第12話 思わぬ再会
本や服、いろいろお店を回って、脚に疲労を感じてきた。
「夕貴、疲れたから休まない?」
「うん」
そんな時、休憩しようという葵の申し出がありがたかった。
通学時間帯には大勢の同じ制服を着ているうちの一人として目立たなくて済む学校の制服と違い、ミニスカートは目立ってしまいすれ違う人の注目を集めてしまう。
すれ違う男性からは性的な視線、女性からは観察して見定めるような視線を感じ、みんな僕を見ているような錯覚に陥る。
そんな視線の暴力に僕の精神はノックダウン寸前で、肉体的にも精神的にも疲れ果てていた。
後ろを歩いている女性二人組からは、ひそひそと僕のことを話している声が聞こえてくる。
「あれって、男だよね」
「うん、足が男っぽいもん。トランスジェンダーってやつ?」
「やだ、キモイ」
漏れ聞こえたきた会話に恥ずかしさを覚え、思わず下を向いてしまう。
横を歩く葵は、堂々と前を見て歩いている。
「ねえ、葵。僕と一緒にいて恥ずかしくないの?」
「別に。夕貴がどんな格好していたとしても、夕貴は夕貴だし。それに、夕貴も見ず知らずの人がどう思っているのか気にしないでもいいよ。毎日会っている、私たちが夕貴のこと友達と思っているんだから、それでいいんじゃない?」
そう言われると、心が軽くなる気がする。確かに街ですれ違って二度と会わない人たちにどう思われても、毎日会っている葵たちが僕のことを受け入れてくれるならそれでいいと思えてきた。
「葵、ありがとう」
握っている手を強く握り返したところで、この状況に陥れたのは葵本人であることを思い出し手を離した。
またしても葵のマッチポンプに引っかかるところだった。
「休憩ってどこに行くんだよ」
駅ビルにもカフェがあり、駅前にはスナバコーヒーも、ヨネダ珈琲もあったのに、それを全部素通りして駅とは逆方向へと歩く葵の後を追った。
「あそこの、ベニーズよ」
葵は100mほど先にある、ファミレスを指さした。
「あそこのパンケーキ、好きなんだ」
「意外と庶民的なものも食べるんだな」
上園グループのご令嬢ともあろう葵が、庶民的なファミレスを利用しているのは意外だった。
「まあ、友達付き合いと市場調査を兼ねて、結構ファミレスとかファーストフードとか行くよ。それに、このベニーズの親会社、上園フーズって知ってた?」
知らなかった。歯ブラシから飛行機までと言われる上園グループだけあって、幅広く事業展開しているようだ。
「まあ、細かいことはどうでもいいから、入ろ。疲れたよ」
店内へと入ると店員さんが「何名様ですか?」と即座に尋ねてきた。
言葉をだして男とバレたくない僕は、指を二本たてて二人組であることを知らせた。
「お好きな席にどうぞ」
土曜日とはいえランチタイムの終わった3時過ぎの店内は、席の半分ほど埋まっているぐらいで、空席も目立っていた。
葵は壁際の席へと歩みをすすめた。
観葉植物もあり視界が遮断されており、ここならあまり周りから見られずに済みそうだ。葵の配慮に感謝した。
「ねえ、何にする?いつもならパンケーキだけど、期間限定ビスタチオパフェも美味しそう。ガトーショコラも捨てがたいな」
メニュー表を見ながら、無邪気に選んでいる姿はどこにでもいる女子高生だ。かわいいし、優しいところもあるし、僕が普通の男子だったら葵のことを好きになっていたんだろうか?
「お冷どうぞ。注文はお決まりでしょうか?」
ぼーっと葵の顔を見ている間に、店員さんがお冷を持ってきてくれていた。
でも、この聞き覚えのあるこの声はもしかして?
「えーっと、私はこのビスタチオパフェとドリンクバーで。夕貴は決まった?」
葵がわざとらしく夕貴と名前を強調しながら、声をかけてきた。
「夕貴って、やっぱり。下野君なのね」
恐る恐る顔を上げ、注文を取りに来た店員さんのネームプレートを見ると「中野」と書いてあった。
間違いない。前の学校のクラスメイトの中野沙織だ。
バレンタインデーに告白されて付き合い始めたが、4月になってちょっとした行き違いで喧嘩していたところに、急に決まった転校で何も言わないまま別れてしまっていた。
何回か「新しい学校どう?」とか「もう一度会って、お話ししたい」とかメッセージはきていたが、本当のことは言えず、女の子になった僕の姿を見せたくなかったので、適当な返事しかしていなかった。
「急にいなくなって、メッセージも素っ気ないと思ったら、そういうことだったのね」
沙織は僕のフリルいっぱいのブラウスとミニスカートをみながら、軽蔑するような視線を送った。
「あ、いや、違うんだ」
「夕貴、違うの?女の子になりたかったんじゃなかったの?」
意地悪そうな笑みを浮かべて葵が会話に加わってきた。企みが成功して嬉しそうにしているところを見ると、沙織がここでバイトしているのは知っていてわざと今日僕と一緒にきたようだ。
ベニーズが上園グループということなら、沙織のシフトを調べるぐらい容易だろう。
それに、葵の立場なら店舗スタッフに言えば、数名いるバイトの中でも沙織を僕たちのところに行かせることぐらい簡単にできる。
「まあ、なんというか……」
「ひどい、そんな大事なこと、この子には話せても、私には相談してくれなかったのね」
「ごめん」
「それで、ご注文は?」
バイト中にあまり私的な会話を続けるわけにはいかないことに気付いた沙織は、事務的な態度に戻った。
「ガトーショコラとドリンクバーで」
「ご注文を繰り返します。ビスタチオパフェとガトーショコラ。お二人ともドリンクバーセットで。以上でよろしかったでしょうか?」
事務的な口調で注文を確認した葵は、沙織は今にも泣きだしそうな表情で戻っていった。
それからのことはあまり覚えていない。上機嫌でファミレスで美味しそうにパフェを食べる葵をみながら、他愛もない会話をしたような気がするがほとんど記憶がない。
意気消沈しながら家路へとつく途中、僕の話題で前の学校のグループチャットが盛り上がっていた。
「下野、女の子になってたんだって」
「あ~、やっぱり、駅でスカート履いた下野見たことある」
「キモイな」
「俺のお尻無事でよかった」
葵に嵌められた悔しさよりも、僕が女の子の恰好しているだけで旧友たちに手のひらを返したような態度をとられたことがショックだった。
桜ノ宮だったら面白半分にからかわれることはあっても、拒絶されることはない。もう、僕の居場所は桜ノ宮にしかない。
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