ないでしょ。それに葵はそういうものは食べ慣れているから、素人がつくってもダメだよ。だから、あえてのジャンク路線」
「そんなもんなのかね。でも、夕貴も好きな人のために手作り料理食べさせたいなんて、母さんの若いころ思い出すわ。母さんも好きな人のためにお弁当作ったり、クッキー焼いたりしてたのよ」
母親が昔に思いをはせながらうっとりしている横で、ご飯の上にちりめんと大根の葉でつくったふりかけをかけてお弁当を完成させた。
「今日はここまでで、来週最初の授業で英作文のテストするから、みんなちゃんと勉強しておくように」
「起立、礼、ありがとうございました」
先生が教室から出ていくと、お昼休みということもあって食堂や売店にダッシュする子、おしゃべりを始める子など静かだった授業中とは打って変わって、教室ににぎやかな雰囲気が漂い始めた。
僕も葵のもとへと向かった。
作ってきたお弁当に葵がどう反応するかが気になって、午前中の授業はずっと集中できずにいた。
「葵、お弁当作ってきたから一緒に食べよ」
「作ってきたって、夕貴が?」
「そう」
「私も彼氏にお弁当なんて作ったことないよ。夕貴、すごいね」
「愛妻弁当だね。葵、愛されてる」
佐野さんが肘で葵をつつきながら冷やかしている。
葵は少し照れながらも、僕が作ったお弁当を受け取ってくれた。
「何、この地味なお弁当は?」
「ごめん。急に思いついて、材料なくてさ」
お弁当箱を開けるなり、葵がけげんな表情となった。やはり、お嬢様である葵に食べさせるには、ちくわや魚肉ソーセージは貧相であったみたいだ。
「これって、魚肉ソーセージってやつ?こんな貧乏人の食べ物、私に食べさせるなんてどういうつもり。ちくわも青のりが歯に着いたらどうするの?」
悪態をつきながらも、葵の箸は止まらない。夏休みに僕が作った生姜焼きを、なんだかんだと言いながらも食べていた時と同じだ。
普段食べていないB級グルメでせめて正解のようだった。
好きな人が自分が作ったものを美味しそうに食べている様子を見ているだけで、僕は幸せを感じた。
「ごちそうさま。作ってくれてありがとう」
お弁当を平らげた葵がお礼を言った。性格は悪いながらも、やはりお嬢様。作った人への感謝は忘れずに伝えるよう躾されているようだ。
「どう美味しかった」
「まあ、お腹すいてたから食べただけよ」
「じゃ、もう作らない方がいい?」
「たまにこんなジャンクなもの食べるのも悪くないから、週1回ぐらいでいいよ。夕貴の家、貧乏でしょ。毎日だと負担になるし、それに夕貴も勉強しないといけないから週1回金曜日に持ってくるようにして」
言い方はぞんざいだが、僕の家の事情まで気にしてくれている。
「いろんな意味でご馳走様」
お弁当を食べ終えた右田さんが意味深な笑みを浮かべた。
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