第23話 ダブルデート
耳を塞ぎたくなるほどうるさかったセミの鳴き声に、勢いがなくっなってきた。
日が暮れるのも少しずつ早くなってきている。
永遠とも思われた長い夏休みも、終わりに近づいてきている。
風呂上がり髪の毛を乾かしていると、葵からメッセージが届いた。
「明日、10時に迎えに行くからね」
葵は相変わらず一方的に予定を決めてくる。
大量にあった夏休みの宿題も終わり、夏休み明けの模試にむけての勉強していたが、それにも飽きてきたところで、タイミングとしては良かった。
翌日時間通りに迎えに来た葵の車に乗り込んだ。葵と会うのも、あのお泊り以来久しぶりだ。
聞けば葵は、避暑地の別荘に行っていたみたいだ。
「葵、ところでどこに行くんだ?」
「プールよ」
「プールって、水着とか何も準備してないよ」
「大丈夫よ、ほら」
葵はプールバックを僕に渡した。中には水着やタオルが入っていた。葵のことだから、サイズもばっちりなんだろう。
「ビキニなの?」
「当たり前でしょ。それともスクール水着が良かった?そっちも一応準備はしてるけど」
女装で一番大切なのは保護色になるということをこの3か月僕は学んだ。服装や仕草で悪目立ちしなけらば、周りの人からじっくり観察されることもない。
レジャープールにスクール水着だと変に目立ってしまいそう。
仕方なくビキニを受け入れることにした。股間のふくらみも隠すことができるパレオ付きを選んでくれた葵の配慮には感謝した。
「茜、お待たせ」
「ううん、うちらも今来たところ」
プールに着くと右田さんが待っていた。右田さんの横には長身のがっしりした体格の男子が立っていた。
「初めまして、
「翔は、城東高校のバスケ部なの」
右田さんはバスケ部強豪校の名前を挙げた。
斎藤君と右田さんは手をつないでいるところを見ると、付き合っているようだ。
「上園葵です」
「下野夕貴です」
斎藤君が挨拶してくれたので、こちらも順番にあいさつをした。
「下野さんのこと茜から聞いていたけど、本当に男子なんだよね?こんなにかわいいのに男子なんて信じられない」
女の子同士の「かわいい」はあいさつ代わりのところもあるが、斎藤君から「かわいい」って言われるとドキッとしてしまう。
「翔、男子校で女子に免疫ないのは分かるけど、私の前で他の女の子に『かわいい』って言っちゃダメって前にも言ったでしょ。」
「ごめん、二人ともかわいくてびっくりしちゃった」
長身の斎藤君と小柄な右田さんで身長差はかなりあるが、リードしているのは右田さんのようだ。
「さて揃ったところで、中に入ろ」
葵が事前購入していたデジタルチケットで入場ゲートを通った。
「じゃ、着替えて集合ね」
「それじゃ、僕たちも着替えようか」
目立たないように量産型女子を目指していたが、男子更衣室にワンピースで入るとかなり目立つ。みんな変な目でこちらを見ている。
居たたまれなくなり、逃げるように更衣室に入りカーテンを閉めた。
水着に着替えた後は更衣室のカーテンから首だけだして周囲を伺い、素早くロッカーに荷物を預け、逃げるように更衣室から出て行った。
「茜たちは、まだみたいだね」
あとからやってきた斎藤君が、ボソッとつぶやいた。
「女子は何でも時間がかかるんだよ」
「そうなんだよな、歩くのも遅いし、食べるのも遅いし」
「男の方が合わせてあげないとね」
「それ、茜にも言われた」
斎藤君ははにかんだ笑みを浮かべた。
初対面だがフレンドリーな斎藤君と打ち解けるのに、時間はそんなにかからなかった。
バスケ部で鍛えられた斎藤君の体が、羽織っているラッシュガードの間から見え隠れする。
顔もカッコいいし、たくましい肉体、それでいて物腰の柔らかい性格、右田さんが好きになるのもわかるし、多分他の女子からもモテるだろうと思う。
僕も今まで男に興味ないと思っていたが、ちょっと惹かれてしまう。
「お待たせ」
着替え終わった右田さんが駆け寄ってくる。走りのリズムに合わせて、ピンクのチェック柄のビキニからはみ出してしまいそうな豊満な胸が揺れている。
「下野さん、私の彼に色目使わないでよ」
「使ってないって」
右田さんが冗談っぽく微笑む。
「え、何。夕貴、男子にも興味がでてきたの?」
ゆっくりと歩いてきた葵が遅れてやってきた。白のラッシュガードの下には、フリル付きの水色のビキニを着ている。
「そうじゃないよ」
否定しながらも、斎藤君のような男性にギュッとされたい願望も芽生えてきたのも事実だ。
それでいながら右田さんの豊満な体も気になってしまう。
男子が好きなのか、女子が好きなのか、自分でもよくわからない。
「そうだよね。夕貴はトランスジェンダーでレズビアンだもんね」
「えっ、そうなの?じゃ、私の胸触りたいの?」
右田さんが自分の胸を僕の腕に擦り付けてくる。その今にも弾けそうな弾力が心地いいが、ここで鼻の下を伸ばすとまた葵に怒られてしまう。
「いや、私、貧乳派なんだ。小さい胸を両手で隠しながら、『小さくてごめん』っていうシチュエーションに萌える」
「え~何、その設定、ウケる~」
右田さんが笑いながら僕の背中を叩いてくる。僕たちのやり取りを見て葵も笑っているので、今回は葵の機嫌を損ねなかったようだ。
それと引き換えに、変な設定がまた一つ増えてしまった。
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