第16話 計画通り

 夕貴が母親にメイクを教わっている様子を微笑ましくモニターで横目で見ながら、葵は数学の問題集を解いていた。

 メイクにも興味を持ったようで、計画通り順調に夕貴の女の子化が進んでいる。


 桜ノ宮に転校して1か月ちょっとが経ち、髪が伸びてくるのに合わせて勇気も少しずつ女の子っぽくなってきた。

 もともと中性的な顔立ちで女装させても大丈夫と思っていたが、予想以上に女の子として進化してきている。

 これなら他の女子が夕貴に手を出すこともないし、女装して生きていくためには私の庇護のもとにいるしかない。

 

 夕貴もそう思っているようで私への反発心は影を潜め、最近は自分の方から手を握るようになり、何かあると私を頼るようになってきた。

 仲の良い女友達の関係は作れてきた。あとはこれを恋愛関係まで昇華させるだけだ。もうそろそろ、あの作戦を始めてもよいかもしれない。

 

 そんな妄想に浸っているとあっという間に時間が過ぎていた。早く勉強終わらせて寝ないと、お肌が荒れちゃう。気を引き締めなおして、数学の問題に取り組み始めた。


「よし、この問題もOKと」


 予定のところまで勉強を終えたところでノートを片づけながらパソコンのモニターをみると、夕貴が鏡に映った自分の顔を見ながら自家発電を始めようとしていた。

 かわいくなった自分の顔に惹かれるのはわかるけど、女の子なんだからそんなことしちゃダメでしょ。慌ててスマホを手に取り、夕貴に電話を掛けた。


「もしもし、夕貴。何してた?」

「勉強してたけど。何か用?」

「用ってわけじゃないけど、日曜日、何時に待ち合わせか決めてなかったなと思って」


 モニター越しに夕貴の慌てふためく姿をみながら、他愛もない会話をする。勉強を頑張ったんだし、これぐらいのご褒美あってもいいよね。


 日曜日、約束の1時ちょうどに夕貴がやってきた。


「ごめん、待った?」

「女の子を待たせるなんてダメだよ」

「ごめん」


 申し訳なさそうに謝る夕貴の目元には、ラメが輝いている。正直、上手とは言えないメイクだが、時間ギリギリまでメイク頑張ってきたんだなと思うと、愛おしく感じる。


「ねえ、そこのかわいいお姉ちゃん。これから、どっか行くの?俺たちと遊ばない?」


 見知らぬ男二人組が声をかけてきた。二人とも茶髪に派手なシャツを着ており、明らかない頭が悪そうな高校生か大学生だった。


「結構です」


 アイドル並みにかわいい私は、そんな輩に声を掛けられるのは日常茶飯事だ。カバンの中に手を入れ、手探りで防犯ブザーを手に取りボタンを押した。

 これで、あと5分もすればどこかで待機してある黒沢が助けに来てくれるはず。


「そんなこと言わないでさ。カラオケでも行こうよ。バンドやってて、俺たちうまいよ。本当ならお金もらいたいけど、かわいいからタダで俺の歌声聞かせてあげる」

「だから、行かないって言ってるでしょ!」

「ねぇ、お願いだからさ」


 予想外にしつこく絡んでくる。徐々に距離も詰めてきている。力づくで引っ張られると抵抗できない。黒沢が助けに来てくれるまで、あと2,3分どうにかして時間を稼がないと。


「やめろよ」


夕貴が私と茶髪男の間に割って入ってきた。


「何だ、てめぇ、その声は男か?」

「男なのに、スカート?変態だな」


 夕貴が男だとバレると、茶髪男たちは夕貴に絡み始めた。


「男だけどスカート履いて、何が悪い。嫌がる女の子に絡んでくる方が悪いだろ」


 ピンクのミニスカートを履いている夕貴が男の野太い声で話す様子は、日曜日でにぎわっている駅前広場の注目を集めはじめた。


「こんなオカマ野郎の連れがいたとはな」

「もういいや」


 注目を浴びたことと夕貴の思わぬ抵抗に、やる気をなくした二人組は足早に去っていった。


「夕貴ありがとう」


 夕貴の背中に抱き着くと、体がガタガタと震えていた。夕貴も怖かったみたいだ。でも、そんな怖い思いをしてまで助けてくれた夕貴の優しさが嬉しかった。


「お嬢さま、大丈夫でしたか?」


 ようやくやってきた黒沢が心配して声をかけてくれた。


「黒沢、遅いよ。もう少しで、私連れていかれるところだったよ」

「申し訳ありません」

「まあ、夕貴が助けてくれたから良かったけど」


 夕貴の肩をポンと叩いた。夕貴の顔から恐怖心が消え、安どの表情に変わった。


「社長と会長には、できれば内密に」

「わかってるって。これからデートなんだから、邪魔しないでよ」


 かわいい一人娘が絡まれて連れていかれそうになったなんて、父たちにバレたら黒沢は怒られるだけでは済まないだろう。

 でも黒沢が来るのが遅れたおかげで、夕貴のかっこいいところも見れたし今日のところは許すことにした。


「こんなに食べていいの?いつもだったら、『女の子なんだから、カロリー気にしなさい』って言うのに?」


 夕貴は目の前に置かれたパンケーキとガトーショコラに目を輝かせている。


「今日は特別よ」

「う~ん、このパンケーキ、ふわっふわで美味しい」


 アールグレイのミルクティーを飲みながら、美味しそうにパンケーキを口に運ぶ夕貴の姿を微笑ましく見ている。


「でも、夕貴も変わったよね。このワンピースかわいいって、自分から言うようになったし」

「どうせ着るなら、自分が気に入ったものを着たいだけだよ」


 カフェによる途中、夏物のワンピースに興味を示した夕貴に試着を勧めてみると嬉しそうに試着室に向かっていた。

 嫌がる夕貴の背中を押していたひと月前とは大違いだ。


「うん、どうした?葵は食べないの?」

「食べるよ。私のチーズケーキ一口上げるから、そのガトーショコラ頂戴」


 チーズケーキを一口分とりわけ、お互いに一口ずつ食べさせあった。夕貴が口に入れてガトーショコラは、ほろ苦くも甘い味が口の中一杯に広がった。


 デートの帰り黒沢の運転する車の後部座席に乗りながら、スマホを取り出し、連絡先一覧から隣のクラスの広瀬理沙を呼び出すと、通話ボタンを押した。


「もしもし、理沙。例の件なんだけど、明日から頼めるかな?うん、わかってるって。市民祭用の衣装でしょ。おじいちゃんに言っておいたから大丈夫だよ。それじゃ、お願いね」


 よしよし、これで来週からもっと楽しくなるぞ。葵のニヤついた笑みが、車の窓ガラスに映っていた。

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