第2章 開戦 3

 ネーグル少将が作戦参謀を指名した。

「ギドク大佐、連合の予想侵攻ルートに関してアップデートはあるか」

 おそらく連合の艦隊はすでに中立宙域と連邦の辺境星域が接するあたりまで進出し伏在しているはずだ。

 オフライン参加している作戦参謀が会議室の共用ディスプレイに予想侵攻ルートを映した。

「大きなアップデートはありません。電撃的な侵攻を計画しているものと考えられるため現時点では公開されている商用航路を辿るか、あるいは後の連絡線形成を考えて、人の手が入っている星系を辿るかのどちらかであると考えています。ただ、現時点では決め手がありません」

 連邦の辺境星域の商用航路については公開情報であるため、これを辿れば航法情報は簡単に手に入り、迅速な展開が可能となる。一方で捕捉されやすいというリスクがある。独自に人の手が入っている星系を辿る方法は捕捉されにくいが商用航路に比べて航法情報が手に入りにくいと言う問題がある。もっとも事前に重力勾配やデブリの状況の調査などを収集し、航路啓開をしておけば侵攻ルートとして航路を設定することも可能だ。

「共同警備本部に派遣されていたフリゲート艦12隻は中立宙域から撤収しつつ索敵を行っていますがおそらく、敵艦隊の発見は困難でしょう」

 一回に最大で5光年を移動する転移航法を使っている艦隊を恒星間宇宙で捕捉しようとすれば目標が最後にセンサーに捕捉された位置をもとに最大で直径が10光年の球体を設定し、その球体の中に濃密な哨戒網を敷かなければならない。とても現実的な対応とは言えない。

 商用航路には標位ステーション、標位星や救難ステーションが存在するがこれらの位置は公開情報なので連合の艦隊がセンシング域に入るようなことはないだろう。もし、標位ステーション、標位星、救難ステーションのセンサーが連合の艦隊を捉えたら、それらは欺瞞信号であると考えた方が安全なくらいだ。

 共用ディスプレイに映されたデータが変わる。

「侵攻兵力の見積もりも大きなアップデートはありません。現時点での戦力見積もりでは侵攻艦隊は戦艦、重巡航艦を中心とし、戦闘艦艇が約4000隻。そのうち、約2500隻が主攻軸を形成し他に500隻程度の支隊3個が助攻を行うものと想定しています」

「艦隊の集結状況はどうか」

「艦隊の集結完了は早くても一週間はかかる見込みです。共同警備本部に派遣されていた艦を含め、艦隊は分散して任務にあたっていたおりましたし、シメオ大佐からの報告にもあったとおり、各根拠地で定期メンテナンスを受けていた艦もあります。さらに星系政府から民間人の退避支援要請も入っており、無視もできません」

 ロバーツ中将は眉間にシワが寄るのをとめられなかった。

「民間人の退避は支援しないわけにはいかない。本星系に在泊の艦艇と、3日以内に本星系に集結できる艦を合わせるとどのくらいになるか」

 ギドク大佐は表示を切り替えた。

「70パーセント程度になります。艦種別では戦艦、重巡航艦、補給艦については全艦集結可能です。軽巡航艦は75パーセント、駆逐艦は55パーセント。フリゲート艦は45パーセントの見込みです」

「了解した」

「民間人の護衛を終えれば、星系軍の艦艇も合流してきますので最終的には1200隻程度の艦は集結可能と考えます」

 とはいえ、辺境星域の星系軍の艦艇は軽巡航艦がせいぜいで、殆どの星系は駆逐艦やフリゲート艦しか保有してない。

「判った。艦隊の集結を急ぐように」

「アイ・アイ・サー」

 ソコロフ高等弁務官が発言を求めた。

「司令官、民間人の退避計画については変更なしで進めて問題ありませんか? 計画通りでは護衛にあたる艦艇がかなり先まで拘束されます。民間人の護衛は警備隊の船に任せるなどして先に合流させなくて良いですか」

「高等弁務官、民間人の退避は可能な限り安全に行わなければなりません。申し出はありがたいですが、退避船団の護衛を優先してください」

「判りました。星系国家から懸念が示された場合はそのように対応します」

「参謀長、作戦参謀、国境警備艦隊の艦も同様です。この点は各艦長に徹底するように」

「アイ・アイ・サー」

 連合の侵攻に備えて高等弁務官事務所と国境警備艦隊司令部が共同で策定した計画では、民間人の退避は中立宙域に近い辺境星域外縁部の星系国家、開発星系から始まる。非常事態宣言とともに中立宙域、辺境星域に存在する転移航法可能なすべての民間の外航船は高等弁務官事務所の傭船となり、最新の退避計画に従って各星系に送られる。例外的に自力航行可能なプラント船やコロニー船については船団が組みにくいため独行が許可され、所属する企業のある星系に帰投することが許可された。それ以外の民間船舶は船団を組み、星系国家の保有する艦艇、連邦保安省警備隊の艦艇や開発会社と契約している民間軍事会社の艦艇の護衛の下、一次集結地として設定されたキャリントン星域サレハルト星系に移動する。そこで避難民を下船させたあと、護衛艦艇とともに次の星系へとって返し、民間人の退避を行う。サレハルト星系で下船した避難民は辺境星域高等弁務官事務所から連邦緊急事態庁の管理下に移管され、最終的な避難先へと移動することになっている。

 これをすべての民間人の退避が終わるまで繰り返すことになる。中央に比べれば遙かに人口が少ない辺境星域でも退避完了に要する時間は絶望的に長い。

 せめてもの救いは退避する民間人を惑星の地表から衛星軌道までシャトルやHLLV(Heavy Lift Launch Vehicle:大重量物打ち上げロケット)、軌道エレベーターなどで運び上げる必要がない点だ。幸か不幸か人類は未だ有効(コストに見合い、10年、20年といった期間で実施可能)なテラフォーミング技術を持ち得ていない。代わりに軍用宇宙船の技術を転用した堅牢で、放射線防御、デブリ防御に優れたコロニーが建造されている。コロニーは地球のある太陽系以外の全ての星系国家ではハビタブルゾーンに存在する惑星のL4、L5(前方および後方トロヤ点)に建造される。例外的に大型の衛星が存在する場合は惑星/衛星系のL4、L5にもコロニー群が形成されることがあるが、都合良く大型の衛星が存在することは希だった。コロニーであれば大型船が直接入港し退避する民間人を乗船させることができ、迅速な退避が可能となる。

 ロバーツ中将は改めて会議に参加しているメンバーを見渡した。彼らは優秀だ。だが国境警備艦隊の戦力はあまりにも少ない。連合の侵攻艦隊は4000隻以上と見積もられている。主攻軸と予想される艦隊だけでも2500隻と国境警備艦隊の倍以上の数だ。しかも、航路警備、治安維持を主任務とする国境警備艦隊はフリゲート艦が多く、主力艦である戦艦、重巡航艦は少ない。ランチェスターの法則を持ち出すまでもなく、まともにぶつかれば国境警備艦隊に勝機はない。

「諸君、連合の開戦意図は、現時点では不明だ。何らかの目的を持った制限戦争を意図しているものと考えられるがその目的は判らない。連合がどのような意図を持っていたとしても当面の我々の行うべきことは変わらない。第1に速やか且つ安全に辺境星域の民間人を退避させる。第2に侵攻をできる限り遅滞し、友軍の来援を待つ。だが、緊急展開部隊である第11艦隊の来援まで最短でも一週間程度は必要とのことだ」

 ある程度の戦略的な緊張感があったとは言え「開戦前夜」と言うほどの緊張はなく、戦略的奇襲を受けた形になったからだ。

「この一週間は非常に厳しいものとなるだろう。諸君はベストを尽くしてもらいたい。以上だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る