4.08 介入

 バステナの連撃をしこたま喰らったおかげで余計な部品が欠落し、随分とスマートになった悲鳴車輪は、質量突進チャージの威力こそ減じたものの、そのぶん、機動性がむしろ向上していた。


 速度が増したのは厄介だが、状況はそう悪くもない。きちんとオレたち『だけ』を狙えるだけの精密性を得たからだ。これで余計な巻き添えを気にせずに戦えるようになる。負傷者が退避する余裕もできたのは不幸中の幸いだ。


 ただ……もうね、笑っちゃうよ。


 オレとバステナが悲鳴歯車とやりあっていると、騒ぎを聞きつけた『冒険者』どもがどこからともなく現れ、意気揚々と参戦してきたのだ。


「おい、君たち!俺たちは翡翠の稲妻、サンダーエメラルド団の者だ!」なんだそのクッソだせえ名前。「強力な魔物が出現したと聞いて駆け付けた!助太刀するぞ!」やめとけ。あとエメラルドは翡翠ジェダイドじゃねえよバカ。


 悪い事は言わない。頼むから怪我人の救出の方を手伝っといてくんねえかな……。

 

「エメラルドファイアボール!」「き、効かないわ!なんて装甲なの……!?」「こうなれば連携奥義だ!行くぞ皆!」「おう!」

 

「「「サンダーエメラルドアタック!」」」


「うわああー!」「ぐわあー!」「きゃああー!」ばちこーん。

 ほらー、三人でまとまってるからぁ……。


 悲鳴歯車の突進を受けたサンダーエメラルド団がすんごく飛んでった。何だったんだお前ら。まあ良かった、最低限の防御魔法は使えたんだな。ただ、せめて囮になる程度には働いてほしかったね。


 それはそれとしてね、バステナちゃんもね、やっぱりエリクサーを考え無しに使い過ぎ!!


 気が付けば、たっぷり確保していたはずのエリクサーがごっそり減っている。オレは適切なタイミングを見計らって的確な霊薬類を状況に応じて上手く使っている。一方でバステナはとりあえず強力なやつから順番にがぶがぶ消費している。


 この兵法思想の隔たりはもうぜっっったいに改善しないような気がしてきた。


「ぐ、う、ウ、ぅぅぅ……げぷぅっ」

「おい……いくら何でも飲み過ぎだ。何本目だそれ」

「じゅうはち……」

「じゅうは……十八!?」新記録だ。


『ギャギギガギギギッ!!』


「――スウィフトスラッシュ!」「――邪爆の鎖鞭プラジェルムっ!!」


 もう何度目か、突進攻撃を仕掛けてきた悲鳴歯車に向かって同時に反撃を――。

 魔剣の斬撃と鋭い鞭の波を同時に浴びた悲鳴歯車は大きく弾み、ガコガコと変形しながら軌道を逸れ、そしてまた石畳の破片を撒き上げながらぐるりと旋回して――また向かってくる。


 通りは悲鳴歯車(と、ついでにバステナの魔法の流れ弾)の破壊の筋跡でいっぱいだ。それほどに魔剣技と魔法をブチ込み、構造部品を削り取り、ガタガタにしてやっているのに、その半壊した見た目とは裏腹に、勢いは殆ど衰えていない。


「ねえ!ずうっと同じ技ばっか使ってるけどさ、何かこう、とっておきの大技とかないの?」

 あ、バレた。

「あるにはあるさ。だけどな、使ったら最期、後がなくなっちまうんだよな」

「何ソレ。出し惜しみしてやられちゃったら意味なくない?このままじゃキリがないよっ……!」


 確かに。熾烈な削り合いはまだ終わりそうもない。双方ともにボロボロだ。

 エリクサーを始めとした薬品類も残り僅か。どちらが先に限界を迎えるかの勝負になってきた。


 だがな、何も相手をぶっ壊すだけが勝利条件じゃないぞ。

 オレの真の狙いは別にある――。


『ギギギ、ガギギ、ガコガコギギギっ……』

 数度の攻防の末、突然、悲鳴歯車が大きく震動し始めた。

 数々の被弾で痛んだ細かい歯車や部品が、その場にからからと崩壊する。

 おや?狙いとは違うが、もう限界だったとか?

 ふう、やったぜ。一時はどうなることかと思ったが、あっさりと終わった――

 

『――ギギッギギギッギギギギ!!』


 悲鳴歯車はいきなり、明後日の方へと走り出す――。

 最初に出現した工房へと。

 逃げ出した――?

 いや、こいつ。

 ……こいつは!!




『補給』する気だ!

 

 オレは一も二も無く、駆け出した。

「レオドラス!?」

 呆気にとられたバステナを置いて。

 しかし、工場の瓦礫の前で足を止めた。

 

 ――やらかした。

「……ふざけんなよ、くそったれがッッ!!」

 オレは張り裂けんばかりの悪態をつく。そうでもしないと湧き上がる悪寒に負けてしまいそうだったから。


 ガゴン、がこん、ガコン。

 出現時に聞いたものと全く同一の、不吉な構造音が、再び響き。


 『工場』の中に残っていた無傷の歯車や器械を再び統合して組み上がり『レストア』して元気一杯の悲鳴歯車が、今度はゆっくり、メキメキ。


 工場の瓦礫の山を押し分けて、再出現した。


 あああもう、マジで!もう……マジでさあ!!

 

「――剣典奥義・反転枢徳レタグレーデッ!!」

 四の五の言っている場合じゃなくなった。見るからに完全復活した歯車を相手に、オレも『切り札』をあっさり発現させる。剣に四本の呪的な黒線を宿し、枢要徳の暗性を利用した――ええい解説している暇はねえ。とにかく、魔法剣の威力と範囲を数倍に拡張する感じの技だ。OK?


「上等じゃない。何度でもバッキバキにぶっ壊してあげるからっ……!」

 飲み過ぎで苦しんでいたバステナさんは、むしろ闘志を取り戻したようだ。


 ここまで魔法を叩き込んで無事だった相手はきっと初めてなのだろう。

 歯を剥いて笑ってらっしゃるけども、ほんの少し――ちょっとだけ、楽しそうに見え始めたのは気のせいかな。

 

――――――――――――――――――――――――――


 まさに『復刻』を果たした『悲鳴歯車・改ギャスティギア・レストア』は装甲、機動力、制動力、反応速度、その全てにおいて飛躍的な性能向上アップグレードを果たしていた。

 

 更に、生意気にもオレたちの戦術を学習し、攻撃を予測しているかのような複雑な軌道で突っ込んで来るようなり。


 決定的な違いは、地面のみならず周囲の建物の壁も利用した立体的な機動を獲得していることだ。弾んで壁を使った跳躍をしてみたり、壁そのものを走ってみたり――ああもう手に負えねえよこんなもん!!



 それでも、とっておきの奥の手を投入したおかげで、まだ対等に渡り合い、善戦を続けてはいる。一撃ごとに大量のMPを持っていかれるのでコスパは最悪だし、更に別の問題点もある――手短に言えば、強力過ぎる故に、今、オレが使っている粗悪な鋼剣では強力な魔法の負荷に耐えられないのだ。


 今更説明するまでもないだろうが、魔法剣士はつるぎが命。

 殆どの魔技が剣を媒介にする以上、当然、剣の質や性能で、魔剣士の実力は多分に左右される。


 高性能の剣はクソ高いし、そもそもオレの実力ならどんな剣でもそれなりに戦えてしまうので、今日この時までは大した問題になることはなかった。


 だが、この戦いを無事に終えたら、多少奮発してでも、もっと上質な剣を手に入れるか――。今後はエリクサーそっちのけで、オレが最強の剣を求めて旅をする物語になる。タイトルも変わるかもしれない。その時はごめんな。


「うぐッ……!」

 余計なことを考えながら戦っていると、突然、後方でバステナが喘ぎ、体勢を崩した。

「はっ」

 すまん見てなかった。


「今度はどうした、何か喰らったのか!?」

「う、ううん……だいじょぶ」

「それともMP切れ?お前、まさかまたエリクサーを切らして――」

「そ、それも平気。今回はまだ結構残してあるよ。た、ただ……」


 ただ?


「お、おなか……おなか痛い」

「  」


 そりゃお前二十三本もエリクサー飲んだらそうなるでしょうね!!

 さっきまでの義憤はどこへ行った。


 『エリクサーの飲み過ぎによる腹痛』なんて状態異常バッドステータス、初めて見たぞ……単純な量は勿論、各種エリクサーの相性による飲み合わせの悪さもあったのかもしれない。エリクサーちゃんぽんだ。あとほら、洗剤も基本的に混ぜたらダメだし。


 ただ、その弱体効果は絶大で、色々な意味で危険な状態に陥ったバステナはよたよた、あからさまに動きが鈍っていた。


「いいから動け!来るぞ!」

「あううう……大声出さないでぇ……」

 悲鳴歯車に巻き込まれて血肉を撒き散らすより、クソをちびる方がまだマシだろうが……とは、流石のオレも言っちゃダメと思った。まあ言ったも同然だけど。


『ギャギギガギギガギッ!!』

「――魔防重壁ガロ・セクドビータ!!」


 避けろバステ……こいつ!もうダメだこいつ!全然動けなくなってしまったバステナを防御するため、止むを得ずオレ自身の最高位防護魔法を展開する。広範囲、高出力、膜状の守護盾が、背後のバステナごと包み込む――。


『ガギガギガギギギギギギッ!』

「うぎぎぎぎ……ッ!」

 猛烈に噛み合う歯車に負けないぐらい、俺も歯を食いしばる。


 やはり、質量攻撃を真正面から受けきるのはかなり厳しい。オレの全力での防盾すらも瞬く間に削り取られていく。かと言ってバステナが実質ダウンした以上、回避しながらの戦闘は封じられたも同然だ。こう何度も何度も直撃をもらっていては、やがて『詰む』――


 ――それならいっそ、今この瞬間、ヤツが防盾に食いついているうちに。

 至近距離でいるうちに。

 最大の威力を発揮できる射程距離にいやがるうちに!!

 

反転枢徳・猛勇閃アンドレイア・スウィフト!!」


 アーベンクルト騎士の基本理念、叡知、猛勇、節制、正義。

 その四軸を体現する四つの花弁の精神を宿す剣奥義。

 これこそがまぎれもない、オレの正真正銘の奥の手だ。二年ぶりに使った。


 剣が纏った四本の刻線が描く、縦横無尽に展開した幾何学的術式が、相手の物的構造に干渉し、崩壊させる――要するに『防御力無視』の大技である。


 見てろよバステナ、オレだってその気になれば単体高火力を叩き出せる。お前にはいつも驚かされてばっかりだから。今日はオレの技にもびっくりしてもらおうか!!


「喰らえッ!!」

 オレは眼前でバキメキ言ってる歯車野郎へ、袈裟懸けに斬り込み――。

 ――ばきんっ。


 ……折れたし!!


 しまった、オレ自身が一番びっくりしてしまった。

 クソが!!予想はしていたが一発も持ち堪えられないのか、このボロ剣!!



――――――――――――――



 中心から綺麗に真っ二つに折れた剣の先端が、弧を描いてくるくると落ちていく。


 ただ、その犠牲の代償に、オレの奥義は果たして、悲鳴歯車へも確かな大ダメージを与えてもいた。


 衝撃が、何層もの歯車装甲を全て貫通し、構造を支える基部コアへ到達した――はずだ。『ギャゴギガガガギィィィィイイィッ!』今度こそ『悲鳴』を上げた歯車が装甲部品をボロボロと落としながら、ガン!ゴン!ガラガラと転がって離れていく。


 ほら見ろ、効いただろ……!だけど……だけど。


 宙を舞っていた剣先が、からん、と落ちた。


 魔法剣士はつるぎが命。つまり、もう後が無い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る