第26話 告白
バイトから帰ると、中野さんに告白されたことを伝えるため僕はすぐに葵に電話した。
黙っていてバレたらまたややこしいことになってしまう。
「そんなわけで、告白されたんだ。でも、まだ返事してないから」
「なんで、即答で断らなかったの?」
「えっ……、それは、むげに断るのも悪い気がして……」
「まあ、いいわ。明日2時にパルコ前ね」
一方的に通話を切られてしまった。すぐに断らなかったのが、まずかったようだ。
葵の機嫌を損ねると、またこの前みたいに無理難題を吹っ掛けられるかもしれないし、最悪取引が中止になって親の会社が困ったことになってしまう。
葵の機嫌一つで、僕たち家族、いや工場の従業員の運命が決まってしまう。
明日は頑張らないと。
翌日、葵が好きそうな肩口のフリルと胸元のリボンがかわいい白のワンピースに着替えて、メイクに取り掛かった。
眉毛が左右違ってやり直したり、チークが濃すぎて一度ふき取ってから塗り直したりと、悪戦苦闘しながらもメイクをしているとあっという間に時間が過ぎていた。
もうすぎ家を出ないと、でももう少しメイクも直したいし、髪の毛もきれいにセットしたい。
結局ギリギリの時間まで準備をしたあと、慌てながら赤いポーチにスマホや財布などを詰め込み家を飛び出た。
女の子の服ってかわいいけどポケットがないんだよな。
駅についてポーチから財布を取り出しながら、そう思った。
まあ、その分バックと服でコーデを考えることもできるし、ポケットに財布を入れて膨らむのも見た目悪し、仕方ないのかもと考えながら電車に揺られていると、すぐに目的の駅に着いた。
待ち合わせ場所としてよく利用されるパルコ前は、日曜日の午後ということもありにぎわっていた。
そんな中、僕はなるべくわかりやすい場所に立って葵が来るのを待った。
約束の2時になっても葵は現れない。
電話をして催促すると機嫌を悪くするかもしれないと思うと、電話もできずじっと待つことしか出いない。
パルコのウインドウには、立っている僕の姿が反射して映っている。
白のかわいいワンピースに、赤いポーチがアクセントとなってコーデとしては完ぺきなはずだ。
ふと前髪が気になり、手鏡をポーチから取り出した。
ポーチの中は財布やスマホ、それにメイク用品などであふれかえっている。財布とスマホだけあればよかった男のころと比べて、女の子って持ち物が多い。
「夕貴、待った?」
前髪の分け目を整えていたところ、後ろから声を掛けられた。
笑顔も見せている葵は、思いのほか機嫌は悪くないように見えた。
「いや、待ってないよ」
「って、ことは夕貴も遅刻したの?」
「いや、ちゃんと時間通り来たよ」
「今2時半だから、待ってたよね」
問い詰めてくる葵に、どう応えるのが正解かわからず黙り込む僕の姿をみて、葵は笑い出した。
「冗談よ、夕貴が遅刻するわけないもんね。さあ、行こう」
葵がくるりと反転すると、葵が着ている黒のスカートがふわりと揺れた。
「ところで、アイシャドウ変えた?」
「うん、この秋はオレンジ系がトレンドみたいだから、さっそく試してみたんだ。おかしいかな?」
「いや、いい感じだよ」
漫画は没収され、葵から買い与えられたファッション誌しか読むものがなくなった。
なんとはなしにパラパラとめくりながら読んでみたが、今年の流行はオレンジ系と書かれてあると、不思議と流行りのものは欲しくなってしまう。
アイシャドウという細かい変化にも気づいてもらえたことが嬉しく感じる。
アパレルショップはどこも、夏物が終わり秋物の新作が出始めていた。
お葵は「このスカートかわいいね」とか「今年のトップスはペプラムが流行りか」などと言いながら、上機嫌でお店巡りを続けている。
まるで昨日のことがなかったようだ。
「ほら、これ試着してみて」
葵がワインレッドのミニスカートの試着を勧めてきた。もちろん、僕に断る権利はない。葵からスカートを受け取ると、お店のスタッフに声をかけた。
「すみません、男ですけど試着できますか?」
「あっ、ああいいですよ」
スタッフの顔が一瞬ひきつりながらも、試着をOKしてくれた。恥ずかしそうにスタッフに声をかける僕と困惑するスタッフの様子を、少し離れた位置から葵は楽しそうに観察していた。
「いい感じね。裾がフリルなっているのもかわいいし、これにしよ」
試着室で着替えた僕をみて、葵は満足そうな表情を見せていた。
買い物を楽しんでいるようで機嫌はよいが、昨日の件に全く触れてこないのも怖い。
葵はエレベータ前の案内表示板をじっと眺めている。
「このビル、屋上に行けるみたいだから行ってみよ。じゃ、私は先に行っているから、夕貴は階段で来てね」
「えっ、階段!?このビルって10階建てだよね」
「そうよ。頑張ってね」
葵は到着したエレベータに乗りこんでいった。
残された僕はエレベータ横の階段へと向かう。
両手に買い物を抱え階段を上り始めたが、ヒールのあるミュールだとすごく歩きにくい。
やっと思いで屋上にたどり着くころには、汗が噴き出していた。
汗をハンカチでそっと抑えるように拭く。メイクをしていると、汗をかくとメイク崩れも気になるし、メイクが崩れないように拭くのも一苦労だ。
「時間かかったね。お疲れさん」
葵がペットボトルを渡してくれた。暑い体に冷えたペットボトルがありがたい。
ゴクゴク飲みたい衝動を抑え、リップが落ちないようにペットボトルに口をつけずに唇に触れるか触れないかのところで少しずつ飲んでいく。
昼間の暑さも幾分かやわらぎ、風が心地いい。市内が展望でき休憩もできる屋上は、多くの人たちで賑わっていた。
「あっちに行こ」
葵に手を引かれ、屋上の中でも一段高くなった展望スペースへの階段を上った。
葵は柵に手を掛けながら、しばし展望を楽しんだ後僕の方へと振り向いた。
「ねえ、昨日のことだけど、夕貴はどうするの?」
やっぱり忘れているわけではなかった。僕は覚悟を決めた。
「もちろん、断るよ」
「夕貴は私のこと、どう思ってるの?いつも嫌がらせしてくる嫌な奴?」
「いや、違うよ」
「違うって何?」
僕は一呼吸おいて、もう一度覚悟を決めた。
「葵のことが、す……、す、好きだよ」
「それで、どうしたいの?」
「付き合ってほしい」
「えっ、何?聞こえなかった」
緊張ですこし声が小さくなったとはいえ聞こえていたはずなのに、葵は意地悪な笑みを浮かべいる。
「葵のことが好きです。付き合ってください」
僕の大きな声で、周りの人たちが一斉に僕たちの方に振り向いた。
「あいつ、男かよ」
「あんなかわいい服着て、男?それで女の子に告白?意味わかんない」
そんな声が聞こえてくる。恥ずかしさのあまり逃げ出したくなるのをこらえて、葵の返事を待った。
「仕方ないな。私の彼女にしてあげる」
葵は僕の体を抱きしめてくれた。パチパチと、周囲の人たちの祝福の拍手が聞こえてくる。
「ありがとう、葵」
葵は返事の代わりに、もう一度ギュッと抱きしめてくれた。
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