6-5 あなたの『いつか』は、誰かの『今日』(1)

「――言っとくけど、やると決まった以上は本当に本当の本気でやっちゃうから。あんたが言い出したことなんだからね。私をみくびったこと、後悔させてあげる」


 まるで悪党、それも小物の台詞……そういうところが正に未熟。


 自分で言っていて恥ずかしくならないんですかね。それ。


「じゃあ何て言えば満足するの?」

「それをこれから戦う相手に訊ねますか?普通」


 邪魔レオドラスも立ち去ったことですし、そろそろ始めましょうか――と思った矢先、このおよそ魔導士とは思えない思慮の浅さを遺憾なく発揮している少女――バステナ、は、ありきたりの台詞を吐き、あろうことか、私に問う。


 私としてはあまりこういう表現を使いたくないんですけど、それはもう『天然』としか言いようがない。


「……魔導士なんですから、それらしい名乗りを上げれば良いと思いますよ。何かしらの二ツ名くらいあるでしょう」

「……………」

「無いんですか」


「レオドラスみたいな呆れ顔をしないでよ……あっ」


 バステナは、自分でその名を口にしておいて、一人で勝手に怯んでいる。

 どういう事ですか。昨夜、何か有ったんですかね。まあ、有ったんでしょう。

 察するに、レオドラスからは、相当にぞんざいな扱いを受け続けていたようです。


 その点には同情します。私も、彼には随分と泣かされてきましたし……あ、いえ、そ、そんなことはないです。勘違いでした。勘違いです。いいですね?


 それはともかく……異名の無い魔導士とは珍しい。巷の魔導士は大抵自ら、正気とは思えない二ツ名を名乗っているのに。まあいいです。そんなしょうもないことは――



 ――本当に、どうでもいい。


 話している間にも時刻は正午。

 くだらない与太に興じるのはここまで。


「では、いつでもどうぞ」

 私はわざと両腕を開き、剣先を明後日の方向へ向け、無防備を晒してみせる。


「あなたの力を確かめると宣言したのですから、初手は譲るのが公平フェアというものでしょう」

「……本当に良いんだ?」

「はい」



 その刹那、バステナの雰囲気が一瞬にして変わった。それまでの緩い顔つき、口調、立ち姿、全てに『黒い何か』が流れ込み、滲んだ様に見えた。


 青いマントローブがはためいて巻き上がり、オレンジの髪が揺れる。

「――煉獄の夜明け、黒陽の帳。立ち昇るる業、押し寄せるる……えっ!?」


 私は、ロッドを立てたバステナの詠唱が始まったと同時に、踏み込む。

 機動性を増すための跳躍強化、俊足の魔法――足元に魔法の光と草花を散らし、一気に距離を詰めていく。


 バステナは一瞬戸惑ったものの、既に魔法は発動間際。返す刀で残りの詠唱を迅速に終えた。

「……隔! 境! ――咆絶波ガルンウェイヴ!!」

 ――中断待機からの復帰と速唱。なかなかに速い。

 

 バステナの左右から立ち上がった黒い壁が一気に崩壊し、巨礫きょれきの濁流となってこちらに押し寄せて。

「華葬・七式――地峰」

 私は速度を緩め、地を削ぐ様に剣を振り上げた。


 足元から切り立った複数の光刃の連なりが、黒波を次々と破断していき、それらを幾つもの黒い塊へと、容易く斬り散らしていく。


 大岩程の巨大な黒光が落ちていく直中を切り拓いた先に、バステナの――姿は、無い。

「――――!」

 ――が、私の眼は捉えている。


 バステナは破壊された黒波の飛沫の間を器用に跳ね下がりながら、とにかく先ずは文句を言い放っておきたかったようです。


「それって、ずるくない!?」

「詠唱開始は譲りましたよ? けれどやはり、詠唱そのものは潰す。対魔導士戦の鉄則です。そんなことも判らないんですか――」


 しかしバステナは、私が立ち止まり、言い返している間にも、距離を取りつつ新たな魔法の詠唱を始めていた。

「―—理嘯ことわりうそぶく者、来たれる慟哭と闇に呑まられり……っ!」

 ――機動演算! なるほど、あのレオドラスがあなたを連れていた理由が少し判ってきました。それに、思っていたよりも抜け目ないクレバーな真似をしてくれますね。そうやって反論を誘って、隙を作っ……いや、偶然でしょうか。


「華葬・八式――」しかし、私も速射には自信があるんですよ。


「――極穿・災 黒 槍ブラックランス・ジ・エルトっ!!」

「――白矛」


 バステナの背後、虚空から出現した無数の巨大な黒光が、鋭い槍状になって断続的に射出され。一方で私が召喚した数百にも及ぶ光の筋が蒲公英たんぽぽの綿毛の如く吹き上がり、それらはちょうど、両者の中間で衝突する。


 激しい、破壊。


 白と黒の魔片が散る、その間隙かんげきに、私の視線は確かに、バステナの、澄み切った空よりも青く、青い、サファイアの様な大きな眼と、交錯した。


 ――綺麗ですね。その瞳、少し、羨ましいです。

 私の眼は、くすんでいるから。


―――――――――――――――――


「……っ……!」

 私の実力に驚いたのでしょう。戦闘前の威勢はどこへやら、バステナの緊張は明らかに増している。


 そしてその左手は鞄に伸び、エリクサーを探る。


 ――調べ通り、『燃費』は宜しくないようです。あの程度の魔法二発でMPを枯らしてしまうとは……そしてそれは『隙』そのもの。詠唱は勿論のこと、攻撃体勢の敵を前に自分から動きを止めるなど、愚の骨頂。では、遠慮なく行かせてもら――

 

 ――ぐびぐびごくん! ぷはー。

「へっ?」 

 えらく速いですね!?


 普通、アイテム使用にはそれなりの『硬直』が――なんですかその特性パッシブスキルは!


「―—千切ちぎりや。万斬ばんざんや。吹き狂え!! 甚域・邪葉旋リーフシュトルム!!」


 MP回復のしるしである青い後光を背に、バステナの次なる詠唱――ちっ。詠唱が短い魔法にシフトしましたか。多少は考えて戦う頭はあるようです。


 荒野に吹き荒ぶ風の魔素を利用したその魔法は、黒三日月の魔女の周囲に吹き舞う草片と共に、漆黒の葉刃を巻き起こした。


 質より数。更に距離。

 広範囲に及ぶ葉渦なら多少迎撃されても制圧効果は持続する。


 ――前言を撤回します。魔法戦においてはかなりの判断力をお持ちですね。英明果敢であると言っても良い。


 ならば。


「華葬・一式・枯樹!」剣を大きく一振り。

 私の大剣――とは言っても、他の騎士にすれば通常の規格ですが――が更に長大な青光を帯び、射程も威力も数倍になる。


 剣の強化は魔法剣士の基礎中の基礎。今後は一撃一撃を丁寧に紡いで行く。私も一息に勝負を決めようとし過ぎていた――舐めていたことをお詫びします。バステナ。


 そして、その覚悟に応えましょう。


 私はすう、と大きく一息を吸い。

 自分でも少し気恥ずかしくなるくらいの啖呵を、吼えた。


「貴女の望み通り、真正面からの叩き合い! お付き合いします!!」

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