第4話 初登校

 爽やかな4月の朝、空は青く澄み渡っているのに僕の気持ちは天気の反対に暗く重く沈んでいた。


 鏡には桜ノ宮女学院の制服に着替えた自分の姿が写っていた。


 桜ノ宮の名前通り、ピンク系のチェックスカートに、紺色のブレザー、ピンクラインのリボン。ブレザーの刺繍糸もピンクと、とにかくピンクにこだわった制服で、かわいい制服だとこの地域ではよく知られている。


「やっぱり、似合わないよな」


 女子だとかわいいけど、男子の僕が着ると制服がかわいい分、男の部分が強調されてしまい一目見て女装した男とわかってしまう。


 昨日、上園から指定された美容室に行って髪をカットした。美容師さんには上園からの依頼が通っていたみたいで、こちらが何も言わなくても女の子っぽい髪形にカットしてくれた。お風呂の時にすね毛も剃った。

 やることは全部やったが、それでも女の子にはなれない。

 こんな格好で、学校に行くと思うと絶望感で目の前が真っ暗になってしまう。


「夕貴、すまんな」


 鏡の前で落胆している息子を不憫に思ったのか、父は申し訳なさそうな顔をしている。


「でも、これで工場が助かる。松ちゃんやカトさんも喜んでいるよ」


 父は、工場で働く従業員の名前を口にした。松ちゃんやカトさんは僕が生まれる前から父と一緒に働いてくれていて、子供の時には休憩時間によく遊んでもらった。

 松ちゃんやカトさんにも、それぞれ家族がいる。

 僕一人が我慢すればみんな助かるんだ、と自分に言い聞かせた。


「おはよ、なかなか似合ってるじゃない」


 振り返ると、いつの間にか上園葵がニタニタと笑みを浮かべて立っていた。


「上園、いつの間に?」

「さっき着いたところ。ちょうど玄関前にお母さまが掃除していて、『上がって』って言われたから、上がってきちゃった」


 上園は話しながら近づいてきて、僕の顎を一撫でしたあと足を触り始めた。


「いった通りちゃんと髭もすね毛は剃ってる。いい子。ゴールデンウイークになったら、永久脱毛してあげるから、それまでは毎日剃ってね」


 上園は言い終わると、スカートをめぐり上げた。その思いもよらない行動に驚いて抵抗する間もなく、スカートの中の下着が丸見えになった。


「よし、ちゃんと下着も履いてるね。やっぱり男子でも下着がみえると恥ずかしいだ」


 慌ててスカートを抑えている僕を、上園は不敵な笑みを浮かべながら見ている。


「上園、なんで下着のサイズまで知ってるんだよ」


 制服と一緒に入っていたブラやショーツは、サイズがぴったりだった。


「世の中、お金さえあれば何でもわかるのよ。夕貴の前の学校の担任に聞いたら、身体測定の結果、あっさり教えてくれたよ。ほら、学校に遅刻しちゃうから行こ。転校初日で遅刻なんて、恥ずかしいでしょ」


 スカート履いている時点でもう十分に恥ずかしいと言い出す間もなく、上園に手を引かれ家を出た。


 家の外に出ると、まだ冷たさの残る4月の朝の外気に当たり、膝上までしかないスカートが一層頼りなく感じた。

 スカートの裾ばかり気にしている僕に、葵が話しかけてきた。


「どうしたの?」

「スカートって、無防備。何も着てないみたい」

「まあ、慣れよ。毎日履いていれば慣れるよ」

 

 葵はあっけらかんとした顔でいうが、これから毎日スカートを履くという現実を再認識した僕は落ち込んだ。


 

 すれ違うサラリーマンは一瞬こちらを見た後視線をそらした。それでも気になるみたいで、チラチラとこちらを見ている。

 慣れないスカートの感触も気になるが、道行く人からの視線も気になってしょうがない。


 後ろをあるく女子高生からは、「あれ男だよね」「キモイ」などとヒソヒソ話しているのがこちらまで聞こえてくる。


「ほら、恥ずかしがってしたばかり向いているから余計に目立つのよ。普通にしとけばいいのよ。普通に。あと、そのゴリラみたいな歩き方やめなさい」

「ゴリラって……」

「そのガニ足を内また気味にして、膝をすり合わせるようにして、道路の白線に沿って一直線で歩いてみて。あと、肘は横にするんじゃなくて真後ろにして」


 いわれたように歩き方を直してみた。心なしかすれ違う人からの奇異なものを見るような視線は減った気がする。


「上園、意外と優しいんだな。てっきり、笑いものになる僕を楽しんでるだけかと思った」

「一緒に歩いている私まで変に思われるから教えただけよ。それに、いい加減『上園』って呼び方やめてよ。あと『僕』じゃなくて『私』でしょ」

「じゃ、私は何て呼べばいいの」


 初めて私なんて一人称使ってみたが、小恥ずかしく感じる。


「私も夕貴って下の名前で呼んでるから、下の名前でいいわよ」


 葵と下の名前で呼ぶと、急に距離が縮まった感じがするから不思議だ。


 そんな感じで歩いていると駅に着いた。

 駅の改札口付近で、葵はキョロキョロと周りをみわたしている。


「葵、何してるの?」

「電車ってどうやって乗るの?切符がいるのよね。切符ってどこで買うの?駅員さんいないじゃない。」

「切符を買うって、葵、Suica持ってないのかよ」

「電車に乗るの久しぶりなんだから、持ってるわけないじゃない」


 聞けば新幹線には乗ったことあるみたいだが、在来線は生まれて初めて乗るみたいだ。

 自動発券機での切符の買い方を教えて、一緒にホームに入った。


「ねえ、指定席ってないの?」

「ある訳ないでしょ」

「電車すでにいっぱい乗っているけど、こんなに入るの?」

「それが不思議と入るんだな」


 満員電車に押し込まれるようにして入り、電車で揺られながら学校へと向かう。

 十数分後、ようやく学校の最寄り駅についた。

 電車に乗っている間、隣にいる葵から「苦しい」「痛い」と休むことなく愚痴がこぼれていた。

 お嬢様育ちの葵には満員電車は酷だったようだ。


「ふ~う、電車ってあんなにぎゅうぎゅうに押し込まれるのが普通なの?」

「まあ、この時間帯は毎日そうかな」


 満員電車も当然初体験の葵は、電車を降りるなり不機嫌になった。


「初日ぐらい付き合ってあげることにしたけど、明日からはいつも通り車で送ってもらうから、夕貴は明日から一人で学校に来てね」

 

 なんとなく察してはいたが、明日から一人で登校すると思うと今から心細くなってしまう。





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