第3章 艦隊現存主義 2

 H16945星系。固有名もなく恒星カタログの番号しかないこの星系は第5惑星であるガスジャイアントの衛星ベルトやトロヤ点の岩塊から金属やセラミックなどを精錬するプラント船が操業していた。だが、プラント船は非常事態宣言をうけて撤収しており、今は無人の星系になっている。連邦宇宙軍フリゲート艦ハテルマはこの星系にプローブを展開し哨戒にあたっていた。星系全体に濃密な索敵網を展開するにはプローブの絶対数が不足しているため、濃淡を付けた展開とならざるを得なかった。敵の艦隊が資源採取するなら目指すであろう撤収したプラント船が活動していた領域と推進剤の原料採取を行うであろうガスジャイアントの衛星ベルト内を手厚く、それ以外はそれなりに、だ。

 フリゲート艦ハテルマ艦長オブライアン少佐はプラント船が撤収時に投棄したプラントの残骸やスラグ、衛星ベルトの微小サイズの岩塊に紛れるようにしてプローブを展開していった。展開したプローブは電磁波放射を避けるためと少しでも長く内蔵電源をもたせるためパッシブセンサーのみを使用するように設定してあった。

 到着以来、追い立てられるようにプローブを展開していったフルゲート艦ハテルマはようやく第2惑星を外惑星に対して盾にするような位置で衛星軌道に乗った。

 フリゲート艦ハテルマの艦長オブライアン少佐が潜伏場所として第2惑星を選んだのにはもちろん理由がある。入植が行われていないこの星系では内惑星の岩石惑星にはコロニーもプラントも建設されず放置されていた。コロニーが必要なほど人はいなかったし、惑星表面から衛星軌道まで採掘した資源を運び上げるコストをかけてまでプラントを作る必要もなかったからだ。そのため、もし連合の艦隊が立ち寄ったとしても注意を引きにくいのではないかと考えたのだ。

 連合の艦隊に攻撃されれば軽武装、軽装甲のフリゲート艦などひとたまりもない。今のフリゲート艦ハテルマの役目は戦闘艦と言うよりはむしろ索敵機や偵察機に近い。可能な限り戦闘を避け、発見した敵艦隊の情報を詳細に司令部に伝えることが求められていた。目立たず発見されないことが一番の生存手段だった。

 衛星軌道に乗ったあと、オブライアン少佐は艦内配置を通常の当直態勢に戻していたが、航路警備時とは種類の異なる緊張感が漂っていた。自分たちが警戒しているこの星系に連合の艦隊が現れるかもしれないのだ。無理からぬことだった。敵艦隊を発見するか、撤収命令がくるまで、緊張感の中で展開したセンサーの情報を集約し評価することになる。

 衛星軌道に入って約12時間が過ぎ、折半直に入った。艦内の緊張が幾分かほぐれ、多くの乗員が自分たちが当たりを引くわけでもないと思い始めた頃だった。

「ホテル(H)397哨区で多数の赤外線源を検知」

 戦術システムがアラートを発した。当直士官だった先任士官ナッサウ大尉は直ちにオブライアン少佐を呼び出すとともに艦内哨戒配置を発令した。

 数分後、オブライアン少佐が艦橋に飛び込んできた。

「光学センサーはどうか」

 席に着くのももどかしく戦術システムに問うた。

「艦影400プラスマイナス20。アスモデウス級戦艦、アブラハム・アダン級重巡航艦など確認。連合の艦隊と認む」

「他の哨区はどうか」

「現在までのところ検知なし」

「ホテル397哨区を拡大表示してくれ」

 共用ディスプレイに表示されていたセンサーの表示が拡大された。プラント船が採掘を行っていたエリアへ向かって艦隊が進行していた。

「先任、司令部宛に緊急連絡」

「アイ・アイ・サー」

 問題はいつ、こちらのプローブの存在が察知されるかだ。早々に察知されてしまうと工作艦やタンカーが資源採集をせず、移動してしまうかもしれない。


 連邦標準暦922年10月28日ウッタラカンド星系の連邦軍根拠地で待機していたイノウエ少将率いる国境警備艦隊第1任務部隊は鉱山星系H16945で哨戒中のフリゲート艦ハテルマからの警報と暗号圧縮された索敵データを受信した。

「1605時。敵艦隊発見、概算400」

 これを受けてイノウエ少将は第1任務部隊の出撃を決定した。

「1730時をもって第1任務部隊はウッタラカンドを進発、H16945にて敵艦隊を捕捉、撃破する」

 第1任務部隊の各艦は最終的な出撃の準備を進める。その間にもH16945星系のフリゲート艦ハテルマから続報が入る。

「1657時。敵艦隊はプラント船の採掘あとを利用して工作艦用資材を収集する模様」

「1722時。タンカーはガスジャイアントから気体を採集する模様」

 イノウエ少将は内心、安堵した。これで空振りはなさそうだからだ。もちろん、ハテルマのプローブが捉えた敵艦隊の情報をみれば楽観ばかりもできない。重巡航艦の数は2倍、戦艦では10倍の戦力差がある。

 H16945星系への最後の転移を前にしてイノウエ少将は総員配置についた任務部隊の将兵にメッセージを発した。

「こちらは任務部隊指揮官イノウエだ。敵艦隊は油断はしていないだろうが、この段階で襲撃を受けるとは思っていないだろう。そこを狙う。長居も出し惜しみもしない。全力で敵を叩き、引き揚げる。国境警備艦隊が危険な存在であることを教えてやろう。以上だ」


 フリゲート艦ハテルマからの情報を元に転移座標を設定した第1任務部隊は連合の艦隊から20光秒(約600万キロ)の惑星間に転移した。通常空間復帰と同時に戦術システムがプローブを射出、各艦は一斉に連合の艦隊に向かって5Gで加速を開始した。現状で敵艦隊と軌道交叉するまで約3時間。これくらいの時間ならWAPを着用し耐G姿勢をとれば5Gの加速下でも戦闘は可能だ。

 ハテルマが展開していたプローブがアクティブセンシングを開始。プローブ展開の密度は全然足りないが、第1任務部隊のプローブが観測位置に到達するまではその情報に頼るしかない。第1任務部隊は連合の艦隊の所在を特定。第1任務部隊旗艦ロイターから戦術システムを通じて各艦に攻撃目標が割り振られる。

「第1任務部隊、攻撃を開始せよ」

 小型艦が多い国境警備艦隊は砲火力が劣る。これをカバーするには対艦ミサイルの大量投入しかない。各艦の戦術システムが割り振られた目標に対する対艦ミサイルの射出タイミングを設定。射点に到達した艦が対艦ミサイルの射出を開始する。

 ランチャーのリニアカタパルトで初速を与えられたミサイルは自らのブースターに点火してさらに加速を行う。所定の速度に到達すると自由落下に入る。目標に接近、再加速。連合の迎撃ミサイルを検知。中間距離で迎撃された対艦ミサイルが爆散する。榴散弾による迎撃を突破したミサイルが弾頭を分離。分離弾頭は射出前に設定された目標を探す。発見。弾頭の僅かな推進剤で軌道変更できる範囲内か。肯定。軌道を遷移。突入。それ以外の弾頭はとにかく敵の艦艇に向かい、最接近時に爆発し破片をまき散らしてセンサーや近接防御システムの破壊を狙う。分離弾頭の直撃を受けた小型艦が大破する。

 第1任務部隊の各艦から射出されたプローブが観測位置に到達。弾着観測を開始。各艦が粒子砲による攻撃を開始。弾着観測の結果を受けて粒子砲の射角を修正。斉射を開始する。敵プローブに対しても榴散弾弾頭ミサイルが発射され弾着観測を妨害する。

 幾つもの光の華が咲く。連合の艦隊も応射、プローブの展開を行いながら突入してくる第1任務部隊に対して投影面積が最小になるよう一斉に回頭。アスモデウス級戦艦、アブラハム・アダン級重巡航艦から艦載戦闘艇が発進する。第1任務部隊は回収に手間取ることを危惧して艦載戦闘艇は展開していない。

 加速を続ける第1任務部隊と連合の艦隊との距離が急速に接近する。第1任務部隊も無傷ではすまない。危惧したとおり軽装甲の小型艦を中心に撃破されるものが出る。やがてプローブなしでも弾着観測可能なくらい距離が近づく。フリゲート艦や駆逐艦の対艦ミサイルランチャーが旋回し宇宙空間ではゼロ距離と言って良いほどの距離で対艦ミサイルを射出、ブースターに点火するかしないかのタイミングで弾頭を分離。双方の艦隊は盛大に近接防御システムの火網を展開する。近接防御システムは敵艦の攻撃にも投入される。もちろん近接防御システムの火力ではフリゲート艦の装甲を貫徹するのがやっとだが、その程度の火力でも大型艦のセンサーにダメージを与えることができるかもしれない、敵艦の近接防御システムにダメージを与えることができるかもしれないからだ。

 相対位置が変わっていく。前部の砲塔が役目を終え沈黙する。後部の砲塔が急速に距離が開く敵艦隊に向かって砲撃を続ける。対艦ミサイルランチャーが旋回し後方へ向かって対艦ミサイルとプローブが射出される。だが、それも次第に終息していった。

 それから30分後、第1任務部隊はH16945星系から転移した。


 H16945星系から離脱した国境警備艦隊第1任務部隊は集結地点として指定していたウッタラカンド星系にて損傷艦の応急修理を行い艦隊を再編。クルマルク星系に帰還した。

 事前の想定の通りとはいえ、小型艦を中心に喪失艦を出し、損傷した艦も多く、国境警備艦隊の被った損害は決して楽観できるものではなかった。

 だが、第1任務部隊の戦術システムが記録していたセンサーの情報を元に戦果確認を行った国境警備艦隊司令部は戦術的奇襲だったこともあり、連合の艦隊に大きなダメージを与えることができ、今後の連合の侵攻に掣肘をくわえることができたものと判定した。

 連邦、連合、双方の公刊戦史でH16945星系戦と名付けられたこの戦闘以降、連合の艦隊の行動はより慎重なものとなった。そういう意味からもこの戦闘は第11艦隊の来援を待つ国境警備艦隊にとっては貴重な時を稼いだ重要な勝利となった。

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