美しい詐欺師

青いひつじ

第1話


家事代行、退職代行、遺品整理代行など、世の中には色んな種類の代行サービスがある。

私は男性からある依頼を受けた。

盗まれた金を取り返して欲しいというものだった。



ある日、老夫婦のもとに電話がかかってきたという。


「終活はお済みですか?」


それは、生命保険会社からの営業の電話だった。


「少しだけ、お話しても宜しいでしょうか?」


「将来のことで何か不安などはないですか?」



それは世間話のような会話から始まった。



「もし貴方に万一のことがあった場合、死亡時の資金、残ったご家族の生活費や住居費などは備えられていますか?」



電話口の相手は優しそうな若い女性だったという。

年寄りの不安を煽り不必要な保険に加入させられたとして老夫婦の息子はこれを詐欺だと主張し、契約金を取り返して欲しいという。



私は、探偵という仮面を被った復讐代行業者である。

主な仕事は、詐欺で奪われたものを取り返すことだ。

金品の奪還のみで済む場合が7割を占めているが、中には相手の社会的抹殺を依頼されることもある。

謎の死を遂げた者もいるだろう。



今回の依頼内容は、早急な解約と先方からの謝罪文の回収である。

老夫婦の住所からして、どの営業所からの電話なのかは簡単に推測できた。

期限は一週間。

私はその間、営業所の清掃員として潜入した。



トイレ前の廊下を掃除していると、中から楽しそうに談笑する若い女性の声が聞こえた。

扉が開き出てきたのは、20代半ばくらいの見た目をした女性だった。



「いつもお疲れ様ですっ」



そう笑いかけてきた彼女は、薄ピンク色の空気を纏い、ユラユラ揺れる髪から甘い香りを撒き散らしていた。

コツコツとヒールの音が耳の奥で響く。

私は、花に誘われる蜜蜂のように彼女から目が離せなくなった。



彼女は、会えば必ず声をかけてきて、最後には決まって少し微笑んだ。

その唇はいつも、果実をかじった後のようにみずみずしく濡れていた。



潜入して2日が経ち、私は薄々気づいていた。

電話の向こう側にいたのは、きっと彼女である。

ここのコールセンターには女性が在籍しているが、その多くが30〜40代で、若そうな女性は彼女だけだった。



潜入3日目。

私は彼女を脅迫し謝罪文を書かせるため、彼女の弱みを探し始めた。

不貞行為はないか、不正処理を行なっていないか。



「コールセンターの方々、いつも頑張ってらっしゃいますね」


世間話をするように、トイレから出てきた所長に話しかける。


「えぇ、うちは全営業所の中でも成績上位なんですよ。ほんと、助かってます」



すれ違う人達に声をかけてみたが、有益な情報を掴むことはできなかった。



潜入4日目。

私は焦っていた。

あまり時間がない。一刻でも早く彼女の弱みを握る必要があった。

しかし、颯爽と廊下を歩く彼女は、そんな私を打ち砕くかのように、今日も美しかった。


「いつも、ご苦労様ですっ」


窓からの日差しで彼女が白く輝く。

天使とはこんな感じなのだろうと思った。




潜入5日目。

何か彼女に謝罪文を書かせる方法はないか。

こうなれば、作り話でもなんでもいいから彼女を陥れなければ。


そんなことを考えながら掃除をしていたせいで、誰かの足にモップを当ててしまった。

急いで顔を上げると、彼女だった。



「あ!すみません!!ボーッとしてました、、。いやぁ参ったな。すぐタオル持ってきます!」


「あっ、大丈夫ですよこれくらい。

いつも綺麗にしていただいてありがとうございますっ」



彼女は外見のみならず心までも美しかった。

こんな素敵な人に謝罪文を書かせるだなんて、私のような人間が、そんなことをしていいのだろうか。


結局、この日も何も出来なかった。




潜入6日目。

自白すると、私は彼女の虜になっていた。

彼女と会えることだけが、今の私のモチベーションであった。


休憩時間、近くのコンビニへと向かう途中彼女が物陰で1人電話しているのを見つけた。

彼女は私がいることに気づいてないようだった。



「だから、もう会わないって言ったでしょ」

「お願い。終わりにしたいのこんな関係」



私はハッとした。

きっとこれは、不倫相手との電話であろう。

望んでいた"彼女の弱み"を掴もうとしていた。

隠れて耳を立てていると、鼻を啜る音が聞こえてきた。



「もう、終わりにしましょう。さようなら」



そう言うと彼女は電話を切って、その場にしゃがみ込んだ。


私は思わず、近くにあった自動販売機で缶コーヒーを買い彼女に差し出した。

突然の出来事に驚いた顔をしていたが、すぐ優しく笑いそれを受け取った。



「聞かれてましたか」


「あ、申し訳ありません。聞くつもりはなかったのですが、タイミングを失ってしまい」


「缶コーヒーありがとうございます。ホッとします」


それから彼女は、その男性との出来事を私に話してくれた。

相手との将来に不安を感じ別れてしまったという。



「私の話ばっかりですみません。

いつも落ち着いていらっしゃいますよね。

将来に不安を感じることはないですか?」



「いやぁ、ありますよ。僕には息子も妻もいます。持病もあるから、しっかり彼らを支えていかないとと常に思ってます」



「持病?どんな病気ですか?」



彼女は私の病気にやけに詳しく、それにあった保険を紹介してくれた。

押し付けがましくなく、とても親切な提案で、すぐに受け入れることができた。


私はその日、保険の契約書にサインをした。





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美しい詐欺師 青いひつじ @zue23

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