6-4 漆黒の三日月と華葬の剣座

「おはようございます、レオドラス……その様子、昨夜はあまり眠れなかったようですね?」

 うるせえ黙れ。それは本当なんだよ触れてくれるな。


 翌朝、朝靄に未だ眠る屋敷の、荘厳な正門前で、ぐったりとしゃがみ込んでいたオレの前に現れたのは、ごつい装備の割にちっこい影……ナリュースだ。


「……何でお前が来てるんだよ。使いの者がどうこうってのはまた何らかの意図を仕込んだブラフか何かか」 

「流石にそこまで面倒臭いことはしません。良くある予定変更です」

「使いってのは、どうせあいつらの事だろ? ワットとゼス……あのこき使われ様は笑えたよ。あいつら、昔っからやたらお前に心酔してたしな――」

「意味のない話は無用です」


 ぴしゃりと打ち切られた。雑談は許してくれないんだな。


「では、早速――」


 ああ、行くよ。何処へでも連れてってくれ。

 そして、さようなら、バステナ――


「――あの黒三日月の魔女を呼んで来てくれませんか?」

「……は? 何でだよ」バステナのことだよな?


 反射的に唸ったオレに答える代わりに、ナリュースは軽く肩を竦めてみせただけ。


「……そうだな。それは説明が二度手間になる……判ってるよ」



―――――――――――――



「――何なの!! 降ろしてよっ! もう二度と顔を観たくないって言ってたでしょ!? なのに何で急に、部屋に押し入ってきたと思ったらこんな! 抱え上げて連れ出してっ……このバカ! バカドラス! ひとでなし! ひとさらい!!」


 はい、拉致ってきた。


「その理由は、オレも知りたいの」ジタバタすんな。


 手足ばたばた。肩ぽかぽか。

 暴れ散らかすバステナを肩掛けして屋敷の玄関までゆうゆうと抱えて運び。

 ナリュースの前に放り投げ――は流石にしない。

 そっちの方が面白かっただろうけど。

 

 なので、ある程度は丁重に、玄関先へ、すとん、と立たせてやる。

 そんなバステナは少しの間、きょとん、として。

 それからギャーギャー、また同じ内容の非難を轟々ごうごう、繰り返し始めた。


「うっさいなやっぱり……。ほら、そいつが話があるんだと――聞けって! マジで!!」


「……いつもこんなんなんですか、君たちは」

「……ナリュース! ……さん? え? どういうこと……」


 オレとナリュースの顔を交互に何度も見返すバステナはまたいつもの『さっぱり判ってない顔』をした。……旅の間、ずっと見てきた顔だ。


「さあ、ナリュース。一体どういう事なのか、ちゃんと話してくれ。出来るだけ簡潔に」

  


―――――――――――――――――


「――昨夜、事務仕事をしていてふと思いました。薄汚れた油灯を頼りに、机に散らばる大量の書類の束に目を通し、義務的に認証印を押し……ああ、何故、凡人は書類が無ければ何も決められないんですかね。信仰していると言っても良い。この世に出現した地獄の一つですよ、書類仕事と言うのは」


 簡潔に、ってちゃんと言ったよね?


「何だよそのやたら詩的な仕事の愚痴は。デスクワークが死ぬ程嫌いってことは判ったが――」

「その書類の大半は、悲鳴歯車の件の捜査に関わるもの。勿論、犠牲者の身元の確認も含みます。死傷者三十余名。死者は十九。大人が十七、子供が一。八か月の赤子が一」


「…………」

「これこそ、本物の地獄です」

 茶化そうとしたオレは口を閉ざし、不満を丸出しにしていたバステナは神妙な顔になった。


「そして、ふとまた思い直しました、あなたの――」

「――バステナ」それがこいつの名だ。知ってんだろうが。


「……バステナさんのことを思い出しました。あの時、あなたは本当に心の底から怒っていた。全く関わりの無い人々のために。無辜と無垢のために。不条理な死を悲しみ、憎み、立ち向かった」


 そうだったな。バステナは、そういうやつだ。時に、後先考えずに。


「ひとは怒った時にこそ、その本質を見せるんです」


「……で? 何が言いたいんだ。それがどうした」

 ――少しは、予想はつくけども。


「昨日はああ言いましたが、私も鬼ではありません」

 いや充分鬼だよ。

「一度だけ機会をあげます。あなたの実力――高度な魔法理論の応用技術は私たちも把握している。ただ、その力を本当に『正しく』使える者なのかを、私に確かめさせてください」


「…………??」

 バステナはよくわかってない。


 つまりだな、ナリュースは。

 「テストするから自分とタイマンを張れ」つってんだ。



「その結果次第では、昨日の話について、また一考します」

 そう言うナリュースも一つ、よく判ってない。


 バステナは高度な魔法理論の応用技術なんて、ある意味、わかってないぞ。


「……バステナ。ナリュースは勝手に偉そうなことを言ってるけどな、別に応じなくても良い。間違いなく、言外の意図がある。こんな良識ぶった態度を取る時は必ず裏があるから」


 オレが声を落とすと、ナリュースはただ僅かに、ふっと笑っただけ。


 そしてバステナはやっと主旨を呑み込めたのか、静かに頷いて。たった一言の、決意の呪文を言い放った。


「やる!!」



―――――――――――――



 舞台は、何処かの荒野らしい荒野。


 具体的な地理や景色の描写はもういいじゃないか。荒野と言ったら荒野だ。

 とにかく、対決である。


 時刻は正午きっかり。決闘と言えば正午と相場が決まっている。


 強風に散る草吹雪に包まれた二人は、お互いにかなりの距離を取った位置に立ち、それぞれの用意を進めていた。


 バステナは準備体操というかストレッチに勤しみ、ナリュースは既に抜き放ってある剣を地に突き立て、目を閉じて祝詞を捧げている。


 普通、それって逆だよな?そうでもないのか、いややっぱり、フィジカルを使う側が準備運動して、魔法を使う側が祈りを捧げるほうがイメージしやすいと思う。まあこの世界じゃ戦士と魔導士の境界は薄い、ってことで一つ頼む。



 さて、そろそろ立ち合いかな。

 オレにも正直、この勝負の行方は全く予想できない。


 片や『クラス8』神格、ダークフェアリーの末裔。

 片やアーベンクルト最強の戦闘機関、六曜イニチアシヴの一座。


 流石に殺し合いになることはないと思うが、どちらも『本気』に近い力を駆使する、壮絶な戦いになることは間違いない。

 

 ちょっぴりワクワクしてる自分が居るのも、認めちゃう。


 あとさ。この状況。


 一生に一度は言ってみたかった台詞を言ってみてもいいかな。

 こんな機会はもう二度とないと思うんだ。

 

 オレを巡って争わないで!!


 ちと違うか? まあ満足した。さあ、いよいよ始まるぞ――!!




――――――――――――――――「あ」



「ん?」


 すわ激突か――という空気を、ナリュースの呑気ながらも強かな声が遮った。


「何を普通に見物しに来てるんですか。これはあくまで私とバステナさんの問題です。君はどっか行っててください。邪魔ですから」


「えっ」

 濁った呻きが出た。


 いやそれだとほら、この折角の対決の様子を語れない……まさかまるまるカット?――いやなんでもない。いややっぱりすげえ大事なことだぞこれ。


「私も同じ意見。キミの顔が目に入ると集中できない」

 ロッドを構えたバステナも、かなり険悪な調子で言い放つ。


 え、マジで? ……マジで帰んないと駄目か?



―――――――――――――――――――――






 ――実のところ、バステナのことが心配だっただけだ。

 オレはお前が、たった一人で戦うところを見たことがない。

 いつだってオレと一緒だったしな。

 


 ……いや。


 オレが自分で言ったんだ。もうお前は一人でもやっていけるって。


 

 だからオレはもう、この戦いを見届けない。それがお前への信頼の証だ。


 お前自身の力で、お前自身の力の、『正しさ』と揺ぎ無さを、証明してくれ。

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