四羽のフォーゲル

アールサートゥ

“生き残りたい”——ならば飛べ

 アリア・レッドフィールドは、無音の闇に深い呼吸を繰り返す。

 鋼に囲まれた狭い空間での暗闇を、アリアは最も気に入っていた。

 凱旋する時の万雷の喝采、勲章を胸に飾る相手の尊敬と畏怖の視線、命令を下す上官の冷たい声、敵機を追い撃ち落とす戦場の空気。

 脳裏に浮かぶ雑念の全てが、闇に溶けていく錯覚。それが願望でしかなくとも、もはや忘れるならばこの瞬間しかなかった。

 まあ、“強化人間”であるアリアは、忘れるという権利を剥奪されているのだが。

 幾度目かの呼吸の終わり、暗闇に光が生まれる。


《【r9-vxリナーべスス特記魔導機体】、一次起動。パイロットアリアにシステム確認を要請》


 作戦空域に近づいた合図に不満を示す鋭い目をしながらも、アリアは手順通りに機体をチェックしていく。


「オールグリーン。特記体、二次起動」

《承諾。二次起動を確認》


 聞き慣れた甲高い音駆動音と共に暗闇は取り払われ、センサーから得られた周囲の景色がコックピットの壁面に映し出される。


『お、隊長も起動しましたか。しっかし第7世代機甲術機鎧【Pr1Lプリワルル】はややこしいなぁ』

『ガラート。慣れが足りないなら降りなさい』

『ティマが一番手こずってたのは間違いかねぇ』

『このっ……!』

『まあまあ二人とも、僕らはこれから命を預けるんだから』

『ダムは変わらず緩衝系ってか』


 三人の部下の通信が、姦しく聴覚を叩く。


『あ〜あ、俺もアリア隊長みたいに専用機体が欲しかったなぁ』

「やめておけ」


 アリアの口から、少女のように繊細なのに深い闇を感じさせる声が漏れた。

 ガラートが息を飲む小さな音が伝わってくる。


「死ぬまで兵器として生き、そして捨てられたいのならば別だが。お前たちはまだ“人間”だ」


 ——そして私は“強化人間”という兵器だ。

 そう続く言葉を、アリアは飲み込んだ。


『じゃあ僕らは【Pr1Lプリワルル】が合っていますね。軍人として国に尽しましょうか』


 重くなった空気を、ダムの一言がほぐす。


『ははっ、そりゃあいい。まー生き残るかぁ。ばーさんのココア飲みに行かなきゃだしな』

『私はまだ上官を殴り足りないわ。婚活の為にお金もいるのに。生き残ってやる』

『ティマお前、34だろ……』

『うっさい! 31は先輩を敬いなさい』

『いやいや三十路近くでも行き遅れ……あ』


 アリアはガラートへと殺気を飛ばす。


「私は29だが。まさか行き遅れとは言わないな?」


 ガラートの下手くそな口笛が聞こえた。


『ははは、僕はやり残したことは特に思いつかないけど、生き残りたいかな』


 “生き残りたい”

 三人はそう言った。

 大陸全土を巻き込んだ大戦は54年続いた。そして現在、大規模戦争を行なっているのは二つの勢力。

 アリア達が所属する《アノンデ共和国》。

 現在アノンデに進行している《アランキッカ連邦》。

 大陸2トップの大国による総力戦。その悲惨さは語りきれない。

 そして今日、大陸の運命を決める戦いが行われようとしていた。

 アランキッカは大戦の命運を賭け、57機もの機甲鎧大隊で捨て身の攻勢に打って出た。戦略兵器を用いてアノンデ国土の壊滅的被害を狙っているらしい。

 その防衛を任されたのはアリア達【独唱部隊】。最新鋭の第7世代機甲術機鎧【Pr1Lプリワルル】3機と、アリア専用機体である【r9-vxリナーべスス特記魔導機体】、通称【特記体】が1機。サポーターもオペレーターもいない、死兵四人だ。

 如何に最新鋭兵器が支給されているとはいえ、たった四人のアリア達が無事でいるのは難しい。

 アリア達はそれぞれが上層部に厭われているのも手伝い、命令の裏を容易く読んだ。

 “ここで全ての敵と共に死んでくれ”

 きっと、上層部はそう願っている。口にせずともその意見だけは、四人にとって共通のものだ。

 ガラートは自分の目で平和を見たいと言っていた。

 ティムは上官殴って素敵な彼氏を見つけると息巻いていた。

 ダムはのんびり読書をしたいと言っていた。


《【特記体】、三次起動。作戦開始までカウント》


 地図とカウントが表示され、磁気推進機構マギブーストの重低音が響く。

 軽口は止まり、神経を尖らせる気配が通信で伝わる。


「安心しろ」


 アリアは自分に言い聞かせるように呟く。


「私がお前達を死なせない。だから、全力で生き残れ。生き残る為に飛べ」


 カウントがゼロになり、アリア達を運んでいた輸送機の床が開いた。

 空中へと放り出された4機の機体が、磁気推進機構マギブーストによって大空へと舞い上がる。


我らが後ろに無辜の民ありパジ・シアハーデ!」

『『『然りディーバ!!』』』


 伝統的掛け声と返し。

 空翔る機械巨人。

 死に抗う人間。

 地を赤く染めた大戦、その終わりを飾る一幕。

 役者はアリア達【独唱部隊】と、彼方に反応が見える57機の機甲鎧。


(お互い疲弊し切った悪足掻きではあるが……)


 最後の敵としては申し分ない。

 アリアは操縦桿を強く握る。


 さあ、最後の空を華々しく彩ってやろうじゃないか。

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