第3話
【特記体】は速度と精密性で【戦略火】に優っている。それでもアリアは追い込まれていた。
反撃は火力が足りず、機動性は手数で抑え込まれ、撃ち合いは話にならない。
そも、近づくことすら満足に許されなかった。砲翼から放たれる常識外の弾幕とその威力は、もはや機甲鎧の戦い方を根底から覆すものだ。
嵐の如き光線の乱舞。アリアは防戦に徹するしかない。
同じ土台に立たせてもらえないというのは、空戦において致命的欠陥。
「ジリ貧になる……っ!」
取得情報を即座に処理し、人間の認識限界を超えた動きを実現する。これだけが今のアリアを生かしていた。
先の読みでアリアが勝っていた。だが読んだところで反撃できなければ意味がない。
【特記体】は機甲鎧を一機ずつ確実に仕留めるのがコンセプト。圧倒的速度と、如何なる優れた人間をも凌駕する演算・認識能力、相手が人間ならばほぼ確実に殺害できるスペック。故に機甲鎧との戦闘に限り、一対一で負けることはない。
しかしそれは裏返せば、継戦能力に妥協せざるを得なかった証。アリアの苦痛と身体認識の喪失、加えて
対して【戦略火】はおそらく継戦能力と火力に全スペックを振り分けた機体。機械じみた正確な演算パターンと、要塞すら灰にする大火力を雨霰と乱射する燃費の良さ。攻撃から守るではなく、攻撃される暇もなく鏖殺し尽くす遠距離砲撃型。明らかに機甲鎧を想定して設計されたものではなく、国家を敵にすることを目的に製造された兵器。対国家などというふざけた殲滅機構だ。
「くそっ!!」
左右からの包囲砲撃。機体を傾けながら四枚のウィングを広げ、予測不可能の変則軌道で対応する。
絶大な負荷を、アリアは強化人間としての肉体で強引に耐え切った。
【特記体】を斜め上から狙った砲撃も、急上昇で射線を外す。
そのままとある方向へ行こうとすると、読みで勝るはずのアリアの軌道上を光線が埋め尽くした。
そんなことを、何度も繰り返す。
「行かせろよっ!」
アリアは追い詰められている。
だがそれ以上に、焦っていた。
焦燥に身を焦がされているからこそ、〈
如何にバカ火力とはいえただ多方向から真っ直ぐ飛んでくる光線、アリアと【特記体】ならば駆動率を下げても対応できる。
逃げるだけならばさらに簡単だ。背後からの砲撃に気をつけつつ全速力で離れれば良い。
ああだが、だが!
『ダム側面!!』
『【
『今更ッ!! 放射砲撃警戒よ!!』
アリアが対応しているのは2機。では残りの1機は何処にいるのか。
決まっている。部下の機乗する【
「クソッ!! そっちじゃないだろ! お前らが危険視してるのは私だろ!?」
最新鋭程度の【
部下が撃ち落とされるのも、時間の問題だ。
「やめろ邪魔をするなっ! このっ……!!」
アリアが部下を助けに向かおうとすれば、【戦略火】2機からの砲撃で阻まれる。
先に片付けようにも、【特記体】には有効打がなく、近づく事も許されない。
時間と共に、ガラート達へと死神の手が伸びていく。
「ふざけるな! お前らにとってはあいつらなんか! どうでもいいはずだろうがッ!!」
〈
焼けつく神経。凍える内臓。すでに骨にすら削られるような痛みがある。
だがそんなものはどうでもいいッ!!
熱いからなんだ? 痛いからなんだ? 寒いから苦しいから吐き気があるからなんだっていうんだっ!?
「やめろ! やめてくれ! 私だよ!? 私を狙えよ!?」
ガラート、ティマ、ダム。
大戦最後の死地へと赴いた、アリアの大切な仲間。
強化人間へを改造され、戦う為の兵器たれと望まれた。強くあれと言われ、最強を証明し続けた。
だがアリアは一歩も進んではいない。両親と生きる意味を亡くし流されるままに軍の書類へとサインした、⬛︎⬛︎・⬛︎⬛︎⬛︎だった頃から一歩だって進んではいないのだ。
「化け物である私にっ、そのままで良いと言ってくれた!」
初めて仲間に連れられてジョッキを合わせた。
くだらない意地を張って何度も奢ってやった。
ガラートのおちょくりに、自分が普通の人間のように感じた。
ティマの婚活失敗談に、私も負けてられないと憧れた。
ダムとの読書の時間に、見失っていた平和を思い出した。
任務に赴く前、アリアになって初めて自分から写真を撮ろうと言った。
「だからやめろよっ! そいつらは死んでいい人間じゃないんだッ!!」
わかっている。アリアはこれまで数えきれない人間を殺し続けた。
屍と鉄屑の上に、アリアは立っている。
なのに仲間は殺さないでくれなんて、都合の良すぎる話だ。神がいるなら、傲慢だと切り捨てられてもおかしくない。
それでもッ!!
アリアもガラート達も戦争という地獄に蠢く亡者に過ぎなくともッ!
三人が笑い合うという心に刻まれた平和への渇望を、簡単に否定されてたまるかッ!!
「だからそこを退けッ! 【戦略火】ぃぃいいッ!!」
左目の視界が赤くなる——どうでもいい、機体センサーがある。
心臓が異様に強く跳ねる——どうでもいい、後少し保てば十分。
錆びた杭を出し入れするような痛み——どうでもいい、無視だ。
だから届け、届けよ。
【
「——私をあいつらのところに連れてってくれよッ!!!!」
足掻く、足掻く、足掻く!
思考も経験も苦痛もアイディアも、残った全てに火を付ける。
しかしそれでも、届かない。
「クソッ!!」
そしてとうとう、運命が追いつく。
『こんのバカ火力! ぶち落としてやるわッ!!』
『やめろティマ!』
ガラートの静止を聞かず、ティマが我慢の限界と戦闘軌道を取ってしまう。
一旦急降下してからの、抉り込むように斜め下から奇襲する。アリアが教えた技の一つだ。
如何に規格外の機体とはいえ、人間が乗っているはず。ガラート達とティマに意識を割かれれば、対応にアラができるはずだ。
正しい判断だ……【戦略火】に乗っているのが“人間”だったならば。
気を引く為に、仕方なく四門での砲撃を行うガラート。
だが、【戦略火】はガラートからの砲撃を全て無視した。
『なッ!?』
数多の砲門を束ねた砲翼が、全てティマに集中する。
込められたエネルギーが解放される直前——ダムの【
『『ダムっ!?』』
光の奔流が【
「ダムッ!!」
叫ぶ。
アリアの思考には隙間が出来、思い出がよみがえり、心臓が一際大きく跳ねた。
それでも光線の嵐をくぐり抜ける。自分が死ぬことは、全員の死だと理解しているから。
(生きているか!? くそっまだわからない! だが、ああだが、私の仲間を傷つけたなッ!!)
悲しみは興奮へ。興奮は不安へ。不安は怒りへ。怒りは憎悪へ。
12歳の時から変わらないアリアの顔に、呪詛渦巻く壮絶な表情が刻まれた。
それは敵だけに向けられたものではない。この期に及んで自分の我儘を通そうとしていた、アリア自身にも極大の呪詛を放っている。
平和の中の三人を見たいなど、化け物には過ぎた願いだというのに。
(死んでやるさ……お前ら全部道連れにして……)
昏く熱い憎悪のままに、アリアは言葉を紡ぐ。
「
《
さっさとしろ。アリアは呟く。
《最大負荷を予想。承認の場合は実行指示を》
最大負荷? 飲み込んでやるさ。アリアは血に染まった視界で敵を睨む。
「————」
アリアは、最後の命令を躊躇いなく吐き出した。
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