第18話 演劇祭

 昇降口で上靴を履き替えていると、同じタイミングで登校してきた右田さんに挨拶された。


「下野さん、おはよ。髪切ったんだ」

「うん」

「かわいい、似合ってる」


 昨日カットしてもらったショートボブの毛先を、右田さんが撫でるように触れた。

 桜ノ宮に転校して以来伸ばし続けてきた髪の毛も、3か月が経ちだいぶん伸びてきたところで葵から「そろそろ伸びてきたからカットしておいで」と言われ、昨日美容室に行くように言われた。


 黙って黙々と髪をカットしていく男時代の床屋とちがって、美容室はカット中の会話が多い。


「この前より、女の子っぽくなりましたね」

「ありがとうございます」


 いつもの間にか「女の子っぽい」「かわいい」と言われることが、素直に誉め言葉として受け取れるようになってきた。


「ひょっとして、恋してます?」

「あっ、いや、それは……」

「その感じだといますね。ほら、こんな感じでどうです?」


 ショートボブで全体的に丸みを帯びたことで、角ばった男っぽさが消え女の子にみえる。

 これなら、葵もよろこんでくれるはず。


「今、好きな人が喜んでくれるか考えたでしょ」


 僕の心を見透かしたかのように美容師さんが言った。図星だっただけに、思わず恥ずかしさがこみあげてきて、鏡に写った僕の顔が赤くなった。


「かわいくなったから、頑張ってね」


 そんな美容師さんとのやりとりを思い出していると、葵が教室に入ってきた。一目散に葵のもとへと向かう。


「葵、おはよ」

「夕貴、おはよ。かわいくなったね」


 葵が頭を撫でてくれた。僕の下半身が興奮してくるが、バレないようにさりげなく左手で押さえつけた。

 朝からみんなに「かわいい」と言ってもらっていたが、葵に言われるのが一番うれしい。

 葵に恋している。それは間違いない。でもこんな女装男が、上園グループのご令嬢と付き合えるわけはない。身分違いの恋なのはわかっている。

 こうやって葵好みの女の子になって、葵に喜んでもらえるだけでいい。


 昼休み、別棟にあるこの学校唯一の男子トイレでトイレを済ませて、教室に戻る途中広瀬さんが僕の方へと近づいてくるのが見えた。

 葵が言ってくれたこともあり、あの時以降虐められることはなかったが、それでもあの時の恐怖は忘れられず学校でその姿をみると身構えてしまう。


「下野さん、ちょっといい?」


 そういいながらも拒否は許されない迫力に押され、広瀬さんの後について中庭へと向かった。


「この前はごめんね。ずっと謝りたかったけど、下野さん、私を見ると逃げていくでしょ」

「まあ、そうだけど」


 広瀬さんは、ポケットから封筒を取り出すと無理やり僕の手に握らせた。


「それでね、今度の日曜日市民演劇祭があるの。そのチケットよ。2枚入ってるから、良かったら上園さんと一緒に観に来て。桜ノ宮は14時からだから」


 それだけ言うと、広瀬さんは僕の方を振り返らずに去っていった。


 迎えた日曜日、僕と葵は演劇祭を観に市民ホールに来ていた。

 演劇に興味はなく同じ市内に住んでいるのに知らなかったが、毎年この時期に市内の中学校・高校・市民劇団による演劇祭が行われたいたようだ。

 一演目30分の持ち時間で、各団体とも工夫をこらした演目を発表しており、アマチュアとはいえ小学校の学芸会とは比べ物にならないレベルの演技に魅了された。


 14時を回り、うちの学校の演目が始まった。おとぎ話の桃太郎をアレンジしたお話のようで、踊りや歌唱などミュージカル的な要素も含まれており、ありきたりな話しながらも飽きることなく観ていられる。


 演目の終盤、3人の仲間とともに鬼ヶ島へと乗り込んだ桃太郎の前に、鬼に扮した広瀬さんが現れた。


「桃太郎、お前も鬼にならないか?ならないのなら、倒す」


 広瀬さんのドスの利いたセリフが、舞台上に緊張感をもたらした。


「ならない」


 鬼になることを拒否した桃太郎と鬼との決戦が始まった。高校の部活とは思えない、迫力のあるバトルシーンに食い気味にみてしまう。


 死闘の末桃太郎と鬼の間に友情を超えた愛情が芽生え始め、お互いの最後の一撃で相討ちとなり抱き合いながら力尽きたところで幕が下りた。

 

 拍手がホール中に響き渡る中、葵が席を立った。


「葵、どうしたトイレか?」

「ちがうわよ。楽屋にあいさつに行くのよ。チケットもらったお礼しないとね。夕貴も一緒についてきて」


 ホールを出て楽屋に入ると、演劇部の人たちが無事にやり切った達成感で盛り上がっていた。

 混雑する楽屋の中で、鬼のメイクを落としている広瀬さんのもとへと足をすすめた。


「広瀬さん、かっこよかったよ」


 葵が広瀬さんに花束を渡した。


「ありがとう。衣装も提供してもらったのに、花束までもらって悪いわね」

「気にしないで、この前のこともあるし」

「そうだ、このあと、一緒にパフェでも食べに行かない?」

「いいね。夕貴も行くでしょ」

「うん」

「じゃ、着替えと片づけ終わらすから、ロビーで待っててね」


 ロビーで30分ほど待った後、制服に着替えた広瀬さんが駆け足でこちらの方へと向かってくる。近づいてくるにつれ、大きな胸が揺れているのが見えてしまう。


「ごめん、待たせたね」


 少し息切れをしている広瀬さんはニットを着ておらず、汗ばんだこともあり下着が透けて見える。

 見てはいけないと思うと、逆に気になって見てしまう。

 

―——♪リンリンリリ~ン、リ~リリリリ~ン


 葵のカバンからスマホの着信音が聞こえてきた。


「あっ、ごめん、電話がかかってきたみたい。ちょっと待ってて」


 葵はスマホ片手に持ち、市民ホールの外へと出て行った。

 葵がいなくなると同時に、僕の座っていた横に広瀬さんが座った。


「ねえ、この前の話だけど、レズビアンってことは女の子が好きなの?」

「まあ、そうだけど」


 設定を変えるわけには行かないので話を合わせることにした。少しずつ広瀬さんがにじり寄ってきて、広瀬さんの胸と僕の肘が触れるまでになってきた。


「ねぇ、私じゃダメかな?おっぱい好きなんでしょ」


 広瀬さんが僕に抱き着いてきた。人目があるところは言え、女の子二人が抱き着いているのは女子高ならよくあることとみんな思っているようで、さほど周りは気に留めない。

 広瀬さんの豊かな胸の感触に、思わず鼻の下も伸びてしまう。


「あんたたち、何してるの!」


 いつの間にか電話を終えた、葵が戻ってきていた。


「あの、これは、広瀬さんが……」

「あら、私が悪いって言うの?私の胸触りながら、鼻の下伸ばしていたっていうのに」

「もう、しらない」


 葵は怒って帰って行ってしまった。まずい、葵を怒らせると親にまで迷惑が掛かってしまう。

 慌てて葵の後を追ったが、姿を見失ってしまった。

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