4.09 ネクストステージ

「――は?今なんと?」

「だーかーら。オレたちはこの件にはもう関わらない。誰が何をどう企もうが知るか。勝手に巻き込むなよ。オレたちはオレたちの目的があるんだっての!」

「君は……ホント……バカなんですか!?以前からずうっと疑ってましたけど、この期に及んでまだ……また責任から逃げるつもりですか!」


 ぷんすか怒るナリュースを尻目に、オレは悲鳴歯車との死闘の末、折れてしまった愛剣を確かめる。

 エリクサーの件もだが、この剣の代わりもなる早で探さないといけない。


「聞いてるんですか、またそうやって無視して――」

「それくらい感情を露わにした方が可愛いよ、お前は」

「っ……!関係ないでしょう!!」


 ナリュースが真っ赤になる。剣に気が向いているから適当にあしらっただけなのに真に受けやがって。ちょろいちょろい。


 だが、ナリュースもオレの剣の亡骸を見て、眉をひそめて。

「……そんな剣でよくやってこれましたね」

 そしてまるで、周囲に聞かれまいと、何者かに咎められるのを恐れるかのように、声を落とした。


「君の剣は、今もまだ厳重に封じてあります。君が望むなら、非公式な形で返却することもできますよ」

「はッ、とっくにそこらの二流騎士にくれてやったもんだとばかり」

「そんな訳ないでしょう。あの剣を手にして、正気でいられたのは君だけです」

「正気ね。それも怪しいけどな」

「君が何と言おうとも、あの剣は途轍もない力を秘めている。愚かな誰かの手に渡るよりは……それに、君の目的とやらの助けにもなるのでは?」

「舐めんな。一度返上した以上、二度と触れるつもりはない。剣士としての矜持だ。にもそう言っとけ」


 そりゃ、すげえ武器を使えば、簡単に自分自身が強くなった気にもなれる。

 そういう代物を求める連中は昔から後を絶たない。

 だけどな、良い剣士ってのはどんなボロクズでもそこそこ戦えるもんさ。

 そして、それなりに大事にしてやるんだ。


 だろ?

 

 オレは、アーベンクルト騎士団を離脱して以来、それなりに世話になってきた鋼剣に、少しばかりの礼と感傷を込めて、軽く撫でてやった。


「……剣が人を選び、剣は人を結び付ける。剣ノ真髄ハ断ツニ在ラズ。それが魔法剣士の掟ですよ。忘れないでください」

「判ってるさ」

『副隊長どの!こちらへ来てください!!』


「――まだ話は終わってませんからね。勝手にどっか行っちゃダメですよ」


 不思議な表情、口調でオレの様子を探っていたナリュースは、全壊した悲鳴歯車の残骸から何やら見つけたらしい部下の騎士たちに呼ばれ、彼等の元へ戻っていった。




「…………」さて、と。これからどうするかな。逃げたいのは山々なんだけど。


 今バックレてしまうと、もしまた今後再会した時に何が起きるか判ったもんじゃない。今度こそ何らかの強硬措置を取られるだろう。


 残るか去るか、考えあぐねていると、それまで座り込み、俯いていたバステナが、唐突に声をあげた。


「……レオドラスがそんな優しい顔してるの、初めて見た」

 へ?

「そう言えば私たちが知り合ったのも、その剣がきっかけだったね」

 あ、ああ……うん?そうだっけ?そう言えばそうか。


「あの時は、剣を勝手に触って怒られちゃったな……大事にしてたんだ?」

「まあ、唯一の得物だしな」

「ごめんなさい。壊れちゃったの、私の所為だよね――」

「気にするな。なるようになっただけさ」

「…………」


「何度でも言うが、あまり他人のことで自分を責めるな。今日のことだってそうだ。お前は誰かを助けられなかったんじゃない。もしかしたら助けられなかったかもしれない誰かを救ったんだ。あの場にオレたちが――いや、お前が居なきゃ、もっと酷い結果になっていたのかもしれない」

 

 オレが知ったふうな口を利いていると。突然。


「……ふッ……ふえぇえぇ……」

 って、ちょっとバステナさん!何で!?そんな急に。いや今のはね、使い古されたありきたりな論理なんだよね。そんな大泣きする程じゃないと思うんだ。


「れ、れれ、れ、レオドラスなんかに、慰められちゃってるのが悔しくてぇっ……」

 ん?それはちょっとおかしい。


「で、でも。ひっく。ちょっぴり嬉しいかな。一応気遣ってはくれるんだ、って」

「一応。一応か。ああ、まあ、一応は」


 複雑な気分だが、訂正するのも野暮だ。オレはお前が考えている以上に、お前のことを大切にしているつもりだから。


 ただ、そう大泣きされても困るのも事実だ。泣かれてしまって困るのは犬のおまわりさんだけで良い。いや何の話だっけ?オレは本当に動揺すると訳判んねえネタで誤魔化す判り易い癖がある。


『いたいた!探したわよ~……って、何してんの。女の子が泣いてるってのに黙って突っ立ってるワケ?それでもパートナー!?信じらんない!』


 なので、聞き覚えがある声がかなりの剣幕でこちらへ近づいて来ていることに、気付くのが遅れてしまったのだ。


「ちょっと、無視?!遠路はるばるやってきたレディにその態度は無いでしょ!!」

 うるせえな、オヴラ!こっちはな、大変だったんだよ――


 ――オヴ……オヴラ?


「オヴラ!?」


 ……何で!?


 たまげた。


 エディシーズで別れたはずの褐色肌のハーフ・エルフが、見覚えのあるローブの下に半ば半裸の衣装そのまま、大荷物を抱えて現れたんだ。どういうことだ説明しろ。


 周囲の街人もざわついてるぞ。


「うっわ~、すっごいことになってる。どうしたの?これもバステナちゃんの仕業?」

 悲鳴歯車との戦闘の痕を見回したオヴラは、のほほんとのたまっていた。


「オ、オヴラさん……?何で?どうして」

 泣きじゃくっていたバステナもこれにはびっくり、再会の歓びよりも唖然として固まっている。


「うふふ。来ちゃった♪」

 来ちゃった♪じゃねえよ!納得できるかそんなもんで。

 旅なんてパス、つってただろうがよ。

「女は気まぐれなの」

 

 オヴラは記憶に新しい、妖艶な笑みを浮かべてウィンクをしてみせた。

 すごいなアンタ、それで説得力があると思ってんのか。

 しかし言い切られてしまってはそれ以上突っ込めない、謎の凄みもあった。

 それは認める。


――――――――――――――――――――――


「――で、腕試しも兼ねて、いっちょ世界最大の都市とやらで旗揚げしてみるか、と思い立ったの。カズカとの一件でハイランド・エルフの連中に目をつけられちゃったしねぇ」

 

 ぽかんとしているオレとバステナへ(ほぼ勝手に)旅の全容を語り倒すオヴラ。

 マイペースも甚だしいが、再会の衝撃が和らいでみると、願ったり叶ったりの状況であることにも気付いていた。

 

「だから、大事になる前にとんずらかました、ってわけ」

 うん。

「というのは建前で、やっぱりあなた達と旅をする方が楽しそうだって思っちゃった。ってのが正直なトコかな?」

 うん。


「でもさ、アーベンクルトと一口に言ってもとんでもなく広いじゃない?どうやって探そうか見当もつかなくてぇ。でもほら、バステナちゃんならきっと良いエリクサーを探してるはず。それなら霊薬絡みの場所を巡っていれば手掛かりはあるだろうと思って、ほっつき歩いてたらさあ、この騒ぎでしょ。興味が湧いて見物に来たらなんとびっくり。あなたたちが居るじゃない。すごい偶然よねぇ」

 うん。


 その辺はいい。まるでしなだれるようにオレにぴったりと張り付きながら喋ってくるのも、まあ良しとしよう。ところで――


「龍用の認知補正薬?もちろん作れるわよ」


 やったぜ。これで目先の問題は解決だ。


 オレはバステナと顔を見合わせる。オレは素直に喜び、思わず顔を綻ばせていたが、バステナは最初にびっくりした顔のままである。無理もあるまい。情緒が乱高下しまくったんだ。


 そのとき。

「いったい何を騒いでるんですか。言ったはずですよ、話はまだ途中です。今後についての協議を――」


 オレの笑顔も凍り付いた。そうだ。ナリュース……。


 用事を済ませたらしく、いつの間にか戻ってきて。そしてオレに寄り添うオヴラの風体と、やや嬉しそうにしているオレの顔を素早く見比べたナリュースは開口一番。 


「……なんなんですか、この頭の悪そうな半裸のハーフエルフは?」口が悪い。

「あら、この声はどこから?ヤダびっくり。ちっちゃくてそこに居るなんて気付かなかったわ、ごめんなちゃい。おチビさん」お前も。


 売り言葉に買い言葉だ。出会った瞬間に、絶対的に相性が悪かろうと確信できる関係性ってのは確かに存在するのだと悟った。



 これはまずいぞ。オレはこの場から一刻も早く去ろうと決意した。

 もう、あとの事は知ったこっちゃない。留まったままでは収拾がつかなくなる。ナリュースのことだ。気に食わない相手には法を駆使してまで報復いやがらせをするぞ。


「ちょ……ちょっと!レオドラス!話はまだだっつってんでしょう!誰なんですかその女は!」

「悪いなナリュース。急用が出来た。そっちはそっちで頑張ってくれ。応援はしてる」

 そうと決まれば即実行。


「行くぞオヴラ、バステナ……おいこらバステナ!」

「何よ!あのチビの方が喧嘩売ってきたのよ!?泣かせてやるわっ……」

「…………」


「バステナ!!」

 

 牙を剥いてナリュースに掴みかからんばかりのオヴラの外套を結構な力で引っ張って。そして呆然としたまま突っ立ってるバステナのローブも引き摺って。


「レオドラスっ!!」

『ふ、副隊長。何事ですか、いったい――』

「うるさい!あなたたちは仕事をしててください!」

「はっはい」


 その場をそそくさと退散したオレの耳が最後に捉えたのは、ナリュースが部下の騎士にキレた声。


 振り返りはしない。きっとすごい顔で睨んでると思う。


―――――――――――――――――――――――



 合流したオヴラを連れ、オレたちは再びアーベンクルトの往来へと歩み出す。


 結構長い間オヴラはお冠だったが、ようやく落ち着いてきたところで本題だ。

 

「――龍用の認知補正薬かあ。さっきは即答しちゃったけど、服用させる相手に一度遭って色々と検査をしてみないといけないかな。龍は個体によって性質が大違い。きちんと確かめて作ってあげないと、とんでもない副反応が出ちゃうから」


 勿論、その程度は想定済み。今オレたちが向かっているのはまさにその老龍が住まう館、メサージオール邸である。


「あと、その結果次第では必要な材料も変わるからね。モノによっては大変よ~」


 つまりまた、お使いクエスト。それも予想の範疇だ。どんと来い。



 アーベンクルトに到着してからまだ二日。随分と経った気もするがオレたちのエリクサーを巡る冒険はまだまだ途中も途中、というよりは始まったばかり――。


 あ、このモノローグはなんかヤだ。まあ、ガチで始まったばかりなので他に言いようもない。


 ともかく、物語は続く。


 出会った人々。これまで起こった出来事。今まさに起きている出来事。これから起こるであろう出来事、別れ。策略、野望、陰謀、渇望。


 そんなものの一切合切が一つになる一点に向けて。


 一人一人のちっぽけな力や意思では決して揺るぐことのない、時代と時代の狭間の奔流を往く者たちの道は、この先で更に交わって。


 オレたちはいつだって、その線上で死物狂いで踊るだけ――



「……で、どう?お二人さんは仲良くやってるの?」

 いやちょっと、オヴラよ。良い感じに〆てる途中だよ!

 いくらマイペースで空気読まないからって、それはいくらなんでも。


 道すがら、ずっと口を閉ざしているバステナの様子を気にしたオヴラが、朗らかに笑ってみる。しかし、放心状態のバステナはそれも無視して、ただ漫然と街の行き先へ向かっていくだけだった。


「……まあ、ちょっと色々あってな」

「ふうん……」

 束の間、思案した素振りを見せたオブラが、つつつ、と寄ってきてオレの耳元で囁いた。


(慰めてあげちゃいなさいよ。ガツンと一発)

 何をだ。


 ……ああもう、台無しだよ全部!

 

 はいはい、続く続く!!

  


――――――――――――――――――――――――――――――――




             エリがぶ!!


              第四幕 


                了!!

             


 


 

 

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