連邦宇宙軍 汎人類戦争開戦

小田 慎也

序章

 資源の枯渇、異常気象、人口爆発。人類は地球だけでは必要な食料、資源を賄えなくなってきていた。これに対応するため先進国を中心とする諸国は資源と居場所を求めて本格的に宇宙に手を伸ばした。月面での鉱物資源採掘、ラグランジュポイントに設けられたコロニー群での農業生産にはじまり、月と火星の地下都市、小惑星帯と木星系の資源プラント群などへ生存圏を広げていった。

 そんな中、人類の生存圏内をより効率良く移動するための推進技術を研究していた宇宙開発機構ドレクスラー推進技術研究所である画期的な証明がなされた。

 それはデスモンド・ミラー博士のチームによってなされたもので、特定の条件下で3次元空間にある特定のパターンで高エネルギーを集中することによって自位置と目標位置との2点間の距離を限りなく0に近いものにする事ができ、宇宙船はその2点間を瞬時に移動できるというものだった。

 この理論上の航法は「転移航法」と名付けられた。この理論的に可能であることが証明された転移航法は人々に恒星間航行への希望をかき立てた。だが、理論的に可能であることと、物理的に可能であることと、さらに安全に運用できることとの間には大きなギャップがあった。

 ミラー博士の証明から53年後、関係者以外はミラー博士の功績を忘れ果てていた。だが、宇宙開発機構から発展した太陽系連合に属する彼のチームの後継者達が宇宙軍(と言ってもこの頃の宇宙軍の主な任務は捜索救難活動だが)の土星系ミマス工廠が試作した無人機による転移航法の実験を行った。無数の観測機器が見守る中、無人機は一瞬にして38万キロの空間を移動。人類初の転移航法の成功だった。この成功によって人類に他星系への扉が開かれたと考えられた。

 しかし、この実験の成功から実用化までにはさらに32年を要した。実用化された後も初期には悲惨な失敗や事故も発生したがその犠牲に見合う運用実績を積むことで安全性も向上していった。

 それまで通常空間を光速の1パーセントにも届かないレベルの速度で進むしかなかった人類にとって転移航法はリスクを冒してでも汎用技術として一般化しなければならない技術だった。


 もちろん、転移航法は決して魔法の扉などではなかった。

 一度の転移で最大5光年しか移動できない。

 月クラス以上の大質量天体の重力の影響が大きい空間では開始も終了もできない。

 転移の実行前にどれほどの速度で移動していても転移終了時には静止状態となる。

 転移のための高エネルギーのパターン計算はパラメータが多く時間がかかる。

 など、多くの制限はどうしても残り、現在に至るも状況はあまり変わっていない。

 

 それでも、人類は手に入れた転移航法を使って、オリオン腕に沿って銀河中心方向に探査を開始した。探査、試験的な植民、開発の時代から本格的な植民、開発の時代となり、植民星系が自立しはじめ、太陽系連合は点在する星系国家の連合体として星系国家連邦へと姿を変えていった。


 植民星系が星系国家として連邦に加入する時代となってすでに400年以上を経た連邦標準歴400年代後半。太陽系をはじめとする連邦中央と呼ばれる太陽系近傍の星系群と最辺境の植民星系は500光年近い隔たりが生まれ、これに伴う精神的な隔たりも大きくなっていた。端的に言えば、連邦中央では安寧を求め、人類の領域拡大への内的欲求はかげりを見せ始めていた。しかし、開発の最前線である辺境ではまだまだ人々のいわゆる、『フロンティア・スピリット』は失われておらず、困難な環境に立ち向かい、人類の生存圏を拡げるための闘いを続けていた。

 だが、連邦標準歴492年、連邦を形成する星系国家『シーアン』と同『ノブゴロド』との間で発生した植民星系の領有権争いに端を発した紛争は、連邦政府の仲介でも解決の糸口がつかめないまま、両星系近隣諸国の介入によって拡大。遂には連邦全域を巻き込む内戦となった。この内戦によって戦略的価値の乏しい開発途上の辺境に対する関心は急速に薄れ、また、精神的にも、経済的にも連邦のバイタリティは低下し、辺境は顧みられる事なく打ち捨てられた。

 内戦によって連邦中央と辺境を結ぶ航路を始め、連邦内の通商航路はズタズタになった。敵に利用される恐れがあるとなれば、航路標識や位置を特定するための標位ステーションは破壊され、補給、整備、仲介貿易を行う中継ステーションも破壊されたり機能を停止させた上で放棄されたものも多く、救難体制や航路支援体制も崩壊した。

 連邦内では戦時輸送が最優先となり、どこの星系国家も連邦政府も辺境の発展途上の星系国家や植民星系を支援する余裕を喪った。

 そもそも「植民星系」というもの自体が母体となる星系国家や開発会社からの支援なしには成立し得ないものだ。独立した星系国家にしてもコスト面や特許の問題などですべてを独自生産することはできない。たとえリバースエンジニアリングができたとしても必要な基盤技術がなければ生産はできない。宗主国や連邦中央との通商なしでは経済的に、技術的にたち行かないのだ。

 辺境では通商や情報の途絶という形で連邦中央から忘れられた年月の間に全滅したり放棄されたり、文明が後退した開拓星系も珍しくなかった。


 連邦史上最大、最悪のこの内戦は約50年間続き、終結したときには連邦は経済的にも政治的にも崩壊寸前であった。連邦がこの危機を乗り越え、復興への道を辿り始めたときも、既存の星系国家の復興に主眼が置かれた。辺境に再び連邦の調査団が到達したのは内戦終結後さらに200年近くを経た連邦標準歴722年のことだった。

そこで連邦の調査団が見たものは星系連合という名の星間国家だった。

 星系連合は内戦で通商も情報も途絶し生存の危機に陥った辺境星域の星系国家、開拓星系によって生き残るための互助組織として自然発生的に形成した組織だった。中心となったのは内戦勃発前から一応は星系国家として自立していた『ギルフケビル』星系、『ヤマル』星系などのいくつかの星系だ。星系連合はその存立目的「生き延びる」を実現するための組織として強固な結束を持つ独自の経済圏、政治的連合体となっていた。


 関係が途絶していたおよそ250年の間に多少の文化的な乖離や言語の変化などはあったが、互いに理解できる範囲だった事もあり、不幸な誤解や行き違いを生むこともなく、再接触は平和裏にそして、友好的に行われた。だが、同時に彼等、連邦政府の派遣した調査団は自分達、或いは連邦政府がかつての辺境に対して、もはや何らの発言権を持たぬことに気付かされたのだった。再接触から数年の交渉を経て、連邦はかつて自分達の「辺境」でしかなかったところと対等の外交関係を結ばざるを得なかった。

 それでも再接触から50年ほどの間は両者の関係は比較的和やかなものであった。しかし、成熟した福祉国家になっていた連邦と夜警国家としての連合。双方の国家観の違い、存立目的の違いから次第に、両者の関係は険悪なものになっていった。外交交渉は実りはもたらさず、両者の政治的な交流は先細りになっていった。猜疑心が信頼に取って代われば、猜疑が猜疑を呼ぶ。最初は少しずつ、次第にあからさまに連邦と連合は「冷戦」といって良い状態になっていった。そして建設的に使われれば、更なる発展と新たな局面を人類にもたらしたであろう経済資源、人的資源を軍備につぎ込んでいった。


 連邦と連合の関係が冷戦と言って良いものになるにつれ、偶発的な衝突による破局の懸念が生まれた。これに関しては意見が一致した連邦と連合は偶発的な衝突を避けるため連邦標準歴781年、いわゆる中立宙域条約を締結した。意見が一致したとは言え、ここでも信頼よりも猜疑が優先され、交渉開始から条約締結まで10年以上を費やしている

 この条約では以下の項目について定められた。ひとつ、連邦と連合の間のさしわたし78光年の空間を「中立宙域」とすること。ひとつ、中立宙域として設定された宙域では星系の開発(植民やプラントの設置)を行わず、着手済みの開発も放棄すること(猶予期間あり)。ひとつ、両国の間を結ぶ航路として4本の共用航路を設定すること。ひとつ、航路の警備は両国が自国の警察権の行使として行うこと。

 この中立宙域条約によって中立宙域内での星系の開発は放棄され、無人地帯となったのだが、そこへ犯罪組織が入り込んでいった。警察権の間隙となった中立宙域は犯罪組織の根城にはうってつけだったからだ。まともな神経をしていれば戦争リスクもあり、航路帯から外れた孤立した星系には手を出さないが犯罪組織にそれを言ってもはじまらないだろう。犯罪組織にとっては何より大きい無法地帯というメリットがある。いわゆる海賊行為などの犯罪行為で入手した金品や情報、根城として占拠した星系で生産した禁制品をフロント企業を通じて売りさばき、犯罪組織は勢力を伸ばしていった。

 事態を放置できなくなった連邦と連合の当局者は以前から現場レベルでは行われていた情報共有や共同対処をベースに、新たな共同対処の仕組みの必要性を訴えた。現場ではある程度の信頼の醸成は行われていたが交渉の場では信頼はなりを潜め、現場の訴えをよそに、ここでも10年以上の交渉を経て連邦標準歴795年、中立宙域の犯罪組織に対抗するための中立宙域共同警備条約を締結した。この条約により、中立宙域第1共用航路上のイエンチー星系に中立宙域共同警備本部が置かれ、両国が拠出した戦力を一元運用し犯罪組織の摘発、通商保護を行うこととなった。


 以来、10年ごとの中立宙域条約、中立宙域共同警備条約の改訂、更新を経て連邦標準歴842年現在もこの体制が続いている。

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