5-1 エリクサー×フィッシャー
「はいコレ。必要な材料の一覧。どれか一つ欠けても駄目だからそのつもりでね」
メサージオールの『検診』を終えたオヴラから渡されたメモは、見た事もない名前がびっしり、つらつら、長々と書き込まれた羊皮紙の、クソ分厚い束。
「あ?何だよこの量は!ふざけてんのか、こんなに集められる訳……」
よく見たら一品目ごとに、それぞれ入手場所、見た目や特性などをがっつりまとめあげた百科事典のような構成で。材料そのものの数は十五かそこら。ふざけたどころか丁寧に作ってくれただけだった。怒鳴ってすまん。
ここはメサージオール邸の客室の一室。例に漏れず豪華な家具に囲まれた部屋で快適にくつろぎながら、オレたちは今後の『材料収集』の予定についてあーだこーだと話を進めていた。
オレは『リスト』をめくりめくり、素材それぞれの入手経路の見当をつけていく。
「睦月草……火山林檎の種……魔銀魚の肝臓……アメフリアシナガコガネにのみ寄生する冬虫夏草……?んだよこれは……」
「知らない?珍薬として有名なんだけど」
そんなん知らんわ。この霊薬オタめ。オタクの悪いとこが出てるぞ。
特定のジャンルの尖った知識をさも常識かのように語ってはいけません。
「良い?アメフリアシナガコガネだからね?アメフリアシナシコガネモドキと間違わないように。アメフリアシナガコガネは甲虫目アシナガコガネ属の主種だけどアシナシコガネは同目別属の近縁で、その生態環境の違いから全くの別物と言って良いわ。特に幼虫期の食性の違いから体組織の組成そのものが――」
あーあーでたでた。オタク特有の早口だよ。目を輝かせてるところ悪いが、あとはこっちでやる。
ざっと目を通した感じ、品目の大半は一般市場で手に入る薬草や食材で賄えるものであり、特殊な入手手段を講じる必要がありそうなブツは、四つから五つと言ったところ。大抵は近場のダンジョンやフィールドで手に入れられるだろう。うん、これなら問題はない、明日にでも出発するとしよう。
「それでいいな?バステナ」
「…………」
「バステナ」
「へっ?あ、うん」
先の戦いからというもの、バステナは落ち込み続けている――という程ではないが、ぼーっとしている時間が増えていた。普段は何かとぎゃーすか騒がしく、うざったく感じてもいたが、こうして神妙に大人しくされているのも、それはそれで少し物足りないよ。
―――――――――――――――
とりあえず、このリストに従うなら、材料の収集は2、3日で終わるはずだ。
これでオレたちの旅もようやく本来の軌道に乗る――
しかし、品目の最後に記された名前を目にしたオレは、呻いた。
「女王ゾウの牙粉末……これ、禁制品じゃねえか」
「法律が怖くて霊薬士やってられんないわよ。それ、絶対に必要だからね」
「アホか。条約で保護されてる絶滅危惧種だぞ。それに生息域は大陸の反対側。行って帰るだけで二カ月は掛かる」
「だからこそ高額で取引もされてる。ヒントは……密輸、港、闇取引」
そうかそうか、つまり、港を根城にする反社会勢力の縄張りにノコノコ顔を出してお買い物してこいって言うのか。別にヤクザだのマフィアだのが怖い訳じゃあないが、あの手の連中は、色々な意味で面倒臭いんだよなあ……。
まあ、その件については後で策を練ることにしよう。
「ところで」
オヴラはこのままメサージオールの屋敷に滞在できるよう、話をつけておくことにする。
霊薬士を狙った連続殺人の件もある。この屋敷なら、衰えたとて一応はドラゴンの聖域。都市やそこらを半裸同然でほっつき回られるよりはずっと安全だろう。ついでに消費したエリクサーの補充も頼みたいしな。
しかし、概要を伝えたレプリムの反応は芳しくなかった。
「勿論、私としては大歓迎っすけど……」
「あのじいさん、今でこそ落ち着いてるっすけど、若い頃はしょっちゅう女性を連れ込んでましてね」
「オヴラさんはとても魅力的ですし、メサージオールさんにはちょっと刺激的すぎ……うーん、まあ、気を付けてもらう必要があるかもっす。いろいろと」
何だそりゃ。ただのクソボケドラゴンジジイじゃ飽き足らず、クソボケエロドラゴンジジイでもあったのか。属性乗っかりすぎだよ。
「あら、そう?うふふ、ありがと。レプリムちゃん」
オヴラは平然と喜んでいる。
そのまさにエルフっぽい長耳は、褒め言葉しか聞こえないんか。
ところでそのクソボケエロドラゴンじいさんの様子は?
「悪くはないっす。けどそろそろ危ない時期に入るかもっすね。力を制御できなくなったら人の姿を保てなくなるっすけど、まっ、あたしはその時の為に居るんで」
レプリムはいっつも持ち歩いているデッキブラシをすちゃっ、と構えて、不適な笑みを浮かべた。
……え、それ武器?
あ、そうだ。武器と言えば。
剣、貸してくんない?
これ程のお宝をかき集めてある屋敷なんだ。
それなりの剣の一本や二本くらいはあろう。
―――――――――――――――――――
翌日、オレとバステナは連れ立って、アーベンクルト北方の緑山を訪れていた。
目当ては、オヴラのリストに記載された材料の一つ【オオタキカゲロウの上翅】。モンスターという訳ではなく、巨大な滝にのみ生息するというごくごく普通の羽虫である――
――普通ではないか。滝は滝でも、まさに『落下する滝の中程付近』に棲むという点では、やはりただの虫とは言えない。
「うわー、高っか……本当にこの水飛沫の中に混じって飛んでるの?」
「そうらしいな。オレも実物は見たことないが、オヴラを信じるしかない」
落差およそ50mはあろうかという大滝の上部、断崖絶壁に並び立ったオレたちは、膨大な奔流が荒れ狂う轟音に負けじと、声を張り上げる。
「でもさ、どうするの。その虫が居るのって滝の真ん中なんでしょ?言っとくけど、私も流石に空は飛んだりはできないからね!」
どうするのって?
こうするの。
オレは、滝を覗き込んで震えあがっているバステナの背後で、こっそり、鞄からロープを取り出した。
ある意味で、飛んでもらう。
―――――――――――――――――――――
「ぎゃー!いやー!!」
ええい騒ぐな!大人しくしろ!
「やめてぇ!!やだって!やだっつってんでしょ!ひとでなし!ひとごろし!!誰か助けてぇ!!」
「うるさい!お前の方が軽いだろ!!見てみろ、こんなロープじゃオレの体重を支えきれやしない」
「判ってるなら最初っから丈夫なのを用意してくればいいだけだったんじゃないの!!」
うん、それはそう。でもほら、戻るのも時間の無駄じゃん?
ほら、虫取り網持って?
よし、その胴体にしっかりロープをぐるぐる巻きにしたから、ね?
「やー!やだって!もう!ぜっ……たいに許さないからね!え、ホントにやるの?ホント……ぎゃあああああああぁぁぁぁぁ――……」
バステナの絶叫が遠ざかる。
何故かって?
ロープの固定が終わったので蹴落としたからです。
自分の意思で降りさせようとしても、きっと不毛な大騒ぎが続くだけ。それならいっそのこと、さっさとね?
心配するな。ちゃんとゆっくり降ろせるようにオレが支えてる。オレのロープワークは天下一品だぞ。騎士団時代に悪党どもの根城を壊滅させた時も、屈強な男を迅速に制圧、全員縛り上げてやったくらいだし。
「バステナー!どうだ、オオタキカゲロウはその辺に居るかぁー?」
「―――――」なんか言ってるが聴こえん。
「滝の音で聞こえない!居るならロープを一回強く引っ張れ。居ないならそのままもう少しそのまま、待ってみてくれー!」
釣りの要領だ。
バステナ、頑張れー。
―――――――――――――――――――
そのご。
十分程度の
滝の飛沫を間近で散々浴びてズブ濡れだ。
オレの位置からじゃ見えなかったが、宙吊りのまま泣きながら虫網を手当たり次第にぶんぶん振り回している光景はなんとなくイメージできていた。だいたい合ってると思う。うむ、大変だったな。
しかし、よくやったぞ。おかげ虫網一杯のオオタキカゲロウをゲットだ。指定された量よりも些か余計に集め(過ぎ)てしまったようだが、くくく……余分なぶんは売り払って資金の足しにすりゃいい。寿司でも食おうぜ。
「信じ、らん、ない……!あたま、おかしいんじゃないの!!」
「さ、今日はまだまだ他の素材も集める予定だ。次へ行くぞ」
「レオドラス!!」
「……ちょっとは元気出ただろ?」
「はあぁ……っ!?」
悪かったな。一連の暴挙はわざとやっていたという部分もある。
だって、さっきまでのお前が、あまりにもお前らしくなかったからさ。
だからオレは、いつものオレを、もう少しだけオレらしくしてみた。
「……?……??ねえちょっとどういうこと……レオドラスってば!」
呆れ半分、怒り半分で困惑していたバステナを軽くあしらい、オレはせっせとオオタキカゲロウの塊を袋に詰め終え、立ち上がった。
「もうっ……わけわからんわ……。元気出たは出たけど、いくらなんでも限度ってもんがあるやろ……」
オレがあまりにも普通に支度を整え、とっとと歩いて行くので、バステナも止むを得ず身体に巻きついたロープを片付けながら、ぶつくさ、とっとこ着いてくる。
うん、それでこそいつものお前だ。お前はそれくらいぎゃーすか文句を言いながら、時には本気でキレたりしながら、賑やかにしている方が似合ってるよ。
それはそれとして、今、ちょっと言葉遣い変わってなかった?
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