第4章 キトゥエ星系戦 1

「2033(20時33分)。敵艦隊らしきもの探知。セクター6エリアフォックス(F)7、距離約370(光秒)」

 第11艦隊旗艦であるカエサル級戦艦アダド・ニラリの主要防御区画内にある艦隊司令部指揮所に緊張が走る。プローブの光学センサーが敵艦隊と思われる艦船の出現を検知した。初夜直の当直についている者の目が一斉に共用ディスプレイに注がれる。共用ディスプレイの戦術システムウィンドウに概略探知バブルが表示される。戦略分析システムが侵攻を予測し、その迎撃のため艦隊が展開しているキトゥエ星系第3惑星軌道から約6光分の距離。事前に戦術システムが転移予想ポイントとして挙げたうちの一つだ。

 戦術システムウィンドウを見ながら当直参謀がコム(艦内通話システム)で司令官公室で休んでいた第11艦隊司令官ファウラー中将を呼び出した。

「司令官。こちら当直参謀インジック中佐です。敵艦隊らしきものが現れました。距離370」

「ありがとう、すぐ行く」

 いまごろは艦橋でも当直士官が艦長を呼び出しているはずだ。

 戦術システムウィンドウに新たな動きがあった。戦術システムが通常の対応としてセクター6-エリアF7を観測できる範囲にある他のプローブの光学センサーを向け、画像解析をはじめていた。

「艦影2500プラスマイナス60。アスモデウス級戦艦、アブラハム・アダン級重巡航艦など確認。連合の艦隊と認む」

 戦術システムウィンドウに表示されていた概略探知バブルが敵艦隊を示すアイコンに更新された。

 積極的にアクティブセンシングを行うべき時だった。インジック中佐は戦術システムにプローブの電磁波封鎖解除を命じた。

「戦術システム、電磁波封鎖解除。アクティブセンシング開始せよ。プローブ展開密度は索敵のまま」

「インジック中佐の命令により、アクティブセンシング開始、プローブ展開密度は変更なし。実行します」

 プローブは消耗品だ。いつ来るか判らない敵の出現し備えて、定期的に予め策定されたパターンで射出されパッシブセンサーを使って多段階索敵を行っている。 

 アクティブセンシングを行えばプローブは排除されるが後続のプローブがセンシングを引き継ぐ。交戦距離に入るまえからプローブは索敵妨害、弾着観測妨害のため真っ先に狙われる。

 連絡から5分程でファウラー中将が艦橋に現れた。ファウラー中将はこの時代では壮年扱いされる60代後半の中背の痩せた男性だった。彼が入室しても誰も振り向かず、作業の手をとめるものもいない。司令官が入室する際に号笛をならしたり下士官や副官が「司令官、入室されます」とのたまったりする風習はとうの昔に廃れていた。

 ファウラー中将は軽い身のこなしで司令官席に着き、ヘッドセットをつけた。生体認証が行われ、司令官が席に着いたことが記録された。彼は司令官席のコンソールに表示された戦術状況をざっと確認。距離370なら接触はまだまだ先だ。もちろん、漫然としていていいわけではなく、打てる手は打っておく必要があるが、一分一秒を争うような状況ではない。

「赤外反応を検知。敵艦隊、我が方に向かって加速を開始した模様」

 転移を終えた宇宙船は民間も軍用も全て静止状態になり、その場から移動するためには改めて加速が必要となる。連合の艦隊は反応炉に推進剤を投入しキトゥエ星系第3惑星軌道に向かって加速を開始した。

 戦術システムのディスプレイ上の敵艦隊アイコンに軌道要素がベクトル表示される。おそらく、いまごろは連合の艦隊もプローブを射出しているだろう。

 ファウラー中将は手元のコンソールに表示された軌道要素の表示を確かめながらつぶやいた。

「連中、ずいぶんと気合いが入っているな」

 軌道要素の表示によれば全艦揃って3Gの加速をはじめたようだった。いくらWAPを着用し耐G姿勢をとっても5G以上の高加速を長時間続けるのは人間の体がもたない。現在の距離では3G加速が限界だ。おそらくプローブの光学観測で第3惑星軌道近傍にいるはずのない艦隊らしきものがいることは分かったのだろう。

「インジック中佐、すまんが司令部要員に招集をかけてくれ。少し早いが体制をとる」

「アイ・アイ・サー」

 ファウラー中将は艦隊指揮システムに麾下の艦隊の状況とこの星系で行われている退避作業の最新の状況を確認させた。

 艦隊は第3惑星軌道近傍に集結して漂泊し、今すぐでも動き出せる態勢が維持できている。加速は15分まえ予告くらいで問題ないだろう。キトゥエ3F(前方トロヤ点)/3B(後方トロヤ点)からの退避も順調に進んでおり、現在の予定ではあと18時間程度で終わるだろう。

 ファウラー中将は少し気が楽になった。彼が率いる第11艦隊の任務であるキトゥエ星系からの民間人退避援護という任務は問題なく終わりそうだからだ。民間人の退避さえ終われば、長居は不要だ。

 現れた敵艦隊は想定通りの約2500隻、敵侵攻艦隊主力だ。数的に劣勢の今、国境警備艦隊の方針である艦隊現存主義を執るべき時だった。この星系で連合の侵攻艦隊に決戦を挑む必要はない。

 とは言え、このままなにもせず撤収するのも芸がない。緊急展開部隊として来援し国境警備艦隊の指揮下に入っているとは言え、ファウラー中将の指揮する第11艦隊は軽艦艇中心の国境警備艦隊とは異なり、カエサル級戦艦、アル・コバール級重巡航艦などの主力艦を揃えた重装備の艦隊だ。星系軍の手によって事前展開された防衛設備も使える。ここは一当てしてみるべきだろう。

 ファウラー中将が顔を上げると第11艦隊司令部に属する各級参謀が艦隊司令部指揮所に揃っていた。彼らはすでに各自のコンソールに付き状況を把握していた。

「参謀長、作戦参謀、情報参謀、兵站参謀。V1に入ってくれ」

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