第13話 勉強会
ゴールデンウイーク真っ只中の5月4日の朝、鏡で自分の顔を見ている。腫れはだいぶん引いてきたようだ。
連休に入ってすぐに葵が予約を入れた美容外科で、髭やすね毛の永久脱毛をうけた。
輪ゴムで弾いたような痛みがチクチクと続く苦痛に満ちた脱毛だったが、1回で終わらず毎月通う必要があるみたいで、次の予約日が今から憂鬱な気持ちにさせる。
でも痛い分効果はあるようで1回やっただけとはいえ、少し薄くなってきた気もする。
朝念入りに髭を剃っても夕方には伸びてくるのが悩みだったが、少しはましになりそうだ。
洗面所からリビングに行くと、母が冷蔵庫の中から肉や野菜をクーラーボックスの中に移し替えていた。
「夕貴、今日は何時から行くの?」
「10時に待ち合わせ」
「そう、朝ご飯は冷蔵庫に入れているから。じゃ、お母さんたち行ってくるね」
今日は下野マテリアルズのBBQパーティーだ。
工場の従業員とその家族、取引先を招いてBBQパーティを、数年前まで毎年ゴールデンウイークの時期に合わせてやっていた。
僕も子供のころは毎年楽しみにしていた。
ここ数年は営業不振でできなかったが、葵のおかげで業績の見通しが明るくなったことで久しぶりにやることになったようだ。
僕も誘われたが、女の子の恰好で行きたくなかったので遠慮した。それに今日は葵と会うことになっている。
楽しそうに出かけていく両親を見ながら、これでよかったんだなと自分に言い聞かせた。
冷蔵庫に入っていたおにぎりを一瞬にして食べ終えた後、さっそく準備に取り掛かった。
クローゼットから服を選びだし、パジャマを脱いだ。クローゼットのドアについている鏡には、紫色のショーツとブラジャーを身に着けた男子高校生の姿がうつっている。
ほんの1か月前なら、女性ものの下着を見ただけで興奮していたが、いざ自分が身にまとうようになると何も感じない。
スカートは白のチュールスカートを選んだ。中はミニスカートだが、チュールの部分がひざ下まであるので、クローゼットの中ではまだ恥ずかしさが少ない。
ボトムにボリュームがある場合はトップスはシンプルにまとめた方がよいみたいなので、黒のカットソーを選んだ。
着てみて鏡でチェックしてみる。街中でもよくみるコーデで、この前みたいに葵から怒られることもないだろう。
もっとも今日は街中に出ることはなく、葵の家で連休明けに行われる中間テストに備えて、右田さんと佐野さんと一緒に4人で勉強することになっている。
勉強は頑張っているが、ついていけていないところもあるので葵の誘いは正直助かった。
葵が駅まで迎えに来てくれるということなので、着替え終わると駅へと向かった。
駅前広場に行くと、右田さんはすでに来ていた。Tシャツにデニムのショートパンツを合わせ、薄手のパーカーを羽織っている。
バスケ部の右田さんらしい、スポーティーでカジュアルなコーデだ。薄着な分大きな胸が目立ってしまい、ついつい見てしまう。
「右田さん、おはよ。早いね」
「おはよ。そのスカートかわいい!」
「ありがとう」
スカートがかわいいだけであって、似合っているとか僕自身がかわいいと言われたわけではないが、着ている服が褒められるとそれだけで嬉しい。
女子高に転校して気づいたが、女子同士って褒めあうことが多い。褒めあうがコミュニケーションとなっているようだ。
「右田さんの私服初めて見たけど、元気な女の子って感じでいいね。ところで、佐野さんはまだなの?」
「もうすぐ着くって、さっき連絡あった。歩いてきたみたいだけど、下野さんの家ってこの近くなの?」
「うん、ここから歩いて10分ぐらい」
「葵の家と近いんだね。ところで、下野さんのご両親って、お仕事何してるの?」
「あっ、その、金属加工の会社をやってるよ」
「すごい。社長さんなんだね。いいな、佐野っちのところはお医者さんだし、葵のところは上園グループだし。親がサラリーマンだと、桜ノ
いや、社長と言っても、単なる零細の町工場をやっているだけだが。肩身が狭いと自嘲気味に言う右田さんの父親は、有名な電機メーカーの部長をやっているようで、そっちの方がはるかにすごいと思うし、年収も高いと思う。
「お待たせ」
佐野さんが遅れて到着した。駅前のロータリーに止まっている車に手を振っているところを見ると、車で送ってもらったようだ。
「佐野っち、今日は吹奏楽部休みなの?」
「うん、自主練の自由参加。右田さんは?」
「うちは昨日練習試合だったから、今日はオフ」
「それで、今日の下着は何色かな?」
佐野さんは僕のお尻を撫でまわしながら、エロおやじのような表情と声色で尋ねた。上品な水色のワンピースと三つ編みのツインテールとお嬢様風の見た目とのギャップが激しい。
「なんでその会話の流れで、下着の話になるんだよ」
「あいさつ代わりだよ。で、何色?」
佐野さんに下着の色を聞かれるのは、もはや毎朝の恒例行事となっている。答えるまでしつこく聞いてお尻を撫で続ける。
「紫色」
「おっ紫とは、エロいね。ひょっとして、勝負下着?」
僕を一通り揶揄って満足したのか、佐野さんはようやく僕のお尻から手を離した。
そのあと、しばらく3人で談笑していると、ロータリーの方からクラクションの音が聞こえた。
見覚えのある黒塗りの車の窓から、葵が手を振っているのが見えた。
「お待たせ。さあ、乗って」
黒いスーツを着た運転手が丁寧に後部座席のドアを開けてくれた。
右田さん、僕、佐野さんの順で乗り込んだ。高級車であっても後部座席に3人座ると、どうしても体が触れ合う距離感になってしまう。
「あっ、ごめん」
車が交差点で曲がったときに右田さんの方に倒れこんでしまい、僕の腕が右田さんの胸に触れてしまった。
「いいよ。女の子同士じゃない。気にしなくていいよ。なんなら、もっと触っちゃう?」
巨乳好きの僕には夢のような申し出だが、葵の目の前で触るわけには行かない。
「ほら、ほら、遠慮しなくていいんだよ」
そんなことを見透かした右田さんは、胸を僕の腕に押し付けてくる。どうしていいかわからず戸惑う僕を見て、葵と佐野さんは笑っている。
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