第25話 優しくなった理由

「あそこに呼び出しボタン押したテーブル番号が表示されるから、呼ばれたら行ってね。端末の使い方は……」


 中野さんがホール係の仕事を丁寧に説明してくれた。オーダーはタッチパネル方式を導入しているチェーン店も増えているが、ベニーズはまだ導入していない。

 おもてなしの心を大切にすると表向きはなっているが、実際はタッチパネルを導入すると使い方を聞いてくる人が多いので二度手間になるのが理由だと、中野さんがこっそり教えてくれた。


「一通り説明したけど、何か質問ある?」

「私、大丈夫かな?男なのにスカート履いている店員が接客しても、気持ち悪がられないかな?」

「大丈夫だよ、声が低くても見た目完璧な女の子だから、風邪ひいてるのかなぐらいにしか思われないよ。それに、店長がスカートでOKって言ってるんだから、気にしなくていいよ」

「そうかな?」

「ほら、5番テーブルが呼んでるいるから、早速行ってみて」


 中野さんが僕の背中をポンと叩いてフロアへ押し出した。

 5番テーブルには大学生らしき女子4人組が座っていた。


「いらっしゃいませ~。ご注文はお決まりでしょうか?期間限定ハンバーグフェアやっていますんで、こちらのメニューもどうぞ」


 僕の声を聞いて一瞬怪訝な表情をされたが、すぐに「え~、どれにしようかな?」とメニューを見始めたので、「ご注文お決まりでしたら、ボタンを押してお知らせください」といいテーブルを離れた。


「ね、意外と大丈夫だったでしょ。お客様は店員さんが男か女なんか気にしないんだって」

「まっ、確かにそうなのかも」

「所詮、私たちはロボットみたいなものよ。あっ、料理できたみたいだから運んでくるね」


 自嘲気味な笑みを浮かべた中野さんは、料理をもってフロアへと出て行った。


 たまに「あれって男?」とヒソヒソ話をする人たちもいるが、ほとんどのお客様は僕のことを気に留めず、一緒に来ている人とのお喋りを続けるか、スマホを見ているかだった。


 昼のピークも過ぎた2時過ぎ休憩をとって戻ると、さっそく呼び出しボタンが鳴った。

 8番テーブルのようで、女子3人が座っていた。


「お待たせしました。ご注文はお決まりでしょうか?って、葵?右田さんに、佐野さんも一緒?」

「ちゃんと働いているみたいだね」


 葵が揶揄うように言った。僕のバイトの様子を3人で見に来たようだ。


「注文いい?、私はチョコレートパフェ」

「私、イチゴパフェ」

「私は、チーズケーキにしようかな」

「あっ、あと3人分ドリンクバーつけておいて」


 それぞれの注文を繰り返しながら端末に入力すると、一礼して席を離れた。

 

「あそこの3人組の一人って、この前下野さんと一緒に来た子だよね」


 レジで会計していた中野さんが声をかけてきた。


「うん、同じ学校の子」

「そうなんだ」


 そう答えると、中野さんは葵たちの方を見ていた。


 初日の6時間勤務はあっという間に終わり、更衣室で着替え終わると疲れがドッと押し寄せてきた。

 控室のタイムカードを押していると、中野さんが部屋に入ってきた。


「下野さん、私服もかわいいね」


 今日の僕はチェック柄のミニスカートを履いていた。一方、中野さんはTシャツにジーンズだった。


「ありがとう」

「下野さん、このあと何かある?」

「特にないけど」

「じゃ、久しぶりの再会だし、話さない?」


 断るのも悪い気がしていままで働いていたベニーズに、今度は客の立場として席に座った。

 バイトの福利厚生の一環でもらった、ドリンクバーの割引チケットを使いドリンクバーを注文した。


 僕はオレンジジュース、中野さんはアイスカフェラテを飲みながら、近況を話し合った。

 中野さんは嬉しそうに話してくれているが、4月に会った時には僕のことを嫌っていたような態度だっただけに意外だった。


「4月に会ったときには、ちょっと怒ってなかった?」

「あっ、あれね。怒っていたというより、どうしていいかわからなかっただけ。そりゃそうだよ、しばらく会わなかった好きだった人が、女の子になってるんだよ」

「まあ、そうだね」

「それでね、今日再会して思ったの。好きだった人が女の子になりたかったのなら、応援してあげようって」

「ありがとう」


 半年近く会っていなかった中野さんは、変わらずに優しい。教科書を忘れた子がいれば自らコピーをとってきて渡していたし、勉強が分からない子がいれば放課後残って勉強を教えていた。


「それにね、意外と女の子になった下野さんもかわいいなって、思えてきた。私意外に女の子でもイケるって気づいた」

「イケるって?もしかして?」

「やっぱり、夕貴のことが好き」


 思いもしない告白に思わずグラスを落としそうになってしまった。呼び方も下の名前になっているし、中野さんの目は真剣で冗談ではなさそうだ。

 好きといわれて嫌な気はしないが、他の女の子と仲良くするなんて、葵にバレたらややこしくなりそうだ。

 嬉しさと不安が両方に押し寄せてきた。




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