第5話 転校初日

 朝の校門付近は登校してくる生徒で賑やかだった。

 みんな友達や先生に挨拶している。


 初登校の僕は、葵の横にぴったりくっつくように歩き、校門をくぐった。


「ここが靴箱ね。ここで上履きに履き替えて」


 僕は持ってきた上履きに履き替えている間、次々と友達から声を掛けられていた。


「葵、おはよ」

「茜、おはよ。あっ、佐野っちもおはよ」

「葵、一緒にいる人誰?」

「あとで教えてあげる。じゃ、夕貴、私教室に行くから、あとでね」


 不敵な笑みを浮かべて教室へと向かっていく葵とは別れて、教室とは反対側にある職員室へと向かった。

 1階奥の突き当りにある職員室のドアを、緊張して震える手でノックして開けた。


「おはようございます。今日から、お世話になります下野夕貴です」


 職員室を見渡してみると、先生たちも女性の比率が高いようで男性の先生は数名しか見当たらない。

 細身のタイトスカートのスーツ姿の女性が近づいてきた。


「あなたが下野さんね。初めまして。担任の村中です。ちょっとついてきて」


 村中先生は職員室を出ると、隣にある校長室のドアをノックした。


「校長、失礼します。下野さんを連れてきました」

「ありがとう。まあ、座って」


 促されるままにソファに座った。僕の前に、校長先生とその隣に村中先生が座っている。


「本当は、男子を入学させるなんて嫌だったんだけど、上園さんからのお願いだから特別に受け入れることにしたの」

「そういうわけだから、問題起こさないでね」


 校長先生と村中先生は不機嫌そうな表情をしている。

 やはり女子高に男子を受け入れることを快く思っていないようだ。そりゃそうだ。もっとしっかりと反対してくれたら、僕も女子高に転校せずに済んだのにと心の中でつぶやいた。


「まあ、吹奏楽部の楽器を寄付してもったしね。おかげで助かったわ」

「校長、正式に受け入れてもらえたということでお礼に追加で、部活の遠征用のバスもいただきました」


 やっぱり秘密裏にお金が動いていたみたいだ。それにしても、僕を女子高に転校させるのに幾ら使ったのか気になってしまう。

 単にお嬢様の気まぐれにしては額が大きすぎるような気もするが、お金持ちの上園家からしたら、楽器やバスぐらい大したことないのかもしれない。


「じゃ、そろそろ朝のホームルームだから、教室に行きましょうか」


 校長室を出て教室に向かう先生の後を追った。教室は職員室があるのとは別の棟にあるみたいで、渡り廊下を渡り階段を上った。

 

「下野さん、上園さんとはどんな関係なの?」

「幼馴染というか、小学校は同じでした」

「ふ~ん、そのころから下野さんは女の子になりたかったの?」

「まあ、そうですね。そのころに上園さんに話していたの覚えてくれていたみたいですね。おかげで、女の子になれて嬉しいです」

「そうなのね。上園さんは成績も優秀な上に友達思いなのね」


 いや友達思いとかじゃなくて、単なる悪趣味で葵に無理やり女の子にさせられているのだが、言い出せずに話を合わすことにした。


「教室はここよ」


 2年1組の教室は廊下の一番奥にあった。職員室からはちょうど対角線の位置にある。


「みんな、おはよ」


 先生について教室に入ると、みんなお喋りを辞めてにぎやかだった教室が静かになった。静かになったかわりに、「あの子誰」「転校生?」などとヒソヒソ話が聞こえてくる。

 窓際の席に葵が座っているのが見える。予想はしていたいが、葵と同じクラスのようだ。


「え~、皆さん、今日からこのクラスに新しく一人加わります。じゃ、下野さん、自己紹介して」

「初めまして、下野夕貴です。見ての通り男子ですが、特別に桜ノ宮女学院に転校させてもらえることになりました。憧れの女の子になれて、嬉しいです」


 男子とわかると、静かだった教室が一気に騒がしくなった。あちらこちらから、「男子なのにスカート履いている、キモイ」「男子が嫌で女子高に来たのに」などと否定的な声が聞こえてきて、針の筵に立たされている気持ちになる。


「みんな、聞いて」


 急に葵が立ち上がった。みんな喋るのを止めて葵の方を注目している。

 葵はこのクラスのスクールカーストの頂点に立っているようで、誰も葵の行動を咎めたり、冷やかしてくる生徒はいない。


「時代はLBGTでダイバーシティだよ。男だからスカート履いたらダメとか、心は女の子でも体が男だったらダメとか、そんな狭い見識じゃ、これからの社会じゃ通用しないよ。桜ノ宮女学院は『時代をリードする女性を育てる』がモットーじゃなかったの?」

「たしかに、そうね」


 村中先生も葵の演説の迫力に押されている。


「下野さんも勇気を出してカミングアウトして女の子になったんだから、みんなも受け入れる勇気を持とうよ」


 葵が話し終わると、教室中に拍手の音が響き渡った。リーダー的存在の葵によって、最初の反発的なムードは消え一転して受け入れモードに変わった。

 ありがとう、葵。心の中で、そうつぶやいた時、もとを正せば葵が面白いからという理由で無理やり僕を女子高に転校させたのが原因だ。

 あやうく葵のマッチポンプに騙されるところだった。気を引き締めなおして、僕の女子高生活が始まった。


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