第6話

 翌日の放課後。


 部活を終えた佐々木が他の手芸部員と共に部室から出てきた。


 その表情は暗く、周囲の部員も気を使っているように思える。原因を知っているのかまではわからない。場合によっては第一関門すら突破できなくなるが、はたして……


「佐々木恵麻さんだよね?」


「……はい? っ!?」


 声をかけられた佐々木から暗い表情は吹き飛び、混乱と驚愕の表情へと変化した。当然だろう。声をかけたのは昨日友治にハグして胸を押し付けていた(羨ましけしからん)上級生。友治曰く、幼馴染の染川真紀そめかわまき先輩だ。


「あれ? 真紀じゃん、どした?」


「ちょーっとこの子に用事があってね。借りていい?」


「そりゃあ、部活も終わったし変なことしなければ私が止める権利は無いけど。いじめとかしないでしょうね?」


「そんなことしないよ~」


 どうやら手芸部の先輩に染川先輩の知り合いがいたみたいだ。それにあの様子なら、佐々木が落ち込んでる原因に染川先輩が関わっていることは知らないみたいだ。一番の懸念点は払拭された。部員やクラスメイトに話していて、鉄壁の防壁を作られたら、マジで打つ手も無ければ、今後の俺たちの学園生活もお先真っ暗になるところだ。


「ちょっとある男の子について話が、ね」


「!?」


 動揺してるな佐々木の奴。乗ってくれるか……?


「……わかりました」


「そんなに警戒しないでよ~。私が悪者みたいじゃん」


「恵麻、もしいじめられたら先輩である私たちに言うんだよ」


 染川先輩と知り合いの先輩がそう言うと、他の部員たちもウンウンと頷く。いい部員に恵まれてるな。


 こうして、無事に佐々木を連れだすことに成功した。


「第一関門突破。次だな」



 舞台は俺たちの教室へと移る。


 昨日と同じく、誰もいない教室を夕焼けが茜色に染める。昨日は地味な顔の悪友というなんともミスマッチな光景だったが、今日は端正な顔立ちな美女である染川先輩が余裕の笑みを浮かべ、警戒心と敵対心剥き出しで睨む佐々木と対峙している。


 風が吹き、カーテンが大きく内側に膨らむと、俗に言う映える絵が出来上がった。


「初めましてだね。私は二年B組の染川真紀。よろしくね」


「一年C組、佐々木恵麻です」


「で、早速なんだけど、ゆうちゃんの、達友治君のことなんだけどね」


「……っ!」


「昨日私とゆうちゃんのこと見てたでしょ? この教室で」


「……白昼堂々と不純な距離感で接していたので少し呆れただけです」


「昼ってよりは夕暮れ時だけどね。でもよかった。呆れてるだけなら、私がゆうちゃんと何しても構わないよね」


「……どうぞお好きに。私が口を出すことでは無いので」


 ああ、もう! そこで片意地張んじゃねぇよ! もっと自分に素直になれ! そんなことして、後で後悔すんのはお前なんだぞ!


「そう、なら安心してあなたのこと忘れさせてあげるね。彼随分とあなたのこと気にかけていたみたいだったから」


「えっ……?」


「好きな異性のタイプとか、気になってる女性とか、そういった話題を出した時に彼が答える女性像。あなたそっくりなんだもん。昨日一目見てわかったほどに」


「友治が……私を……?」


「きっとずっと想っていたんじゃないかな~。自分で気づいていたかはわからないけど。

 でも、あなたにその気がないなら、いつまでも片思いさせたままっていうのもかわいそうだし、私が好きにしちゃおっと♪」


 佐々木の表情がドンドン曇っていく。気丈に振舞って取り繕う余裕もないみたいだ。手先もブルブル震えていて、事情知らない状態でこんな姿見たらすぐさま保健室へ向かわさせるな。


「最後にそれだけ聞いておきたかったの。わざわざ呼び出してごめんね。じゃあね、佐々木恵麻さん」


 背を向けて、手を振りながら教室を出ようとする染川先輩。それに待ったをかけたのは――


「待って!」


 もちろん、佐々木恵麻だ。そうだよな! お前はここで何もしないほど根性無しじゃないよな。


「待って、ください……」


「ん~? もう話は終わったはずなんだけど?」


「まだ終わってない。私はまだ何も話してない!」


 佐々木の眼つきが変わった。力強く、覚悟の決まった眼だ。


「私も、私も友治にずっと惹かれてた! どこか間が抜けてるけど、よく気がついて、落ち込んでいる時とかでも笑わせようとしてくれる優しいところや気遣いのできるところとか。

 流されやすいけど、最後には自分の中にある大事な芯の部分を外れない逞しさとか。

 ……今になって、こんなことになって、そんな思い出が、一緒にいて幸せだった記憶がドンドン溢れ出てくるの……」


「……」


「……」


「友治が好きなの……友治じゃなきゃ嫌なの! だから誰にも、あなたにも渡したくない!」


 ……よく言った! 勇気出せたじゃねぇか。


「なら本人に伝えてみないとね」


 あっけからんとそう返す染川先輩は、一台のスマホを佐々木の目の前に差し出す。彼女のスマホではない。俺のスマホだ。


 染川先輩はボイスレコーダーアプリのアイコンをタップし、ある録音を起動した。


 それは昨日の、俺と友治の会話だ。

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