第4章 キトゥエ星系戦 2
「参謀長、作戦参謀、情報参謀、兵站参謀。V1に入ってくれ」
ファウラー中将はそう言うとオンライン(AR)会議室にログインした。すぐに第11艦隊参謀長ギムス少将、作戦参謀アーレフキア大佐、情報参謀モクテズマ大佐、兵站参謀サンドグレン大佐がログインした。
「諸君、状況はすでに把握しているものと思う。サンドグレン大佐、星系政府に状況を伝え、予定通り退避計画を進めるよう連絡してくれ」
「アイ・アイ・サー」
「連合の侵攻艦隊は我々第11艦隊が本星系に展開していることに気づいてはいなかったようだ。我々は3G加速にて敵艦隊迎撃に向かう。ただし、総員配置は発令しない。アーレフキア大佐、司令官名で各隊に予備命令を出してくれ。加速開始15分前に再度命令を出す」
「アイ・アイ・サー」
連邦宇宙軍の指揮官であれば総員配置を二直の間(8時間)続けるのは無謀だと身にしみている。士官学校でもそう教えられるし、士官学校の演習で実際に三直(12時間)ぶっ続けで総員配置に就かされ、どうなるかも身をもって思い知らされる。そのため敵前であろうとも戦闘直前までは総員配置を発令せず通常の当直態勢を維持するのが普通だった。通常の当直態勢を維持したまま長時間加速を続ける場合は直交代時を中心に30分間は加速を停止することになっている。その30分間に慌ただしいが食事やシャワーなどを済ませる事になっている。加速が始まる前に当直のものはWAPを着用し各部署で耐Gシートにつく。非直のものは耐Gカプセルに入る。耐Gカプセルに入ると他にできる事もあまりないので大抵のものは寝て過ごした。これを連邦宇宙軍では「3の30方式」と呼んでいた。
「諸君、連合がこれまで同様に距離をとってくれたおかげで退避は問題なく終わるだろう」
ファウラー中将はそう言いながら仮想ディスプレイに概略戦術状況を呼び出した。第3惑星と第4惑星の間の惑星間空間に実体化し加速中の連合の艦隊、第3惑星の衛星軌道上にある第11艦隊の予想迎撃針路。その間に設けられたいくつかの機雷堰などの防衛設備が表示される。
「連合の戦争目的は未だ不明だが、少なくとも民間人を殺したり、コロニー群を破壊したりしたいわけではないようだ」
ギムス少将がうなずいた。
「この星系における連合の作戦目標は連絡線形成のためにこの星系を占拠することにあると考えます。これまで同様に我が方の護衛の下、民間人が退避してくれれば連合は保護の必要な民間人を抱え込まなくて済みます」
「民間人がいなくなれば、それなりに時間はかかるが防衛設備を排除しながら必要なコロニーにとりついて制御を奪えば良いわけだ」
ファウラー中将は一旦言葉を切った。
「だが、いま、ここには我々がいる。我々は緊急展開部隊である。このまま砲火を交えず撤収するべきではないと考える。戦力的には劣勢だが星系内の防衛設備を活用しできる限りギャップを埋め、敵に打撃を与えたい」
「司令官、敵艦隊の撃破と我が艦隊の保全とどちらに重点をおきますか?」
アーレフキア大佐が確認を求めた。
「艦隊の保全を優先する。来るべき決戦に備え、艦隊の戦力を維持しなければならない。そのためには使えるものは何でも使う」
「司令官、星系軍の管理下になっている防衛設備を我々に移譲するよう星系軍に要請する許可をお願いします」
「何か考えがあるのか?」
「はい。こちらをご覧ください」
アーレフキア大佐が概略戦術状況シミュレータを操作した。コロニー群にもともと配備されていた機雷堰と戦略分析システムの予測を受けて開戦後に急遽展開された機雷堰がフラッシュした。
第3惑星軌道へ向かって連合の艦隊が移動。それを迎撃に向かう第11艦隊も移動を開始。スケールの関係で殆ど判らないが機雷堰も移動を開始。
「推進剤と加速力の問題もありますのでいくら移動させても有効射程に入らない機雷もありますが、とにかく敵艦隊の予想侵攻ルートに向かって移動させます」
シミュレータ上の機雷堰に有効射程を表すコーンが付加される。連合の艦隊が近づくと機雷堰が次々に作動する。続いて、有効射程に入っていない機雷堰も作動した。
「ご存じの通り現在の定義では有効射程とは有意の観測結果とそれに基づくフィードバックができる射程範囲となっていますが、敵に圧を掛けるだけなら有効射程外からの攻撃も可能です」
「なるほど。有効射程外だろうと機雷を使うことで敵に負荷を強いるわけか」
「はい。少しでも影響が出る可能性があれば追跡は必要ですし迎撃も必要になるかもしれないと思わせることが重要です。警戒を強いることができれば良いのであって実際に損害を与えられるかどうかは問題ではありません」
機雷には大きく2種類ある。一つは質量兵器(通称「ブドウ弾」)を多数搭載したもの。このブドウ弾は発射されたあとは設定された爆散パターンで自由落下しかできないが、個々のブドウ弾が小さい上に赤外反応もなく探知しづらい。対艦ミサイルの迎撃に用いられる榴散弾弾頭ミサイルの弾頭とともに開発された古典的な兵器だ。こんなものでも高速で航行中の艦に命中すれば無視できないダメージとなる。
もう一つは複数の徹甲反応弾頭を搭載したもの。この弾頭も基本的には発射された後は自由落下だが僅かながら推進剤を搭載しており限定的な軌道遷移能力を持っている。こちらは対艦ミサイルの弾頭を転用したものだ。こちらも高速航行中の艦が接触すれば装甲を貫徹し、さらに反応弾の爆発で大きなダメージが発生する。小型艦ならあたり所によっては一撃で行動不能になりかねない威力があった。
シミュレータ上でさらに時間が進み艦隊同士の交戦距離に入る。
「機雷による攻撃後、なるべく時間をおかず、接触すべきです。その際、我が艦隊は密集隊形をとって敵艦隊に火力を集中。航過後は加速を停止し、自由落下状態で可能な限り敵艦隊後方から攻撃を続行します」
「モクテズマ大佐、敵はどう反応すると考えられるか?」
「機雷による攻撃が敵にとってどの程度の脅威としてうつるかによりますが、敵は無視はできない筈です。連合の過去の演習の観戦記録からも脅威には過敏に反応する傾向がありますので、負担を強いることは可能と考えます」
「よろしい。アーレフキア大佐、移譲要請はこちらで行う。貴官は15分以内に行動計画をまとめてくれ。機雷の作動タイミング、艦隊の突入タイミングは概略でいい。加速中にアップデートしてくれ」
「アイ・アイ・サー」
「サンドグレン大佐、航過後の転移タイミング、再集結ポイントの選定を頼む。補助艦艇には再集結ポイントへの退避を指示」
「アイ・アイ・サー」
「モクテズマ大佐、アーレフキア大佐と連携して接触までに合流できない哨戒中の艦には潜伏して戦果確認と艦隊撤退後の情報収集を命じてほしい」
「アイ・アイ・サー」
「参謀長は行動計画の確認を手伝ってくれ」
「アイ・アイ・サー」
「それともう一つ、損害見積もりも頼む」
機雷を使用して敵をどれだけ混乱させられるかで損害が変わってくるだろう。
「アイ・アイ・サー」
「よろしい、2200時に加速開始としたい。作業にかかってくれ。以上だ」
オンライン会議室から出たファウラー中将は艦橋にいる旗艦艦長ルーセル少将を呼び出した。
「艦長、旗艦の状態はどうだ」
コンソールのディスプレイにブロンドの髪を短く刈り込んだ細面の女性が写っていた。
「問題ありません。いつでも動けます」
「よろしい。今、司令部で最終的な行動計画をまとめている。詳細は後で確認してもらう必要があるが、正面から敵との殴り合いになる。艦隊は2200時を目標に加速を開始。敵艦隊の迎撃に向かう。そのつもりでいてくれ」
「アイ・アイ・サー」
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