第6話 女子高生活
朝のホームルームが終わり先生が教室から出ていくと、待っていたかのように僕の周りにクラスのみんなが集まり始めた。
僕を取り囲むと、みんなそれぞれ質問を浴びせてきた。
「ねえ、やっぱり下着も女物なの?」
「男の人が好きなの?」
「女性ホルモンとか手術とかする予定あるの?」
どこに住んでるのとか、部活は何するのとか、普通の転校生にしそうな質問はなく、遠慮も配慮もない厳しい質問ばかりを浴びせてくる。
女子は大人しいイメージしかなかったが、女子高だとノリが違うようだ。
本当のことがバレないように作ってきた設定に矛盾が生じないようにしないといけない僕は、慎重に言葉を選びながら答えていく。
横目で葵の方を見ると、困っている僕の姿を見てほくそ笑んでいた。
「ほら、みんな、もうすぐ授業始まるし、あんまり質問攻めしても下野さんが困るでしょ」
葵のかけ声で、みんな質問をやめて自分の席へと戻っていた。葵は恩を着せるような表情をしているので少し腹が立ったが、助かったのも事実なので手刀を切って無言で感謝を伝えた。
1時間目の英語の授業が始まった。英語の教科書を取り出し中身を見てみると見たことのない英単語があったり、英語の長文の量が多かったりと、明らかに前の学校より難易度が上がっていることに気付く。
「じゃ、佐野さん。3行目のところ読んでみて」
「I asked him, “How about taking a walk after finishing your homework tonight?”」
佐野さんが流ちょうな発音で英語の文章を読み上げた。
「OK。ちゃんと抑揚もついて読めていて良かったです。それで、日本語に訳すとどうなる?」
「私は彼に、『今夜、宿題が終わったら散歩はどう?』尋ねた。ですか?」
「う~ん、だいたいあってるけど、『散歩はどう?』よりも『散歩に行こうよ』の方が、誘っている感じがしていいかな?」
僕は前の学校では成績は良かった方だが、こっちの学校の方がレベルが高いようだ。
同じように2時間目の数学、3時間目の古文も高いレベルの授業に圧倒されながら終えるようやく昼休みになった。
ハードな授業でお腹が減って、ハンガーノック寸前だ。
カバンの中からお弁当箱を取り出そうしたとき、いつもなら持ってきているお弁当を忘れたことに気付いた。
「夕貴、お昼どうするの?」
いつの間にか葵が目の前に立っていた。
「朝バタバタしてたから、お弁当持ってくるの忘れちゃった」
「食堂と売店があるよ。私も学食に行くから一緒に行こ」
葵に手を引っ張られ、教室を出た。教室を出た後も、葵は手を握ったままだった。
「なんで、手をつなぐんだよ」
「女子高だと普通だよ。ほら、周りをみて」
たしかに周りをみると、女の子同士手をつないでいる子の姿を目にした。意外と女の子同士手をつなぐのは普通のことのようだ。
「ほら、夕貴もほかの女子と同じようにしていたほうが、本当のことバレなくていいでしょ。もし、本当のことがバレたら、退学だけじゃすまないかもよ」
葵は小悪魔な笑みを浮かべた。たしかに、トランスジェンダーと偽って女子高に通っているのがバレたら、何の罪かわからないが逮捕されそうだ。
「そうだな。バレないように、女の子のこともっと教えて」
「教えてじゃなくて、教えてくださいでしょ」
「教えて、ください」
「それで、よろしい」
幼馴染の葵にへり下るのは屈辱的だったが、頼れるのは葵しかいない。
「食堂はここよ。食券はあそこで買うの」
前の学校の学食とは違い、この学校の学食は木目調の床にテーブルや椅子などの調度品もかわいらしい感じで、おしゃれなレストランのようだった。
食券の自動販売機をみてみると、一番安いきつねうどんでも500円する。やはり葵が通うようなお嬢様学校は、金銭感覚が違うようだ。
「売店でパンでも買うよ」
そう言って学食に入る葵とは別れ、食堂の隣にある売店に行くことにした。売店も前の学校に会ったのと違いきれいで明るく、パン売り場は街の小洒落たパン屋さんのようになっていた。
クロックムッシュやパニーニといった、前の学校では見たこともないパンが並んでいて、どれも高いものばかりだ。
仕方なく一番安いロールパンを一つだけ買った売店を出た。
明日からは弁当は必須だなと思いながら、売店横のベンチに腰かけて、小さいロールパンを大事そうに少しずつちぎり口に入れた。
「夕貴、ここにいたんだ」
パンが入った袋を抱えてやってきた葵が、隣に腰かけた。
「夕貴、サンドイッチ半分食べない?学食こんでて、結局私もパンにしたんだけど、調子に乗って買いすぎちゃった。パン屋に行くと、なんかテンション上がってつい買いすぎちゃうよね」
男子高校生の体にはロールパン一つでは足りなかったので、ありがたくサンドイッチ半分をいただくことにした。
「美味しい!」
「ね、ここの売店のパン、美味しいのよ」
バターの香りが芳醇に香るロールパンも美味しかったが、このサンドイッチも風味溢れる全粒粉の食パンに卵がたっぷりサンドしてあって、今まで食べた中で一番美味しい卵サンドだった。
「このベーグルも美味しいよ」
葵が食べかけのベーグルを一口にしては大きい量をちぎって渡してくれた。トマトとバジルのベーグルにチーズが挟んであり、トマトの酸味とバジルの風味、チーズの濃厚さが合わさった三重奏が口の中に広がった。
「チョコクロワッサンも食べる?」
「ひょっとして、私がロールパンしか買っていないのをみて、恵んでくれてるの?」
「違うわよ。最初に言ったでしょ、テンション上がって買いすぎたって。聞こえてなかったの?」
葵は怒った口調で反論したが、顔は真っ赤なところをみると図星のようだった。男の僕を女子高に転校させるなんて、なんてひどい奴と思ったが、意外と優しいところもありそうだ。
「葵、ありがとう」
お礼を言うと、ますます葵の顔が赤くなった。
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