第2話

〜現在 ファミレス〜


「うん、その話は何回も聞いたぜ」

「聞いたな、トナ兄」

「あれっ、そうだっけ。まあとにかく第一印象は最悪だったわけだなー。それからちょっとしてさ……」



〜1ヶ月前 北地区〜


「よし!ドミニオくん!あとは歌うだけだ!」

と、プロデューサーのOKが出た翌日。ドミーはマイクの前に立っていた。これからCDの仮音源に乗せて歌うのだ。

(俺は平々凡々な男……。そうだ、歌が好きなだけの男だ)

いつも通り心の中で唱える。目を閉じて深呼吸。ミント色の瞳がきらりと光る。

「……♪」

爽やかな歌声。ドミーはその濃い顔と服装からは考えられないくらい透き通った声で歌う。

「本当にこの人が歌ってたのか」

「動画がバズったのも『本当にこの人が歌ってるのか?』っていう違和感からだったもんな」

「すごく爽やかな声……!綺麗!」

絶賛される。だが、ドミーの耳には入らない。彼は今はただの歌好きの青年なのだ。周りの声なんてどうだっていい。

歌い終えた。拍手に照れる。

「いやあ良かったよ!君に任せて良かった!」

「あ、ありがとうございます……」

「前に話題になった歌とは系統が違うけど、若者にはあなたが歌ってるとすぐに伝わるでしょうね」

視聴率の話か。言ったのはケイトである。ドミーに近づき、そっと耳打ちする。

「あなたの歌声、癖になるわね。後で残ってもらえる?」

「……!」

「もっとあなたの歌を聞きたいわ」

「わっ……かりましたー」

冷静を装って言ったが、心臓の鼓動は嘘をつけない。彼はまだまだ若い健全な男子なのだ。美人のお姉さんが弱点なのは当然である。


打ち合わせが終わり、日が落ちる。ドミーは収録部屋でケイトを待っていた。

「おまたせ。ごめんね、長引いちゃったわ」

「いやいや、そんなに待ってませんから大丈夫ですよ」

ドミーが言うと、ケイトが安心したように微笑む。

「昼に歌っていた歌を聞かせて」

言われるままに歌う。昼と違い、完全にアカペラである。

「本当に素敵な歌声ね」

「ありがとうございます。俺の歌を気に入ってくれて嬉しいです」

ケイトは自分よりも有名な歌手の歌声を生で聞くことなんて日常茶飯事だろう。きっと皆にこう言っている。リップサービスというヤツだ。それでもこんなに素敵な人に生歌を聞いてもらって褒められるのは嬉しい。

「私、歌は下手だから。羨ましいわ」

「え?そうなんですか?」

「そうよ。本当はね、今回の主題歌は私が歌う予定だったの。だけど歌えなかった。歌が下手で皆をビックリさせちゃったわ」

ドラマの主題歌を主演女優が歌うことはたまにあるが、今回の当初の予定はそれだったらしい。

「それで、急にあなたを呼ぶことになったのよ。あなたは私の出来ないことができる」


「だから……」


「信じてたのよ」


ケイトが目を細めて笑う。あぁ、美しい人だと思った。ドミーはどうしようもなく彼女に惹かれていることに気づいた。

有名女優だからだろうか?自分の歌を褒めてくれたからだろうか?

(いや、好きになるきっかけなんて……)

きっと分からないものだ。こんなに優しく、しかしたしかに燃え上がっている恋ならば特に。

それからドミーは打ち合わせ後毎回ケイトを食事に誘った。

「ごめんなさいね、私、忙しいの」

毎回そう断られる。気が弱い自分は目を泳がせて「そうですよね……」と苦笑することしかできない。

(相手は有名女優。上手くいかないもんだよなー)

それでも諦められない。自分はこんなに負けず嫌いだったのか。



その日は雨が降っていた。

ドラマの収録が特に長引き、終電間際までかかった。遠方から来ているドミーは今から電車に乗ったところで途中で降りる羽目になる時間だ。

「ドミニオくん、ごめんね。ホテル代出すから今日はこの近くのホテルで泊まって行きなよ」

プロデューサーに言われるが、ドミーは首を横に振る。

「大丈夫です。親戚がこの辺に住んでるので、そこに泊まります」

ジスラに連絡すれば泊まらせてもらえるだろう。スマホでメッセージを打ち込んでいると、ケイトが外を見つめていることに気づいた。急いで送信して駆け寄る。

「ケイトさん」

「あらっ、あなたも残ってたのね」

「帰れますか?」

「……大丈夫よ。迎えに来てくれるって」

「マネージャーさん?」

「今日は違うわ」

「違う……?」

ケイトが俯く。まるで表情を見られたくないように。マネージャーは若い女性だった。彼女に会えないのが悲しいのだろうか。そうぼんやりと考えていると、ケイトが顔を上げて深呼吸をした。

「歌ってくれない?」

「今、ですか?」

「あなたの歌、元気が出るのよ」

そう言われて歌わない歌手はいない。ドミーはアカペラで歌う。部屋にいる他の人々が笑顔になった。しかし、ケイトの表情は曇ったままだ。

「何かあったんですか?」

収録が長引いたせいで疲労しているだけではない気がする。

「真っ直ぐな歌ね」

「……」

「あなたの歌が若者に人気な理由が分かったわ。未来が明るくなりそうだから、よね」

雨音。暗闇。外の様子とケイトの表情。

ドミーは横顔を見つめて、小声で言った。

「ケイトさん、好きです」

「……!」

「俺と付き合っ、」

「ごめんなさい。私彼氏がいるのよ」

「えっ」

「知らない?週刊誌に取り上げられたわよ」

知らなかった。

「もう1年も前のことよ。後ろから撮られたの」

その頃は丁度ドミーがSNSでバズり始めた頃だ。新曲を歌っていたら若者に路上ライブでの様子を撮影され、拡散されたのだ。ケイトの報道など見る余裕はなかった。

「ごめんなさいね」

「い、いや。彼氏がいるなら仕方ない……。あっ、どんな人なんですか?」

気まずいし話題を変えよう。明るく問いかける。しかしケイトは黙っている。

(様子がおかしくないか?)

恋人と楽しく生活が出来ているのなら、こんなに物憂げな顔をするだろうか。好きな人のことを聞かれたら話したいことはいっぱいあるのではないか。

(ケイトさん、まさか)


(恋人と上手く行ってない……?)


「あっ、彼が来たみたい」

それだけ言って、出口に走り出す。声のトーンは暗かった。



〜現在 ファミレス〜


「それからも恋人の話はしたがらなかったんだよなー」

「前も言ったが、それは彼女が恋人と上手くいっていない証拠だろうね」

トナが言う。

「好きな人のことなら話したくなるし……そもそもあんたがケイトサンに恋人がいるのを知らなかったのも、な」

「大々的に報じられたのは1年前だけで、今は聞かないな」

ジスラがスマホでケイトの報道を調べている。

「有名女優が恋人と幸せに暮らしている……そんな美味しい情報をメディアが逃すわけが無い。なのにその一報で途切れているのは……」

トナの本業は探偵のようなものである。分析は得意だ。

「トナ兄にそう言われて、ちょっと自信がついたんだよなー。俺でもいけるかもって!」

「くくっ、横取りするつもりかい?」

「人聞き悪いこと言うなよー。ケイトさんが本当に上手く行ってないなら別れるべきだって言ったのはトナ兄だろ」

「ん?そうだったかね」

とぼける従兄弟にため息をつく。

「……それでさ、その後に」




〜3日前 北地区〜


「完璧だ!」

歌が完成した。ドミーは心の中でガッツポーズをする。プロデューサーが拍手をした。

「ドラマの撮影はまだ続くが、ドミニオくん。君は今日でここには来なくてもいいからね。あとは事務所と相談して……」

そうか。もうここには来ないのか。

「遠方から大変だったね。君のおかげで人気ドラマになりそうだ」

「ありがとうございます。楽しかったです……」

深々とお辞儀をする。

「終わりなのね」

ケイトの声に振り向く。

「良い歌をありがと」

「はい。撮影、応援してます」

それだけだ。それだけ。諦められないとは思ったが、相手が悪過ぎた。

(有名俳優か……)

1年前の週刊誌に載っていたケイトの恋人は、今をときめくベテラン有名俳優だった。駆け出しのシンガーの自分とは真逆の存在。ケイトよりも15歳年上だ。青臭い自分など、足元にも及ばない。

(諦め……るべきなんだろうなー)

もうこんなに近くで話すことなどないかもしれない。遠ざかって行く彼女の背中を見つめることしかできないのだから。


帰り道、ケイトにスマホでメッセージを送った。

「『ありがとうございました。ケイトさんに歌を聞いてもらえて良かったです』っと……。あれっ?」

送信ができない。

「嘘だろ!?ブロックされてる!」

昨日までは仕事の連絡が出来たはずだ。

「そんな……」

これで途切れてしまった。完全に。

仕事が終わるまでは渋々話に付き合ってくれただけだったのか。深くため息をついて、トボトボ家に帰った。

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