4.08 ゲームセット

 強敵を前にして、唯一の攻撃手段を喪失。


 この逼迫感を余すところなく表すにはどんな話をどの程度すればいいだろう。

 まあいくら考えても『超ヤバい』の一言に尽きるのだけど。

 判る?判んない?判るだろ!

 

「う、うう……レオドラス、今、何が起きたの……?」

 オレが折角、剣を犠牲してまで放った大技も、バステナは全く見てなかったようだ。……うん、それはいいよもう。


 蹲り、お腹を押さえてうんうんと唸るバステナへ、オレはシンプルに応える。

「剣を失った」

「えぇ……?それって……」


 流石のバステナも状況を察したようで、困惑した表情がさっと青褪める。

 いや、急に動いたから腹の具合が悪化しただけの可能性もある。

 

「す……少しでいいから、持ちこたえて。少し休めば大丈夫だと思うからっ……!」

「言われなくても最初からそのつもりだよ」


 つーか、そうするしかない。

 ただ、それはバステナの快復を待つという意味ではない。


「まあ、潮時だ。人間負ける時は負ける。それはいつだって覚悟している。為す術が尽きたのなら、その時はその時。流れに身を任せてしまえばいいさ。お前がそう言ったんだぜ?」

「……!?何言ってるの。まだ私たちは負けた訳じゃない!!」


 急に悟った様子で余裕ぶるオレに、バステナが吼えた。

 悔しいか?でもな、本当に、無理する必要はないんだよ。

 だって、いい加減『そろそろ』のはずなのだから。


 ……ま、焦らしても間延びするし、バステナを無駄に怒らせるだけなのでさっさと種明かしといこう。

 




「――華葬・芽吹」


 ――ほら来た。


 小さな冷徹な囁き。しかし何者をも貫く、強い言葉。


 オレとバステナの背後から発せられた、ごくごく短い詠唱の直後、白い花のような光が咲き誇り、そしてオレたちを掠めるように疾走した夥しい数の白光の柱の列が、自己修復中の悲鳴歯車へ襲い掛かった。


『ガゴゴゴゴゴゴッ!』

 歯車の咆哮なのか破壊の証なのか。ともかく強烈な衝撃が、辺りを揺るがす。

 無数の白光の直撃を受けた悲鳴歯車が、一撃ごとに後退していく。


 ――見覚えのある、美しい魔剣技。

 

「……!?」バステナは鋭く振り向き。

「ようやくか。遅かったじゃないか」オレは振り返らずにニヤリとした。


「あ!えっと……なんて名前だっけ、とにかく、レオドラスの元カノのひと!」

 通りの反対側から端然と歩み寄ってくる小柄な女魔剣士の姿を認めたバステナが、素っ頓狂な声を上げる。ナリュース、な。


「……ようやくかよ。遅すぎるんじゃないか」

「文句ですか?先ずは礼でしょう」


 例によって二人の長身の騎士を従えたナリュースが、オレたちと悲鳴歯車、そして戦場となった通りを――犠牲者たちを――見回して、冷たく鼻を鳴らした。

 

「随分と派手にやってますね。こんな雑魚に苦戦ですか。君らしくないです」



 そう、王城の近所でこんな騒ぎが起きているとなれば、国内の衛兵兼、治安維持も兼ねるアーベンクルト騎士団が出動して当然なんだ。実は結構前から予想はしてたんだよ。言っただろ。『オレの狙いは別にある』って。それがコレな。



―――――――――――――――――――――



「まさか直近で午前と午後、騒ぎが重なるとは思いませんよ。一旦詰所に戻って事務処理をしてたんです」

 言い訳お疲れ。どんな理由があろうとも遅刻は遅刻だ。

 アーベンクルトの善良な市民を守るのは『お前たちの』仕事だろ?


 ともかく、まずはとっととヤツを片付けてくれ。

「話は――」「話はあと。言われずとも」


 オレの言葉を遮ったナリュースはつかつかと歩み出し。白光を纏う長剣(因みに、ナリュースの背より長い)を、高く掲げる。


「華葬・落日」


 天へ捧げた剣を振り下ろすと、虚空から現れたバカでかい光の剣が歯車へ落ちた。


 その豊かな緑髪が激しく巻き上がる程の凄まじい光撃、そして余波が広がるが、暴圧を間近で受けてもナリュースは眉一つ動かさず、涼しい顔。


『ガ、ギ、ギ、ゴ……』

「……なるほど。硬い」

 舌打ちしたナリュースは、背後で人形のように従っている二人の騎士に軽く目配せをする。

「ワット、ゼス。手伝ってください」

「はっ、副隊長どの!」

 応じた騎士ふたりが、ナリュースと同様の――見るからに威力は見劣りするが――魔剣技を開放し、我先にと進み出た。すげえ従者っぷりだ。



「……すごい。あれも魔剣技なの?」

 まあ、一応な。

「でも、レオドラスの技とは全然……」

 バステナが口籠る。全然何だ、比べ物にならないってか?言っておくけどオレの本来の魔剣技だってあれくらいの威力は出せる。というかさっき使ったのを見逃してただろお前。


「とりあえず、これで終いだ」

 既に致命的にブっ壊れているように見える悲鳴歯車に、三名の騎士が寄ってたかって、ボコボコに解体していく様を見て、オレは安堵の息をつく。


 やれやれ、大変だったなバステナ。お疲れさん。


 オレは、まだ不調はらいたから脱せていない様子のバステナの傍へ立ち、結末を見届けることにする。

 

 しかし、バステナは。

「………………」

 心底悔しそうに、顔を歪めていた。


 そしてぽつりと。

「……私が、ぶっ壊してやりたかった……」

 震えていた。


 その視線は、この戦闘の犠牲者まきぞえたちに『向けられない』。


 周囲では騎士団の到着で決着を確信した街人たちが、救助とに戻って来ており、方方で騒いでいた。その嗚咽や慟哭を、バステナは聴こえないように俯き、目をぎゅっと瞑っていた。


 戦闘中は高揚で押しやっていたものが、またのしかかってきたのだと思う。

 

 ……すまない。オレにお前の気持ちは判らない。顔も名前も知らない赤の他人の生死まで背負う必要はない。オレたちは決して、そこまで強くはない。


「気にするなよ」

 何度も繰り返してきた台詞に、バステナは応えない。


 オレは傲慢か?いいや違うね。自らの力が及ばないものまでも抱えこもうとする。どうにか出来ると自惚れる。それこそ傲慢だ。オレは多少ムキになってしまった……と、思う。


「何はどうあれ、オレたちは勝った。今のお前はただ、怒りの矛先を見失って混乱しているだけ。いいか?オレたちの手の届かないところでだって、いくらでも人は死んでいく。今日はたまたまその場面に立ち会ってしまっただけだ」


「でも、こんな。こんなの……あんまりだよ。それに、はどうして、私たちを襲ってきたの?私たちが今日ここに来なければ、もしかしたら――」

「判る訳がない。可能性はいくらでも考えられる」

「それでも、考えてよ。私はバカだもん。でもレオドラスなら、判るんでしょ。考えるのが得意なんでしょ。……ねえ」

「…………」

「何とか言ってよ」


 ――バギン!!


 緑色の瘴気が炸裂し、辺りを吹き抜ける。


 急襲と殺戮の果てに多くの死傷者を出した『悲鳴歯車』への止めは、オレたち自身の手ではなく、正にアーベンクルトを守るべき守護の担い手によって下されたのであり、それこそが本来の帰結だった。



―――――――――――――――――――――――――


 事の始末を終えたナリュースが、亊の経緯を見届けたオレたちの方へ、悠々と歩いて来る。あれだけ派手に魔剣技を放っておいて、息一つ切れていない、相変わらずの無表情ぶりだ。


「お待たせしました……怪我をしたんですか?」

 へたり込んだままのバステナを、冷めた目で見下すナリュース。


 バステナはまだショックから立ち直れず、俯いたままだ。

「……ちっ……ともかく、詳しい事情をお聞かせてください」

 おい今、わざと舌打ちしたな?知ってるよ。お前はそういう女だった。 


「……少し、落ち着いてからにしてくれないか」


「記憶が薄れる前に正確な経緯を知る必要があるんです。この数週間、あの様な事物が王都の至る所で複数出現している」

 ナリュースは構わず、歯車も真っ青の機械的な、抑揚のない、事務的な声で淡々と続ける。

「協力して頂けないのであれば、重要参考人として強制的に同行してもらうことになりますよ」


「くどいぞナリュース。少しだけでいい。せめてこいつは一人にしてやってくれ。話ならオレがする」

「……彼女には随分と甘いんですね。この程度で心が折れるようでは、まともに戦えないでしょうに」


 塞ぎ込むバステナを蔑むように、ナリュースが言い放った。

 ……やめろよ。まあ確かに、バステナの情緒にはオレも困ってるけどさ。

 それでも、こいつはたぶん初めて、犠牲を目の当たりにしたんだ。それも随分とえげつない形でだ。少しくらい落ち込ませてやれ。

 

 ――お前だっては随分と取り乱しただろ?



 オレは老霊薬士の研究室を訪れてからの経緯を要約して話した。当然、メサージオールやドラゴンエリクサーの件は伏せておく。きっとまた話がややこしいことになる。


「……ふむ。やはりクラス2非有機魔性機動エンティティ。他の事例と一致してますね。そして徐々に強力になってきている……」


 ナリュースは口元に手をやり、思索を巡らせながら、独り言のようにぶつぶつ。

 ――懐かしいな。よく見知っている彼女の癖だ。一緒に魔剣章典を開き、互いに意見を交わした夜のままの――

 

「恐らくは、王都に持ち込まれた魔王城の残骸の一部が、息を吹き返したモノらだということだけが推察されています。ただ、それが何故今なのかまでは依然不明のままです」

「リーダノール平野での最終決戦で墜落したっていう、アレか」

「はい。あの城はその全てが魔導科学の結晶。例え欠片一つであっても、最高の魔導素材になり得ますからね」


 すまん、またまた初出の話が出た。そう言えば『魔王』の話を何一つしてこなかったし、今後もする必要はないと思っていた。でも、しちゃう。


 ――遡ること二十年前。第三次リーダノール会戦と呼ばれる一大決戦で、遂に魔王城は陥落。平野一帯に拡散して大破した。

 便宜上『城』と呼ばれているものの、その実態は『高高度魔導素子掘削リグ』。早い話が、武装した飛行採掘機構である。


 上空の高濃度魔力を抽出するための一大機構群は、その膨大な魔力を直結した兵器群の、空を割る程の圧倒的火力を発揮し、各地を蹂躙して回った――勿論、その魔力のお零れに預かり、強化されたモンスター中心の地上軍も暴れ回った訳だが――まあ色々あって、最終局面で魔王城に乗り込んだ、とある特殊部隊――の破壊工作によって魔王城の主動力群は壊滅。爆散した魔王城はリーダノール一帯に降り注いだって訳。


 美しい草原が果てしなく広がっていたリーダノール周辺は深刻な汚染を受け、今では醜悪な残骸と樹木が絡み合う地形に、数知れぬ魔物が跋扈する魔境と化してしまったが、そこから得られるアイテムはどれもこれが抜群のレア。『宝探し』を目的に、多くの冒険者が日々トライする……ぶっちゃけて言えば『エンドコンテンツ』の舞台になった。


 そして、そのアイテム群こそが昨今のアーベンクルトの急速な復興に一役買っている――というところまでを話しておくか。


 で、建築物やアイテムや武器防具や雑貨に至るまで利用されている『魔王城の残骸』の一部が悪さをしてるんじゃね?というのがナリーシュたちの見立てらしい。


 それなら高純度の魔力を濃縮したエリクサーを扱う霊薬士の周囲で事件が発生していることにも、一応の関連性があるのかもな。


 まあ、それはそれとしても。


 何度も言ってるけどさ。この話は直接、オレたちには関係ないのよ。


 オレらの現在の目的は、あくまでドラゴンにも効くエリクサー探しだ。

 そしてそれは何一つ達成していないし、一歩も進んでない。


 こちとら一つのクエストに集中したいのに、次から次へとどんどんどん新しいクエストが追加されていくこの焦燥感、判る?判んない?判るだろ。判んなくても判れ!!

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