第五幕
幕間:「512 BAD BLOOD」
私の初めての記憶は「なんで私には皆と同じ、黒い羽根がないの?」と、おばあちゃんに訊いたことです。
物心ついた時にはもうおばあちゃんよりずっと背が高くて。里の皆は木の上の、花で飾られた素敵なお家に住んでいて。私たちは地面の小屋で暮らしていて。
皆のすらりとした綺麗な黒と紫の身体とは違って、私は地味な青白い肌で。
里の皆がダークフェアリーと呼ばれる希少種だと知り、私はそうではないことを知ったのは、おばあちゃんが色んな勉強を教えてくれるようになってからでした。
里の歴史のこと。ダークフェアリーや人間のこと。そして、魔法のこと。
でも、おばあちゃんたちも里で隠れ住み始めてから長い、長い時間が経ってしまっていて、その内容はとてもとても古いもので。
おばあちゃんは、自分の死期が近付いていることを判っていたんだと思います。
だから、本当に一生懸命、色んなことを私に覚えてもらおうとしてたんです。
おばあちゃんが飛べなくなってしまってから間も無くのある日、私は綿で出来たベッドで休んでいるおばあちゃんから、大事な話を聞かされました。
「――せやからね、私が死んだらアンタは里を出なアカンよ」
「おばあちゃん、そないなこと言わんといてえな……イヤや!もっとおばあちゃんと暮らしていたい。それに、あたしは……人間なんてもんの中で生きていける気もせえへん!」
――えと、ごめんなさい。ダークフェアリーは訛りが強いの……。
でも大切な思い出だから。そのまま話すね?
「アホ!それでもアンタは人間や!アタシらはいずれ滅びる種族。周りを見てみい。ジジイとババアばっかりやん?皆、老い先短い老いぼれや。けどアンタには未来があある。きちんと現実と向き合わな!」
「おばあちゃん……」
「私かて人間は大嫌いや。あいつらホンマ……霊薬の材料や言うてすぐ羽根をむしりよる。それだけやあらへん。口にするのも悍ましい真似を、平気でしよる」
その話は、これまでも何度となく聞かされてきました。
ダークフェアリーの身体は人間にとって貴重な魔法素材であること。
その為に過去、何度も大きな戦いがあったこと。
その話を聞く度に、私は『人間ってどんなに恐ろしい怪物なんだろう』と思い、そして私がそんな人間の一個体であることに悩んでいました。
「……ごめんな。アンタは違うんやで。優しい子や。それに過去は過去……アンタの出自を理解して、受け入れてくれる人間も、きっとどこかにおる。せやけど、迂闊にダークフェアリーの血筋やという事はバラしたらあかん。気ぃつけや」
「……うん、判った」
「それから、アンタのオカンの事やけどな……」
「うん」
「生きとるで」
「ホンマ!?」
その日から程なく、おばあちゃんは亡くなりました。
私のお母さんの話は……実は、あまり覚えていません。
たぶん、覚えていても良い気持ちになるような話じゃなかったんだと思います。
これも里を出た影響かな。
あくる日、里の皆が、おばあちゃんのためにダークフェアリー式の立派なお葬式をあげてくれました。沢山の……本当に沢山の花が森じゅうを舞い、小鳥たちが歌う、素敵なお別れでした。
その後私は、おばあちゃんを小屋の近くの静かな木立の間に埋葬しました。
地面に穴を掘るのはダークフェアリーの皆より、私の方がずっと向いてた。
ふふ、皆より身体が大きくて良かった。
そして私は、もう済ませてあった旅支度を揃えて。
それから、大好きだった里の皆にお礼とお別れを告げました。
その日は、とても、森の外が、騒がしくなって、いく。
――――――――――――――――――――
人何隠故何ド ソデデ綺
間故匿ニ故ウ レモモ麗
判ノ侵 シ モソオナ
人ッ魔入何テ 全レ願思
間タ法者故 部デイヒ
ハヘ ヤ 忘イ 出
大ド里ハ何メ レイ ダ
勢ウヲ無故テ ル ケ
ノヤ出意
人ッル味何許 残
間テ者ダ故シ シ
知ニッ テ
人ッノタ何テ
間タミ 故
ノ 働
群ノク
レ
――――――――――――――――
頭が、痛い。
――――――――――――――――
「――あなた、クビよ」
「えええっ!?そんな急にっ……」
「毎度毎度ごっそり薬品を使って!折角の報酬もほぼパーになってるの。もう付き合ってらんないのっ!!」
「それは、キミたちが少ない報酬のクエストばっかり受けてるから……」
「うっさい!一応、分け前はあげるから、とっとと出てって!」
ううう。またパーティを追放されちゃった……。
何も蹴り出さなくたっていいじゃない。お尻痛い。
里を離れてそろそろ一年。肝心なところは全然忘れちゃったけど、どっかの村の近くで行き倒れてたのを助けてもらってからというもの、色んなパーティに雇われて戦ってる。
お金を稼ぐのって難しいんだねえ……。すぐクビになっちゃうし。これでもう……何回目かな。
我ながら呑気だなーって思う私でも、ちょっと落ち込んじゃいそう。
でもさ、皆、浅いダンジョンばかり行って、弱い敵とばっかり戦ってるんだもん。
せっかく私の高位魔法があるんだから、もっと高難易度のクエストに挑戦すれば良いのに!
あ、私はバステナ……そう、たぶんバステナって名前。
時々忘れちゃいそうになるんだよね。おかしいな。とても大切な名前のはずなのにね。
――――――――――――――――――
「こんにちは。おじさん……」
「らっしゃ……バステナか。何だそのツラ。またパーティを追い出されたのか?」
「そんなとこ」
私は、村の外れで古物商?をしているおじさんの小屋を訪ねた。
私ってさ、エリクサーを飲んでないとすーぐ頭が痛くなっちゃうんだ。
ひどい時は記憶も曖昧になるくらいに。
皆はエリクサー中毒の禁断症状だって言うけど……ホントかな?
たぶんだけどダークフェアリーの血のせいじゃない?
そして大抵のエリクサーは、どれもこれもすんごく高価。
余計に使っちゃうのを、皆が怒ってる理由も判ってるつもり。
そんなエリクサーを、このおじさんの店では他より安値で買えちゃうの。
「いつものエリクサー、お願いしていい?」
「そりゃ、良いけどよ……何度も忠告してるだろ、俺の扱ってるブツはほぼ密造、闇ルート軽油の劣悪品か失敗作だぜ?安いだけの理由がある。間違いなく身体には良くない。俺が言える立場じゃないが、ちゃんとした正規品をだな――」
「平気だってば。私、身体だけは丈夫だもん」
「そういう問題じゃねえんだけど……仕方ない、仕入れたばかりのが奥の棚に並べてあるから、適当に取ってきな」
「はーい。ありがと、おじさん!」
蜘蛛の巣だらけの薄暗い部屋の奥、おじさんに言われた棚に向かって、ぎゅうぎゅうに並べられた薬瓶を見比べていると、店に新たなお客さんが入って来た気配を感じた。
「――親父。久しぶりだな」
「おお、兄ちゃん。待ってたぜ。注文の品はばっちり確保した。いつ来るか判らなかったから倉庫の奥に隠してあっけど」
「声がでけえよバカ。隠してるって言葉を使ったら隠してる意味がないだろうが。そういう時は隠語を使え。とっと案内しろ」
「はいはい。相変わらず小うるせえヤツだな。おっと。得物は外してけよ。倉庫には妖ネズミのケージもある。あいつらは極端な金属アレルギーでな。特に剣が近づくと一晩中キーキー喚きやがるんだ」
聞くからに神経質そうな声と文句。振り返った時には、その声の主はおじさんと一緒に『倉庫』へ行っちゃってた。
まっ、いいや。
私は目当てのエリクサーの瓶を両手にたっくさん抱えて、カウンターへ持って行こうと――
――ガン!がらがらぐわっしゃん!
「きゃっ……!?」
何かが足に引っ掛かり、私はおもいっきり、結構な勢いで転ぶ。両手からエリクサーの瓶がぼろぼろと落ちる――。
「やっばッ……!!」
慌てたけど、良かった……エリクサーの瓶は『ほぼ』無事。
だけどいくつかは割れちゃった。
そして、それから零れた、煙を上げるくすんだ液体は――私が蹴っ飛ばした、剣――何でこんなトコに置いてんの!?――にたっぷりと掛かってしまっていた。
さっきの『お客さん』の剣かな?いけない。すぐに拭いとかなきゃ……!
私はまた大慌てで、剣を収めた黒革の鞘を拾う。
そしたら――。
「てめえ、何してやがるッ!!」
「!!」
いつの間にか倉庫から戻ってきていた、金色の長髪の剣士っぽい男が、私の腕を強く掴んだ。
「あっ……あの、いや、これは」
「離せ、それはオレの剣だ」
いきなりのことにびっくりした私は『彼』の剣を、言われるがままに離した。
「レオドラス、そこまでキレるこたないだろう……エリクサーを落としちまったから、拭き取ろうとしただけだろ、な?バステナ」
「てめえんとこの劣悪なエリクサーをな。見ろよこの煙、刃に沁み込んで腐食でもしやがったらタダじゃ済まさん」
「あ、あの……ごめんなさい」
「…………」
あ、無視!?何こいつ!
「……大事な剣を汚しちゃったのは謝るけど、そもそもそんな大事な剣をさ、人がつまづくようなところに適当に置きっぱなしにする方が悪くない?」
「あ?何だとコラ」
「はははッ、そりゃそうだ。バステナの言う通り、一本取られたなレオドラス――」
「黙れよゴモト。……お前、バステナって名前なのか。良い度胸してるじゃないか、このオレへ一丁前に文句を垂れるとはな」
「……ふんだっ」
正直に言っちゃうと、パーティをクビになってちょっとムカついてたんだよね。
何を偉そうに!誰だか知んないけど、キザを気取っちゃってさ。
思わずイラっと来て言い返しちゃった。
「まあまあ、二人とも落ち着け」
おじさんはにこにこ笑ってるし。私たちのけんかを面白がってんの?
「そうだ、丁度良い。レオドラス。お前、今度の大仕事とやらで組む相棒を探してるって言ってたろ?遠距離戦闘特化のエキスパートをご所望だったよな。そいつはどうだ?こう見えてかなりの凄腕、強力な魔法の使い手だ。ただ……」
「ただ、何だよ」
「ただ、燃費が恐ろしく悪い」
「ふむ」
レオドラスと呼ばれた剣士は、私の姿を、帽子の先からつま先まで、値踏みするように、観察するように、確かめるように……って、胸とか見てない?
今、絶対に見たでしょ!!
「それは問題ない。きちんと仕事をしてくれるなら」
「ちょっと、おじさん!そんな勝手に――」
私の意思は!?
私にだって相手を選ぶ権利くらいあると思うんだけど……。
だけど。
「あのな、俺だって慈善事業でやってる訳じゃねェんだ。お前のエリクサーのツケはだいぶ溜まってきてる。そろそろでけぇ仕事をしてもらわにゃ、俺も困るんだよ」
「……う」
いつもにこにこ、親切だったおじさんが急に真顔になり、声も低くなった。
「断るなら、花街へ売り飛ばす。てめえみたいなガキを悦ぶ客はいくらでもいるぞ」
「その辺にしとけ、ゴモト。脅しにしても程度がある」
少し張り詰めた嫌な雰囲気を、レオドラスが遮った。
「……判った。こいつを雇うよ。そしてお前にも
……あれ?もしかして、この人、今私を庇ってくれようとした?
「金さえ回収できれば、文句はねえさ」
「決まりだ。それじゃあ例のドラゴンポーションと合わせて、アーベンクルト金貨で五枚」
「毎度あり。それにしても龍の力を得る禁薬ねえ……そんな大それたもん、どこのどんな相手に使おうってんだか」
「切り札は多ければ多いほど良いもんなんだよ」
―――――――――――――――――――――――
そうして、私はレオドラスの『相棒』として、共に旅をすることになった。
その後のことは……たぶん、皆、知ってるんじゃないかな?
「――とりあえず低級のクエストをいくつかこなしてみよう。お前の実力とやらを確かめたい」
勿論!びっくりさせてあげちゃう。
せっかく拾ってもらったんだもん。絶対に後悔させないからね。
「で、なんでお前はMP消費してる訳でもないのにフツーにガブガブとエリクサー飲んでんの……?」
ん?ああこれ?うん……まあ別に良いじゃない?
そのぶん、すっごく働いてみせるよ――。
――――――――――――――――――
幕間:「512 BAD BLOOD」
了
至
『その者、エリクサー中毒(エリ中)』
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