5-2 初心に返ろう

 よぉーし。ノって来たぞ。良い感じだ。


 首尾よく『龍用の認知補正薬』の材料の一つ目を見事にゲット。この調子で残りの材料もどんどん片付けていくぞ。そりゃもう根こそぎ取り尽くす勢いで。


 だからほらバステナ。いつまでもぷんすか怒ってないでキリキリ歩け。

 大滝の件をだいぶ根に持っているようだが、それは一旦置いとく。


「ていうかさ、私にもリスト見せてよ!何するかあらかじめ判ってたら、私の方だって色々と用意のしようもあるでしょ。だいたいさあ、いっつもレオドラスは勝手に行き先決めてさあ、いきなり雑に『これをやれ』って、そんなんばかり……お腹空いた。ちょっとエリクサー飲んで良い?ねえちょっと」


 判ったよ!ただ、オヴラが調合してくれるまで補充がないからな。大事に飲むように。

 

 というかその辺はメサージオール邸で散々話し合っていただろ。凹んで聞いてなかったお前が悪いの。



 それはともかく、お次の目標は【チビゴミタンソクヒゲヤスデ】だ。


 ひでえ名前。

 


―――――――――――――――――――――


「え、何?その大岩をどうするの?押して……そして?ぎゃっ――」

 

 うぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞっ!!

 

「――――――――――――――――――!!」

 バステナの悲鳴が限界突破した。最早「ピー」というレベルの音域に達している。




 渓流にほど近い、開けた森の中。

 それなりに歩き回ってようやく見つけた、手頃な大きさの花崗岩。


 ひっくり返した白岩の裏と地面には、数千数万の【チビゴミタンソクヤスデ】がびっしり。 


 名前の通り府肉食性スカベンジャーの小型のヤスデで、足が通常の種より微妙に短い。オレたちの目当ては何らかの理由で『ヒゲ』を生やした個体である。


 突然の日光に驚いた虫どもは一斉に動き出し、とにかく近場の物陰を求めて、ざあっ!という音すら立てて、四方八方に散った。


 そう、例えばバステナのゆったりしたローブなんかはうってつけだね。


「にぎゃあああ!足に!ズボンに!寄ってたかって!あああ!なんで私の方ばっかに集まってくんの――あああ!ああああ!!あああああああああ」

「慌てるな、毒もねえし噛みついたりもしな『ああああああ!』。ほら、ヒゲのある奴を探『ああああああ!!』」


 オレは全然平気だ。だってちゃんと虫除けをしてるから。

 さっき、 避蟲菊ひちゅうぎくの粉末を燻した煙を浴びてただろ?え、言ってない?

 そうか、まあ、してたんだよ。オレは。


「ああああ、ズボンの中、ズボンの中に!!」

 


―――――――――――――


「――居たああ!!……取ったあー!!」

 ヤスデまみれになったバステナが喝采をあげて、手に掴んだチビゴミタンソクヤスデを天高く突き上げた。


 グッジョブ。


―――――――――――――――

 


 目的のブツを得たオレたちは、無事に下山し、アーベンクルトへの帰途につく。

 バステナの方は無事と言えるのかどうかは疑問だけど。

 

 散々な目に遭った(遭わせた?いやオレなりにバステナを気遣ってのことだ。オレは悪くない)バステナをなだめる意味でも、途中、いい感じに開けた丘に辿り着いたところで一旦休憩。遅めの昼食をとることにした。


 メニューはレプリム渾身の豪華サンドイッチ。鹿肉と葉野菜を贅沢に盛り込んだ、異国の香辛料の香ばしい香りが食欲をそそる、逸品――。


 しかしそんな供物を捧げ奉っても、まだまだバステナ様の怒りは鎮まらない。

 そんなしかめっ面じゃ、せっかくのご馳走も、味を楽しめないぞ。


 今日の行程は戦闘もモンスターも魔法もエリクサーも関係無い、手応えのないものかもしれない。だけど、新たな場所で新たな景色を見る。ついでに美味いもんも喰う。それこそが旅の本質だし、その初心を忘れてほしくはないんだけどね。

 

 それにほら、海沿いに広がるアーベンクルト王都を一望できるこの絶景だ。

 歴史上最大規模の人口密集地。ど真ん中に建つ広大な王郭を中心に、幾万もの人々が数千年の歴史を積み重ねた、それそものが魔法や奇跡を体現する都市――


 ――ダメ?そっか。けっこう壮大な景色なんだけど。例えば、都市全体を縦断するクソでけえ城壁群の話とか……ダメかやっぱ。バステナちゃんはホントこの手の話題に興味無さそうなんで、普通に話すだけにしておくよ……。


 オレは、傾き始めた午後の陽射しに目を瞑った。

 

「――思いのほか時間が掛かったな。しかし今日中にもう一つ片付けよう」

「もしかしてまた虫だったりする?もうそうだったら、私はたぶんキミを殺す」

「ああ……え?ああ、うん、心配するな。大丈夫。虫パートはもう終わり」

「ホントに?ウソじゃない?もしウソだったら……」 

 

 嘘だったら、何だよ……。

 流石に今日の扱いはちょっと酷すぎたか。


 叫びに叫んで掠れた声も相まって、余計に不穏に響く台詞を呟いたバステナの機嫌を損ねないよう、オレは素直にオヴラのリストを渡すことにする。ほらね?本当でしょ?


「……風車苔?」

「そう、風車の駆動部の陰にだけに生える苔。面白いだろ?野生種は確認されていない。何故人工物である風車にだけ生えるのか、風車の登場以前にも存在していたのかどうか、未だ不明ことばかりのものらしい」


「それは、風車に宿る特有の魔力を栄養にしてるんじゃないかな、普通の風にも微弱な魔力が含まれてるもん。風を別の力に変換する時に分離した魔力が堆積、凝縮して、生まれた種だと思う」


「……」

 オレは目を丸くする。普通に納得してしまった。

 やるじゃん。魔法に関わる話ならやはり有能だ。

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