第22話 狼と羊
セミの鳴き声がうるさくなるのと同時に夏休みが始まった。
いつもなら夏休みが始まると同時に避暑地の別荘に行くところだが、今年は別荘に行く前に楽しいイベントが控えていた。
荷物をまとめて車に乗り込むと、お付のの黒沢が静かに車を夕貴の家へと向け動かし始めた。
待ち構えている楽しみに待ち切れず、その道中リュックのジッパーを開け、お泊りに必要なものを忘れていないかもう何度もチェックしてしてしまう。
カバンにはシャンプーにドライヤー、寝巻用のTシャツとハーフパンツ、歯ブラシなどお泊りグッズが忘れずに収まっていた。
黒沢に買ってきてもらったお弁当もあるし、準備は万全。多分夕貴の性格からして必要ないかもしれないが、下着は勝負下着のワインレッドにしてみた。
狼になってくれるならそれはそれで構わない。もしそうなったら、隠しカメラもついていることだし言い逃れなく責任取ってもらって、来週にはハネ―ムーンだ。
「お嬢様、着きましたよ」
「じゃ、明日迎えに来てね」
黒沢の車を見送った後、夕貴の家のチャイムを鳴らす。
「あっ、葵、何か用?」
突然の訪問に驚いた表情の夕貴が出迎えてくれた。白のミニスカートから、永久脱毛の処理も終わりスベスベで女の子らしくなった夕貴の脚が見えている。
「夕貴のご両親、今晩いないでしょ。寂しいと思って、泊りに来たの。私って優しいでしょ。ほら、ボーっとしてないで荷物持ちなさいよ」
夕貴にお弁当の入った紙袋を押し付けるように渡し、2階のリビングに上がった。
冷蔵庫にお弁当をしまっている夕貴が「そうなんだ、夕食作る前で良かった」と言うところからすると、私が来なければ自炊する予定だったようだ。
なんとなくそんな気もして、わざとお弁当は小ぶりなお弁当にしていた。
夕貴の手料理が食べられる、期待でワクワクするがそれを悟られずに、夕貴にご飯を作ってもらえるように上手く会話を運んだ。
夕ご飯までの時間、夕貴の部屋でゲームをして過ごすことになった。夕貴の手持ちのソフトの中に、以前ハマった落ちものゲームがあるのを見つけた。
「ただ遊ぶのも面白くないから、負けた方が一枚ずつ脱いでいくのなんてどう?」
負けるつもりはないので罰ゲームを設定することにした。夕貴も自信があったみたいであっさり罰ゲームの提案に乗ってきたが、はっきり言って弱かった。
多少はやりこんでいたのかもしれないが所詮は素人レベルで、プロゲーマーの指導を受けた私には敵うわけがない。
あっという間に、夕貴は下着だけになった。男の丸みのない体にピンクのブラジャーがアンバランスでおかしくて、つい笑ってしまう。
「次は、どっちを脱がそうかな。どちらにしようかな♪」
いたぶるように、上下の下着を交互に指差した。
「ごめんなさい、ご勘弁を」
夕貴が土下座しながら許しを請った。かわいそうなので許してあげることにした。
いよいよ待ちに待った夕ご飯の時間がやってきた。エプロンを付けた夕貴が手際よく野菜を刻んでいく。そのリズムがここちよい。
フライパンで肉を炒め始めると、食欲をそそる匂いが漂ってきた。
「ほら、できたよ、食べよ」
イメージしていたものと違う、生姜焼きがキャベツの上に盛り付けられていた。
「いただきます」
生姜焼きを一口つまんで口に運び入れる。甘辛いタレにマヨネーズが絡まり、上品とは言えないが美味しいと感じてしまう。
「まあ、悪くはないわね」
強がりだった。本当は美味しくてガツガツと食べたいが、夕貴に食事のマナーを厳しく言っている手前そうするわけには行かない。
アツアツの生姜焼きよって軽く千切りキャベツにも熱が通り、タレと程よく絡んで美味しい。
箸の止まらない美味しさに、持ってきたお弁当をそっちのけで食べきってしまった。
食器を洗っている夕貴にお風呂に入るように促され、入ることにした。本当は一緒に入りたかったが、夕貴の家のお風呂のサイズでは無理そうだ。
お風呂から上がると、夕貴が冷たい麦茶を準備してくれていた。
「葵、なにかいつもと違うね。細くなったというか、とくに胸のあたりが小さくなった気がするけど」
寝るときは外している胸のパットがなくなったことで平たくなってしまった胸に、鈍感と思われた夕貴に気付かれてしまった。
慌てて夕貴をお風呂に向かわせた。危うく、胸の秘密を知られるところだった。
予想通り夕貴の家にあったドライヤーは安物だった。こんな安物では髪の毛が傷んでしまう。
持ってきたドライヤーで乾かしていると、夕貴もお風呂から上がってきた。
夕貴の髪も乾かしてあげた。夕貴の髪にドライヤーを当てていると、妹ができたような錯覚に陥る。
夕貴が気持ちよさそうな顔をしているので、私も嬉しくなってドライヤーをあげるなんて言ってしまった。
まあドライヤーぐらい、親に頼めば最新機種を買ってもらえるだろう。
別の部屋で寝ようとする夕貴を引き留め、寝転んで肩を寄せ合いながら一緒にファッション誌を眺める。
「夕貴は、こっちの水玉とこっちのチェック柄だったら、どっちが好み?」
「水玉の方が好きかな」
何気ない会話をしながらも、夕貴が気になってしょうがない。
夕貴が男らしい行動に出て欲しいような、出て欲しくないような。
きちんと聞いたわけではないが、クラスの女子の半分くらいは経験済みだ。佐野っちはまだだが、茜は他校のバスケ部に彼氏がいるみたいだから、時間の問題だろう。
早い方がいいのかどうかわからないが、経験済みの女子が大人びた恋愛話をするのは気に食わない。
夕貴が強引に押し倒してくれるのを期待したが、結局何事もないまま部屋の電気が消された。
寝たふりをしながら、夕貴が来るのをじっと待った。
案の定、夕貴が静かに私の方に近づいてくる音が聞こえてきた。
心臓がドキドキしてきた。
ついに夕貴の手が私の体に触れた。
よし、このまま服を脱がせるんだ。男になれ、夕貴と声援を心の中で送ったが、夕貴は人差し指で私の胸に触れただけで去って行った。
夕貴は、私に触れた指を嬉しそうにいつまでも見つめていた。
夕貴のバカ。意気地なし。
心の中で毒づきながらも、無理やり手を出してこないところが夕貴らしいといえば夕貴らしいと思いながら眠りにつくことにした。
翌朝、起きるとまだ夕貴は寝ていた。
そっと夕貴のもとへと近づき、寝ている夕貴の唇に私の唇を重ねた。
お餅のように柔らかく弾力のある感触をずっと味わっていたかったが、夕貴が目を覚まし始めたのであわてて離れた。
「夕貴、おはよ。寝顔かわいかったよ。思わずのぞき込んじゃった。トイレ借りるわね」
目を覚まし私の顔に驚いた夕貴を残して部屋を出た。
トイレに座りながら唇を指で触れながら、ファーストキスの余韻を一人楽しんでいた。
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