第1話
機甲術器鎧——一般的に機甲鎧と呼ばれるそれは、
平均全高は11
それが一般的な機甲鎧の基本情報。
アリアの機乗する【
全高15.5M。腰から伸びた四枚の多機能ウィング。唯一無二の操縦システム。人型から離れたフォルム。
そして“強化人間”を前提とした異常なスペック。
速度、精密性、機動性、攻撃能力どれをとっても異次元。
戦場のハイエンド。英雄の機体。必勝の誓い——そして絶対的捕食者の証明、
だがその栄光に機乗するアリアには、英傑の如き熱は存在しない。
乗らなければ死ぬから、乗っていればいつか死ねるから。
軍に酷使され敵を地獄に叩き込み続けた彼女は、とうの昔から戦いに膿んでいた。ましてや今回は死ねと言われているに等しい任務、生きる意味すら曖昧なアリアに熱があるはずがない。
『コード確認距離まで僅か』
独唱部隊の緩衝材、ダムの声が響く。
ああそうだ、今回は仲間がいる。“生き残りたい”と口にした部下がいる。
彼らだけは家に帰す。
ただそれだけが、今のアリアを突き動かす使命だ。
『コード確認。第5、第6世代機甲鎧が中心の混成大隊。3機反応がないから輸送機かも』
『ヒュー、こっちは第7世代だ。相手はビビってんじゃないか?』
『馬鹿ガラート、数でなめられてるわ。怖がるのは【特記体】よ』
『ティマにしては珍しく的を射てるな』
『まあまあそこまでに。アリア、敵機は密集陣形。どうする』
作戦中のため、敬称はない。
「私が突っ込み散開した敵を、各自叩く。仲間を殺さなければ好きにしろ」
独唱部隊は個人の練度が高い。それぞれが一流のパイロットだ。
だが、ダム以外は連携が苦手な者ばかり。
せっかく防御能力が高い【
部下の了解を聞き、アリアは短く呟く。
「
《〈
アリアの全身を熱が巡る。感覚は鋭くなり、しかし認識は人を外れる。
〈
それは【
機体に刻まれた〈
自ら思考するが如くセンサー情報を得て、体を動かすより滑らかに機体を操作する。
成功例はアリアだた一人。
145
その戦果は平均撃墜数14機のところ、アリアの撃墜数184機という絶大なスコアから推し量れるだろう。
国力で劣るアノンデがアランキッカを追い詰めることができたのは、アリアと【特記体】という戦略兵器があったから。
その暴力が今振るわれる。
「開演といこうか」
急激に近づくアリアに敵機は射撃を行うが、第7世代を超える性能と人外の域に高まった演算能力に有効打は与えられない。
そのまま機甲鎧大隊の中央まで突っ切り、穴を開けられた陣形の中でさらに∞の字に高速飛行。敵を散開させる。
陣形をズタズタにされ慌てる敵に、遅れて【
行われたのは実質奇襲。
乱戦となった中で敵機が陣形を組み直そうとしても、圧倒的速度のアリアに妨害される。
さらに【
『これで一機よ!』
『こんの猪女! こっちに来んな二機目ぇ!』
『ティマ囲まれる——アリアありがとう!』
三人は順調なようだ。
【
敵にしてみれば悪夢だろう。いくら撃っても墜とせず、しかし相手は致命的砲撃を放ってくる。
さらには——
『婚期ぐらい遅いッ!』
——ティマの機体が敵にタックルして、敵機を砕いてしまった。
生存性の為の耐久性がこんな使い方をされるとは、設計者も想定していなかっただろう。
だがそれで良い。使えるものは上官でも使うのが戦争というものだ。
それはそれとしてその叫びは、世の女性の何割かを敵に回しそうだな。
「十分に分断できたか。私も負けてられないな……!」
アリアは【特記体】で、敵機に向けて死角から抉るように接近した。そのまま敵機を掴んで引っ張り回し、別の敵機に叩きつける。あとは一発ぶち込めば完璧だ。
敵が仲間の死を感知し目を向けた時、すでにアリアはいない。
400Mの距離を瞬く間に移動したアリアは、その場にいた敵2機のコックピットをすれ違いざまに撃ち抜く。
一呼吸の間に4機を墜とされ、アリアを危険視したのだろう。誤射を恐れずに敵が一斉射撃を行った。
それでも届かない。
音速の3.2倍のという超音速にもかかわらず、四枚のウィングを駆使して理解不能の変則立体軌道を実現する【特記体】。忠告されていても訓練で再現できないであろう未知の動きに、敵は照準さえまともに合わせることができなかった。
当然アリアに掛かる負荷は常人にとって耐え難いものだが、強化人間たるアリアには関係ない。
だが快調は続かない。アリアが常時敵を圧倒できるなら、この戦争はとっくの昔に終わっている。
《〈
「くっ、うぅぅ……っ!」
アリアは唇を噛みながら、攻勢を弱める。機体の動きも精細を欠いていた。
溶けてしまうのではと思える熱が体に巡り、頭蓋骨が割れそうな頭痛が反響する。それでいて内臓は凍りつきそうなほどに冷たい。
熱い、痛い、冷たい、不快、吐き気——
アリアの人間としての感覚が、凄まじい不調を主張していた。
〈
【特記体】は機械であり、アリアは強化人間であっても人間だ。いくら脳をいじくり回そうが、どれだけ神経系を改造しようが、人体とかけ離れた情報の津波に晒されて無事なはずがない。
さらには、別の危険性もある。
〈
アリア以外の
「くっ……ふぅ……。さあ治まった、続きといこう」
嘘だ。人体は不調を訴えているし、苦痛は薄れただけで消えていない。
それでもアリアは前を向く。焼けつく神経など知ったことではないと、操縦桿を握りしめる。
並の人間ならば狂ってしまう苦痛と恐怖を、アリアは強化人間になってから17年間耐え続けた。これが最後の戦い、こんなチンケな苦痛で止まる道理はない。
再び急加速し、敵機に向かって突撃する。
アリア一人ならば目を閉じたかもしれない。
「五機目」
しかし脳裏には三人の顔。
「六機目……!」
ティマ、ガラート、ダム。
「七機目っ!」
お前たちだけは、この地獄から生き残らせるッ!!
決意と奮起。願いと祈り。自らを燃やし尽くす覚悟。
敵も味方も、唯一翼を広げる機体に焔を見る。
見た目は12歳のままであるアリアを知っていても、彼女が機乗する大型の機甲鎧はさらに大きく見える。
空を覆いて国を
故に、敵味方問わずアリアは敬意と畏怖を以てこう呼ばれるのだ——
——四つ羽の
と。
『すげぇ、またアリアが落とした!』
『私も三機目ッ!』
『アリアが12機。残り33機!』
敵は21機を失い、独唱部隊に損害はなし。
“勝てるかもしれない、この戦場を”
ああそんなわけがない。アランキッカも勝算なき戦いなどしない。アリア達相手に手段を用意しないはずがない。
《
《自律演算振動素子活性化。
《命令確認・アノンデ共和国及び同国同盟国の焼却》
低高度を飛行する3機の大型機体。コード確認されていないことから、それは戦闘機でないと思われていた。
だがそれは間違いだ。今まさに、3機が起動しようとするところなのだから。
《《《【
それは【
たった一機で都市を殲滅することをコンセプトに、人間の技術力を結集させた奇跡を否定する兵器。
【特記体】とは真逆に、工業技術の最終結晶とでも言うべき機体。
【
その3機はこう呼ばれた——
——鉄火翼の
と。
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