第2話

「おーい慎介。話し終わったのか?」


「おーう友治ゆうじ。今終わったところだ」


 結局、実のある答えを出せないまま職員室を出た。そして待機していた友人が声ををかけてくる。


 達友治たちゆうじ。中学から縁が続く気を許せる奴。こいつも俺と同じくまだどこにも入部をしていないため、先生に呼び出されている。


やしろも面倒なことしてくれるよな。わざわざ一対一にしなくたって、ホームルームの時に言ってくれれば、休憩時間無駄にしなくて済むってのに」


 締め切りまで後一週間ちょっと。ゴールデンウィークと言う連休も加味すると、もう殆ど時間がない。入部がまだの生徒は、俺たちみたいに担任から一人一人直々に催促される。


 さすがにこの時期になると入部していない生徒も少ないとはいえ、わざわざ一対一で真摯に向き合ってくれるウチの担任は、中々にいい先生していると思う。


 こいつみたいにいい先生と思わない奴もいるが。


「まぁ入部してない俺たちが悪いんだから仕方ないさ」


「でもお前も入りたい部活ないんだろ?」


「そりゃあ、そうだけど」


「やっぱりさ、部活に興味ない生徒も強制的に入部させるってのは悪だと思うわけよ」


「部活をしてみるっていうのも色々メリットはあると思うけどな」


「でも、デメリットだってあるからなぁ。やるかやらないかの選択の自由は欲しいよな。辞めますの一言ですぐに辞められないんだし」


 社会に出たらそれこそ辞めますですぐに辞められないんだろうけど。


「……でさ慎介。話は変わるけど、お前にちょっと頼みがあるんだ」


「なんだよ藪から棒に」


 なんか言いづらそうだな。


「実はよ、佐々木ささきのことなんだが……」


「佐々木って、佐々木恵麻ささきえまか? 同中の」


 佐々木恵麻。同じ中学校出身の女子。性格も表情も若干きつめだが、なんだかんだ世話焼きで愛嬌もある。普通に、いや、それ以上に可愛いという印象の女子。俺のタイプじゃないけど。


 異性だけど中学ではそこそこ交流があって、俺も友治も佐々木相手に軽口を叩ける間柄だ。佐々木も、俺らには気兼ねなく怒ってくる。ガチの説教じゃなくてじゃれてる範疇。お決まりのコミュニケーションってやつだ。


 高校に入ってからはあいつとだけ違うクラスになったから、そんなやり取りもどこか久しく思えるな……


「で、その佐々木が何だよ?」


「あいつさ、この前あいつのクラスの男子に告られたらしくて……俺らの知らない奴に」


「えっ!? マジで!?」


 まだ入学して一か月経ってないのに、同中でもない奴に告ったのかそいつ!? 勇気があるというか無謀と言うか……この先の学園生活のこと何も考えてないな!?


 って、そんな知らん奴に驚いてる場合じゃない。


「そうか、あいつ見た目いいからな。性格も悪くないし、そりゃモテるか」


「そうなんだよ! ちょっときついところもあるけど、それは相手のことを想ってのことだし、気が利くし、くだらない話でもちゃんと最後まで聞いてくれるし、面倒見が良くて優しいし、それに……」


「急にめっちゃ喋るやん」


 何だ突然!? 佐々木のことべた褒めしだして。


「……うん。佐々木が告られたって聞いてからさ、なんかずっと頭の中モヤモヤしててさ。色々考えたらさ……俺、佐々木のこと、その……好きみたいだわ」


「えっ!? マジで!?」


「多分、マジだ!」


「likeじゃなくてlove?」


「loveの方」


 マジじゃん……


 高校入学してまだ一か月経ってないのに、まさか知り合いが、しかも友人が恋している場面に遭遇するなんて……高校生活のイベント消化の速さ半端じゃねぇぞ。


「でさ! 改めて思ったのが、俺あいつの好みとか趣味知らねぇなって」


「まぁたしかに、笑い話かどうでもいい話ばっかで、お互いのプライベートなことあんまし話さなかったもんな」


「だからさ、お前に調べてもらいたいんだよ。知った顔だし訊きやすいだろ?」


「ならお前が直接訊けよ。なんでわざわざ俺を経由すんだよ」


「もうあいつの前で平静を保つ自信ないよ。なぁ、頼むって、お願い! ね、お願い」


「ああ、もう! わかった、わかったよ! 鬱陶しい!」


「ほんとか!? よかった、断られたらどうしようかと」


 断らせる気なかっただろ。こいつ、恋を自覚して色々と面倒くさくなってきたな。


「おい達! 早く入って来い」


「はいただいま! じゃ、俺行ってくるから、頼むぜ」


 俺に佐々木の情報収集を押し付けて、当の本人は先生に呼ばれて職員室の中へと姿を消した。


 少しだけ空いた窓を通って、校庭から運動部のハツラツな掛け声が耳に届く。野球部か? 陸上部か? 


 腹の底から張り上げる「ファイト! ファイト!」の掛け声は、厄介事を任された俺が逃げないように、背中を押しているように感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る