第1章 キロヴォグラート号事件 2

「艦長、カーゴ09は健在。ブリガンド05より威嚇射撃を受けつつも全力退避中とのこと」

「よろしい、カーゴ09は健在か。位置はどうか」

「カーゴ09から連携された位置は戦術システムの予測の範囲内で、SSIS(Space Ship Indication System:宇宙船舶位置情報システム)の位置情報との差異は誤差の範囲です。最新の位置情報は戦術システムに反映しました」

「よろしい、総員配置につけ」

 艦内システムが警報を鳴らし、アナウンスを流す。

「総員配置につけ。これは訓練ではない。繰り返す、総員配置につけ。これは訓練ではない」

 就寝中だったものも、大急ぎで身支度を整えて戦闘部署へ急ぐ。艦橋にも火器管制、通信、操艦担当士官が飛び込み各自の席に着く。艦橋の全員が素早くアンダーウェアのモックネックからスカルキャップを引き出して被り、手首の部分に収容されている手袋をはめ、立ち上がる。艦艇搭乗員用WAP(Ware in Action Protector:戦闘時着用防護服)の上半身が天井から、下半身が床からせり出し艦隊勤務服の上から身体を覆う。艦隊勤務服越しにアンダーウェアとWAPがコンタクトし、ステータスを確認する。シートがWAPを固定し耐G姿勢をとる。WAPを着用していれば高G下でもコンソール操作は可能だ。WAPの起動、艦橋閉鎖が完了すると艦橋の空気が吸い出されて真空状態になる。

「艦橋、配置につきました」

 先任士官のアマン大尉が規定に従い口頭でも報告する。

 共用ディスプレイに表示されている艦内各部署の配置状況、WAPの作動状況が完了の表示に変わった。

「総員配置完了しました」

 再び先任士官のアマン大尉が規定に従い口頭でも報告する。

「よろしい。コム一斉」

 WAPが艦内システム経由でコムを一斉に切り替える。

「艦長だ。本艦は連合船籍の貨物船キロヴォグラート号からの救難信号を受信、救援に向かっている。キロヴォグラート号は所属不明の武装船に襲われている。いつもの通り、落ち着いて対応すれば問題ない。以上だ」

 WAPが艦内システム経由で艦橋のコムを総員配置のディフォルトである艦橋内通話モードに戻す。

「センサー。第3転移終了次第、プローブを展開しアクティブセンシング。可及的速やかにブリガンド05を捕捉せよ」

「アイ・アイ・サー」

 4基の対艦ミサイルランチャー各4射線すべてにプローブクラスターを装填。第3斉射まではすべてプローブクラスターだ。未だ超光速探知システムをもっていない人類にとってセンサーと超光速通信システムを搭載したプローブはなくてはならないものだった。

「火器管制。捕捉できしだいブリガンド05に対し、対艦ミサイル4本を射出。主砲による制圧射撃を開始」

「アイ・アイ・サー。捕捉でき次第、対艦ミサイル射出および、主砲での制圧射撃を行います」

 4基ある対艦ミサイルランチャー、主砲塔のセルフテストは実施済みで問題なし。目標の捕捉優先なので対艦ミサイルの装填はプローブ3斉射のあとになるが、問題はない。主砲は37センチ口径粒子砲と小口径だが、その分、速射性は高い。犯罪組織の武装船相手なら十分な威力がある。

「操艦。転移完了後、カーゴ09の概略位置が掴め次第、戦闘機動を開始。ブリガンド05への射線を確保」

「アイ・アイ・サー。戦闘機動を行いブリガンド05への射線を確保します」

「通信。転移完了後、直ちに平文でブリガンド05に降伏勧告。併せて共同警備本部に対応を開始した旨を報告」

「アイ・アイ・サー。転移後、ブリガンド05への降伏勧告および共同警備本部への報告を行います」

「艦長、別命なければあと5分で第3転移です」

「よろしい」

 5分後、フリゲート艦マルタは転移に入った。



「こちらは連邦宇宙軍フリゲート艦マルタである。中立宙域共同警備条約に基づき、所属不明の武装船に警告する。直ちに、民間船舶に対する敵対行動を止め、投降せよ」

 マルタは第3転移を終え通常空間に復帰した。キロヴォグラート号が発信しているSSISの位置情報も使って転移したため復帰した位置は宇宙では至近距離と言っていい約15光秒ほどだった。通常空間に復帰したマルタから直ちに平文で武装船に対して通常通信と短距離超空間通信で警告が行われた。同時に共同警備本部に対し、現場到着と対応開始が報告された。

 ベリサリオ少佐が事前に命令しておいたとおりプローブクラスターが次々に射出された。プローブクラスターは所定のポジションに到達すると搭載した子プローブを射出展開していった。

 戦術システムのディスプレイ上に武装船とキロヴォグラート号の位置情報が重なったバブルで表示される。

 まずい状況だった。キロヴォグラート号は武装船の脅しに屈したか、あるいは武装船の攻撃で推進器が損傷したか。今はまだ精度が低く確定ではないが両船の軌道要素は殆ど一致しているのではないか。

 展開中のプローブが行っているアクティブセンシングの結果が入ってくるにつれバブルは小さくなり、軌道要素なども明確になってくる。プローブの光学センサーとマルタ自身の光学センサーの情報を戦術システムが合成した画像が共用ディスプレイに表示される。やはり武装船はすでにキロヴォグラート号にとりついているようだった。

 プローブに続いて射出された4発の対艦ミサイルが武装船に接近するまでの時間を使ってマルタは射界を確保できる位置に機動を行う。

 戦術システムのディスプレイ上でカーゴ09と表示されているキロヴォグラート号とブリガンド05と表示された武装船は互いに離れるように軌道を遷移している。マルタを探知し、ブリガンド05が逃走を図っているのだろう。

「こちらは連邦宇宙軍フリゲート艦マルタである。中立宙域共同警備条約に基づき、所属不明の武装船に警告する。これが最後の警告である。直ちに機関を停止し、投降せよ。従わない場合は実力をもって対応する」

 戦術システムがブリガンド05に近づく対艦ミサイルの表示に弾頭分離までのカウントダウンをオーバーレイした。

「新たな目標を探知。4時の方向ダウンワード30。距離25(光秒)」

 アラート音が鳴り、戦術システムが音声で通知するとともにセンサーディスプレイに輝点が出る。艦橋に緊張が走る。航路上なので別の民間船の可能性も充分あるが油断すべきではない。

「識別信号確認。4時方向の目標は共同警備本部所属、連合宇宙軍軽巡航艦ペドロ・ベレス。プローブを展開しつつ本艦に接近中」

「よろしい」

 共同警備本部が言っていた連合の軽巡航艦か。共同警備本部のプロトコルに従っているこちらのプローブの情報は向こうでも取れるはずだが。独自のプローブを展開したい気持ちもわかる。

「火器管制。撃ち方はじめ」

「アイ・アイ・サー、撃ち方はじめ」

 古くは砲雷長と呼ばれた火器管制担当士官が戦術システムにブリガンド05に対する制圧射撃を指示する。プローブが行っているアクティブセンシングの結果をベースにブリガンド05の動きを予測し対艦ミサイルの分離弾頭弾着のタイミングと僅かに弾着タイミングがずれるように矢継ぎ早に粒子砲の斉射が5度行われた。

 戦術システムが警告を発したのはその時だった。

「目標ロスト。対艦ミサイル起爆中止」

 戦術システムのディスプレイ上に表示されていたブリガンド05とカーゴ09の表示が消え、そして入れ替わった。SSISの偽装だ。犯罪組織が使うには高度すぎる軍用レベルのECM(Electric Countermeasure:電子対抗手段)だ。

 対艦ミサイルの分離弾頭はカーゴ09への直撃を回避するべく搭載する推進剤の許す限りの機動を行ったが、数発の弾頭が船殻を突き破り、斉射された粒子砲が機関部と船橋を直撃した。

「ペドロ・ベレスの発砲を確認。目標は本艦と思われる」

「緊急加速! 回避機動」

「アイ・アイ・サー」

 フリゲート艦マルタは直ちに5Gで緊急回避機動を開始。黙って連合の軽巡航艦ペドロ・ベレスの攻撃の標的になる必要はない。

「通信、ペドロ・ベレスを呼び出せ」

「アイ・アイ・サー」

 今のところ回避機動が効いているのか、弾着観測の精度がまだ甘いのか、マルタは直撃を受けていない。だが軽巡航艦に本気で殴りかかられたらフリゲート艦に勝ち目はない。

 共用ディスプレイに新たなウィンドウが開く。

「連合宇宙軍軽巡航艦ペドロ・ベレス艦長オカザキ中佐だ。我が国の民間船舶に対する海賊行為と認め、共同警備条約に基づく警察行動を行う」

 ベリサリオ少佐は慌てる。やられた。これは仕組まれた謀略だ。キロヴォグラート号も武装船も連合の仕込みだ。犯罪組織の武装船相手と考えて高度なEP(Electric Protection:電子防護)を行っていなかったのは落ち度と言えるかもしれないが、このままでは撃破されて死人に口なしと一方的に叩かれることになる。

「連邦宇宙軍フリゲート艦マルタ艦長ベリサリオ少佐です。待ってください。これは共同警備本部の審判に付託されるべき事案です」

 オカザキ少佐からの回答はない。

 先任士官のアマン大尉が戦闘記録をコピーしている通信ポッドを艦尾から射出した。運が良ければ連邦の国境警備艦隊司令部に情報が届くだろう。

 その数分後、連邦宇宙軍フリゲート艦マルタは連合宇宙軍軽巡航艦ペドロ・ベレスの粒子砲と対艦ミサイルの分離弾頭多数の直撃を受け、完全に撃破された。

 生存者はいなかった。

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