第2話

 さらなる敵機を撃墜しようとしたアリア達は、敵の不可解な行動に動きを鈍らせた。


『なんだ? 攻撃してこないぞ』

『戦場で背中を見せるなんて馬鹿ね。きっちり沈めてあげるわ!』

『待ってティマ。いつの間にか敵が一塊になってる』


 無防備にも全速力で上空に向かい、密集陣形を作る敵部隊。追いつけないわけではないが、罠の可能性もあり迂闊に手を出せない。

 だがおかしい。機体同士が密着するほどに近づいている。あれでは散開するのにも苦労するだろうに。

 一時的膠着に、疑念は尽きない。


『とりあえず追うかぁ?』

「待て、上空にチャフが撒かれている。見失わないようにしながら行動を待て」


 冷静に状況を測りながらも、アリアは強い違和感を感じていた。

 敵は逃げていた、そうとしか考えられない。だがそれはアリア達からではない。

 アリア達から逃げるだけならばバラバラになれば良い。戦略兵器を守る以上しないだろうが、少なくともアリア達を惑わせることはできる。

 いや待て、そもそもから成り立っていない。

 戦争規律から兵器情報は僅かながら開示される。それによれば、未確認戦略兵器は全長20Mメーダはあったはず。そんなものは一切見ていない。それどころか、コードのない推定輸送機3機も見えない。

 コードのない飛行機はコードのある兵器が一機以上つく。そう戦争規律で決まっている。如何に追い詰められたといえ、それを破るはずはないだろう。

 それに最初から簡単すぎた。あっさり蹂躙できたのが奇妙。

 疲弊しても大国なのだ。54年戦争を続けたアランキッカが、こうも失敗する作戦を立てるものか。

 嫌な予感がする。最大のピースを見逃している。

 敵が逃げたのは何故だ——必要だったから。

 何故必要だった——勝つために。

 どうやって勝つアリア達に——より強大な力を以て。


「誘導されたか……ッ!」


 遠い地上を見下ろせば、強化人間の視力でやっと見える、三つの点が浮かんでいた。

 

「全員散開しろッ!!」


 一流のパイロットが集う独唱部隊だからこそ、瞬時に行動することができた。

 自分達が元いた場所に通り過ぎる極大の光線に、それぞれが冷や汗を流す。


『なんだあの威力は!?』

『知らないわよ新手でしょ!?』


 コード確認距離ギリギリからの光線でこの威力。当たれば耐久性に優れる第7世代といえど、パイロットの無事は保証されない。

 アリア達に知覚されたことを悟ったのだろう。三つの点が凄まじい速度で近づいてくる。


『コード確認! これは……世代識別なし!?』


 世代識別なし。それはつまり、これまでの技術系体を大きく超えた規格外イレギュラーということ。

 そしてこの威力と速度。間違いなく戦場の絶対殺戮者ハイエンド・オブ・ウォー

 そう、アリアの【r9-vxリナーべスス特記魔導機体】と同じだ。


「【al9-rアラムクル戦略機鎧】……【戦略火】、か」


 確認されたコード名を、アリアは呟いた。

 戦略兵器。その言葉に嘘はなかった。

 あの射程と威力があれば、疲弊した国に大打撃を与えることは難しくない。

 

(因果なものだ)


 大地を血に染めた大戦の最後が、同じ戦場の絶対殺戮者ハイエンド・オブ・ウォーで決まる。どちらが優っているかはわからないが、数でいえばアリアが不利。

 ここからは人外の戦い。人間であるガラート達は、戦いについていくことはできないだろう。

 その上で、アリアは三人を生き残らせなければならない。

 神とやらは随分と残酷だ。


「聞け。お前達は生き残ることだけを考えろ。上に行った奴らを追う事も、【戦略火】を墜とそうとすることも許さない」

 

 【戦略火】の形が確認できるほどに近づく。


「ここからは人間の戦いじゃない、“兵器”の戦いだ。お前達は足手纏い。邪魔しないように逃げていろ」


 これぐらい強い言葉を使わなくては、この馬鹿共は頷かない。


「お前達は無事に国へと返す。必ず、この私が必ず……以上だ」


 少しの間を置いて、小さな了解が返ってくる。

 アリアは思わず吐息が漏れてしまった。なんて不満そうな了解だ、鬼上官だったら厳罰ものだぞ。

 一息ついた後、アリアは視線を鋭くする。

 

「立派な“翼”だ」


 【戦略火】の背中からは、巨大な翼が生えていた。

 いや、それは正確には“翼”ではない。純白の砲門が、あたかも翼の如く束ねられているのだ。

 名付けるならば“砲翼”だろうか。

 黒地に黄色のラインは悪魔のようで、しかし純白の砲翼は天使のようだ。

 

「どちらがより化け物か、競ってやる」


 何がフォーゲルだ。何が天使だ。

 人殺しの兵器など、全て化け物でしかない。

 ……強化人間であるアリアも。

 アリアは殺しの為だけの歯車。最も多くの機甲鎧を食い荒らした、化け物の中の化け物。

 これまではそうだった。だがもう少しで役目は終わる。

 平和の中にはアリアの居場所はない。殺戮者に、安寧は存在しない。


「だから、守りたいものだけは守る……! 上昇レイズっ!」

《〈二元律カリオン〉駆動率第二解放70パーセント突破》


 苦痛を飲み込み、アリアは【特記体】を飛ばす。

 それを迎え撃つ【戦略火】、砲翼が光を生んだ。

 4機揃った殺戮の申し子が、最後の戦場に翼を広げる。

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