第1章 キロヴォグラート号事件 1
コム(艦内通話システム)の呼び出し音が鳴り、キャビンの寝台で眠っていたベリサリオ少佐はとび起きた。
「当直のベントン中尉です、艦長、お休みのところすみません」
「かまわん、なんだ?」
すでに頭ははっきりしている。
「救難信号を受信しました。発信者は連合、コンタム星系船籍の貨物船キロヴォグラート号」
ベントン中尉の報告を聞きながら寝台から降り、時計を見る。連邦歴842年10月22日日曜の標準時0225時(午前2時25分)。夜半直だ。
「中立宙域内第3共用航路上バンベルグから19光年付近で所属不明の武装船に追跡を受けているとのことです」
ベリサリオ少佐が指揮する連邦宇宙軍国境警備艦隊所属のオアフ級フリゲート艦マルタの現在位置からは3転移の位置だった。詳細な状況は不明だが、急げば間に合うだろう。追われているキロヴォグラート号は出し惜しみなしで全力加速(といっても1G加速できれば御の字)を行って退避中だろうし、犯罪組織の武装船の目的はキロヴォグラート号の撃破ではなく積載している貨物の強奪だからだ。
よくある手口なら「撃破されたくなければ」と脅して貨物船の反応炉と推進器を停止させた上で軌道要素を合わせ、コンテナを切り離させるか船倉を開放させるかだろう。
「判った、本艦はこれより救援に向かう。直ちに転移の準備。キロヴォグラート号宛てに救援に向かう旨、返信。それと共同警備本部に状況の連絡を頼む」
「転移準備、キロヴォグラート号へ返信、共同警備本部へ連絡を行います」
「よろしい。準備でき次第、第1転移」
「アイ・アイ・サー(※1)。準備でき次第、転移に入ります」
「よろしい。ベリサリオ、以上」
いくら航法情報が整備され、対応する汎用転移プロシージャもストアしている航路帯とはいえ、パラメータの設定やチェックなど転移の準備にはそれなりに時間がかかる。シャワーまでは無理だが、せめて簡単に身だしなみを整える位はするべきだろう。寝台を壁面に収納し代わりに洗面台を引き出す。洗面を終え鏡(正確には鏡面仕上げされた壁)を見る。やや垂れ目のブラウンの目とあぐらをかいたような鼻筋。意思の強そうな口元。規定に従ってショートカットにしているため収まりの悪い赤毛がはねている。見慣れたいつもの彼女の顔だった。
最低限のスキンケアだけを行い、整髪フォームを付けた手で赤毛を撫でつける。艦隊勤務服を身につけ、再度鏡を見ると立派な連邦宇宙軍少佐のできあがりだった。
ベリサリオ少佐は食堂に寄って自動調理機から軽食パックと彼女用のドリンクパックを取ると艦橋に急いだ。
艦橋、と言っても水上艦艇の艦橋とは異なり航宙艦の艦橋は艦体から突き出していたりはしない。主要防御区画内に存在している。連邦建国当時の艦艇にはCIC(Combat Information Center:戦闘指揮所)が別にあったが、現在は艦橋に統合されている。それでも艦橋はこぢんまりしたものだ。オアフ級フリゲートでは全部あわせても10席しかない。総員配置以外では当直士官兼火器管制、操艦、通信兼センサーの各担当が1名ずつの3名が当直だ。
当直士官のベントン中尉は艦橋に現れたベリサリオ少佐の姿を見ると当直士官の定位置である艦長席から立ち上がり先任士官席に移った。
彼女はうなずいて謝意を表すと艦長席に身を沈めた。コンソールの生体認証システムが彼女を認めログインを完了。シートも彼女の体型に合わせて形を変えた。現在時刻0235時(午前2時35分)。
「第1転移開始まであと10分です。ETA(現場到着予定時刻)は0320時(午前3時20分)です。キロヴォグラート号へは返信済み。全力加速で航路上を退避中とのことです」
共用ディスプレイにキロヴォグラート号の公開データが表示されている。サイズだけなら重巡航艦よりも巨大なRORO(Roll-On/Roll-Off)船だった。RORO船はコロニーに入港して直接トレーラーや輸送車を乗降させることが可能だ。そういった方法で運ばれる貨物はコンテナで運ばれる貨物よりも高価な場合が多い。RORO船もコンテナ船も、軍用艦艇とは異なり入港時に目視でも荷役監視が可能なように船体の幅より大きい船橋が船首、船尾上舷に設けられている。
「よろしい」
「共同警備本部へは状況を連絡済み。連合の軽巡航艦が近くにいるので派遣すると返信ありました」
「了解した」
連合の艦との共同対応か、面倒だなという内心はおくびにも出さず彼女は続けた。
「これより艦長が操艦する」
「アイ・アイ・サー。…総員配置を発令しますか?」
ベントン中尉の問いに彼女は即答する。
「しない。まだ哨戒配置のままで良い。総員配置はするとしても第3転移に入る前だ」
不必要に緊張を強いる必要はない。
「戦術システム。これより、キロヴォグラート号をカーゴ09、同船を襲撃している武装船をブリガンド(盗賊)05と呼称する」
「戦術システム、了解」
「通信」
ベリサリオ少佐は当直通信担当士官に声をかけた。
「規定通り第1転移、第2転移終了後にカーゴ09にコンタクト。状況と位置情報を最新化のこと」
「アイ・アイ・サー。第1転移、第2転移終了後にコンタクト、状況および位置情報を最新化します」
「よろしい。火器管制、大丈夫だとは思うが念のため砲雷システム、近接防御システムを再チェックしておいてくれ」
「アイ・アイ・サー。ビルトインセルフテスト実施します」
「よろしい。操艦」
「反応炉と推進器は問題ありません。推進剤も戦闘機動を行っても充分な残量があります」
「よろしい。艦長よりダメコン」
艦内システムがコムをダメージコントロールルームにつなぐ。ダメージコントロールルームの当直には艦長からだと表示される。
「ダメコン、ハヤシダ中尉です」
「中尉、本艦は武装船に追跡されている貨物船の救援に向かっている。戦闘の可能性もある。準備しておいてくれ」
「アイ・アイ・サー」
「以上だ」
艦橋に先任士官のアマン大尉が現れた。ベントン中尉が慌てて先任士官席から立ち上がり総員配置時の自分の配置であるセンサー担当席に移動した。
「先任士官、配置につきます」
彼の当直は0400時(午前4時)からの朝直だからまだ休んでいてもいい時間帯だが、おそらく艦内システムの彼のエージェントが情報をキャッチして彼を起こしたのだろう。状況を聞けば先任士官としては配置につこうとするだろう。
「よろしい」
これで現段階でできる準備は指示できたはずだ。あとはカーゴ09であるキロヴォグラート号がマルタの現場到着まで持ちこたえてくれるかどうかだ。
フリゲート艦マルタは第1転移に入り、さらにその15分後第2転移を終えた。
(※1)連邦では建国された当初から男女関係なく業務上の呼びかけとしては「サー」が使われている。同様にミジップマン(士官候補生)など「マン」も男女の別なく使用される。連邦から分離した連合でもこのあたりは同様。
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