6-3 そうだ、追放しよう

「…………」

 

 オヴラの言葉を受け止めた次の瞬間にはもう、きっととんでもなく落ち込んでいる上に、恐ろしく怒っているであろうバステナの部屋の前に立っていた気すらした。


 いやほら、考え事をしていると時間が飛ぶ感じがするだろ?それだよそれ……。


 ……くそ。来てしまったからには仕方が無い。


 ノック。返事はない。

 でも何かの物音はした。

 ――ええい! 強行突入だ! 無理にでも入れば良いんだろ、オヴラ!


 入った。


「バステナ」

「…………」


 バステナは、例の豪華な天蓋付きのベッドに伏せ、枕に顔を埋めていた。

 ああ、まさかそんな……そんなお前。

 そんなわっかりやすい落ち込み方を。



 ふと、気付く。

 バステナはトレードマークである、黒三日月をあしらった青い三角帽を脱いでおり、その辺の床に雑に放り出していた。


 ……鮮やかなオレンジ色、少しハネ気味のショートヘアが踊る後頭部をまじまじと見る。うん、角も生えてないしハゲてもいない。最期に確かめられて良かったよ。


「バステナ」

「……何?」くぐもった返事。

「きちんと話をしようと思ってな」

「話すことなんてないくせに。もう決めちゃったんでしょ。いつもみたいに……いつもと、みんなと、おんなじだ」

「それは……すまないと思ってる。本当に」


「ウソつき」

 バステナは更に枕へ顔を押し込んで、微かに震えた。



「…………」

 オレは。


 オレはどうすればいい? いや、どうすれば良いかは、もう決めていたんだ。

 ただ、それには少しだけ、勇気が要る。少しだけで良い。


 オレは深呼吸をした。それで充分だった。



「……ああ、本当にめんどくせえな。ガキじゃあるまいし、駄々こねてどうにかなる程度の問題と思ってやがんのか」

「……!?」


 バステナがあからさまに反応する。まるでオレからケツを引っぱたかれたかの如くびくりとして、そしてすぐさま跳ね起きた。

 

「お前の前では一応、最低限のの礼節を保ってきたつもりだけどな。もう飽き飽きだ。気を使ってやってればやっただけ調子に乗りやがってよ。こっちの気苦労も知らないで、毎度のように何かしらのドジを踏んで。お前のような理解力の欠片もねえ、頭の悪い魔導士には初めて出会ったよ」


「レオド—―」


「お前にはオレの目的を話したよな? オレの目的はアーベンクルトの中枢に近付くことだって。予定プランとは大違いだが、六曜イニチアチブが接触してきたのなら、いっそ逆に利用してやればいいだけだって気付いたのさ。むしろ近道になる。だから俺はナリュースの元へ行く。だからもうお前は必要ない。お別れだ」


「………」

 驚きと恐れに目を見開いたバステナは、何かを言おうとして、ただ首を横に振るだけで。

 

「何度も何度も言ったよな? オレの話を良く聞けって。アーベンクルトの謎に関わるあれこれを、お前がちゃんと聞いていれば余計な苦労もせずに済んでたんだよ。やれすぐに話がややこしい、やれ難解だ、判りにくい、覚えにくい。ぶつくさ文句ばかり。オレがわざわざ手を割いて、旅を意義があるものにしてやろうとしてたんだ。それすらも判らないアホか?」


「……違うでしょ。レオドラス、キミはそんな人じゃないもん。それはキミの本心じゃない――」


「本心だよ。間違いなくな。もう取り繕う必要もなくなったから、言いたかったことはここで、全部言わせてもらう。何がダークフェアリーの末裔だ。ちょっとばかり人より強力な魔法が扱えるからって、すぐ得意ぶるんじゃねえよ。旅に必要なのはそれだけじゃないって、身に染みて判っただろ」


「…………」


 ――そう、お前の魔法の才能は確かに誰にも負けない。でも、それだけではやっていけない。


「散々言っても、いつまで経ってもエリクサーをがぶがぶ消費する癖が抜けない。最近は多少マシになっては来てるけどな。それでもまだまだだ。もし改善したなら、お前は間違いなく最強の魔導士になれたのに、もっと高度なクエストに挑めただろうに、勿体無いことをしたと後悔している。もう俺には関係無いがな。二度とそのツラを拝むことはないだろう」


 ――以前と比べて、アイテム温存のコツも掴んできた。今のお前ならたぶん、もう大丈夫さ。少しは不安だけど。それでも、大丈夫。


 あれだけの底力があるんだ。どんなパーティにだって対応できる。

 もう俺無しでも、やっていける。


 そう思うのなら、どうしてこんな風に振る舞うかって?

 それはバステナに未練を残さないため……バステナが、じゃないぜ?

 

 俺自身が、バステナへの未練を残さないためだ。

 二度と顔向けできないくらいにしておかなければ、俺はきっとこの先も、迷い続ける。だからこうして断ち切っておく。ああそうさ。結局は自分の為だ。


 これこそ自分本位。身勝手な話だろう。

 オレは間違っているか? このやり方は間違っているか?

 

 でもな、やっぱり俺は基本的にひとでなしなんだよ。



「……別に、生き別れる訳じゃないと思ってた。またいつか旅が出来ればそれでいいって納得しようとしてた。そして、キミのことを知りたかった。もっとお話ししたかった。妹さんのことだって……でも、もういい! 出てって。大嫌い……っ!」


「いや、まだだ。お前には、言いたいことが、沢山ある。まだ伝えてないことが」

「出てってッ!! 大ッッ嫌い!!」

 

 いつも以上に荒れ狂ったバステナが渾身の力で枕を投げつけて来た。

 

 そうか、もう良いか。やり過ぎた。すぐ調子に乗り過ぎるのは俺も同じだな。

 

 しかし、もう一つ残ってるぞ。


「その前に、『解散』だろ。さあ、とっとと手を出せ」

「ッ……!」


 バステナは俯き、震えながら。躊躇しながら。

 最期まで抗うように、しかし結局は右手のグローブを外し、素手をかざした。

 

 オレも同様にする。バステナよりも、ずっとあっさりと。

 

 オレたちの掌が重なる。

 ある種の誓印である、光の図式が軽く広がった。

 そしてそれは、破れて砕けて、散った。


 パーティ契約なんて、この程度のものだ。


「…………」


「じゃあな。バステナ。お前との旅は……」

 本当に――

「――まあまあ楽しかったよ」




――――――――――――


 顔を上げる気力すら失ったバステナをベッドに残し、部屋を出ると、廊下の壁にオヴラが寄りかかって立ち、こちらを可笑しそうに、少し怒っているように、ついでに呆れているかの様な複雑な笑みを向けていた。


「うっわぁ……ヒドいフリ方すんのね、アンタ。いつもあんなんなの?」

 このアマ全部聞いてやがったのか。

「この耳は飾りじゃなくってよ」


 そう言って長耳をぴこぴこと動かして見せた。器用だなそれ! びっくりした。



「……これでいいのさ」バカボンの親父もそう言ってた。

 それに、フったというのは語弊がある。あくまでもパーティを解散しただけなんだし……とは言え、勿論これだけで良い訳がない。


 何だかんだで、バステナにはまだ支えフォローが要るだろう。

 オレがバステナを突き放せたのは、今はもう、オレ以外にあいつの助けになってくれるはずの友人たちが居るからだ。


 例えば、今目の前にいるハーフ・エルフのエロ女。

 

「オヴラ、頼みがある。暫くの間でいいから、あいつの面倒を見てくれないかな」

「言われなくたってそうするわ」

「……ありがとう。ただ……妙な事は教えんなよ?」


 その服のセンスとか。

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