4.07 クラス2非有機魔属機動構造体『悲鳴歯車』

 複雑且つ歪に噛み合った歯車が高速で擦れ合う音は、無数の人間の絶叫の如く。


 全長3.5メートル程の機構から漏れ出る瘴気の量と濃度から察するに、並みのモンスターより格上であるのは明白だ。

 

『ギィィィィいいぃイィィィィ!!』

 

 耳をつんざく『咆哮』に負けじと。


「王家のお膝元、王都の中心も中心、ド真ん中で白昼堂々お出ましか!ワケわかんねえぞ、笑えねえ……!」

「何にせよ、やっつければいいんでしょ!」


 久方ぶりのガチ戦闘だ!

 気合を入れ直したバステナがロッドを背鞄から華麗に引き抜き、歯車……そう、『悲鳴歯車』に向けてびしーっと構える。その意気だ。いいぞやっちま……いやちょっと待て!


 通りには大勢の往来があり、突然の事態に皆が皆足を止めて、一体何事かとどよめいている。この状況で使うにはバステナの魔法はちと高火力。周囲を巻き込みかねない。それこそ大惨事だ。


「大丈夫、威力も範囲も絞るから!」

 あ、そう。それならおk――って、出来んのかよ!それなら最初っからそうしてくれてれば余計な苦労せずに済んだんじゃない?あの時もあの時も!あと……あの時も。


「加減してもMPは普通に消費しちゃうもん。勿体ないでしょ。それに本来の威力を制限するって、すっごく難しいんだよ――」

「そんな言い訳は――ええい!とにかくやっちまえ!」

 

「――汝、始祖の闇を知り、始祖の混沌を知れ。光よあれ。されど闇を忘れまじ。闇なき空に星在らずっ!黒天の重法ダークロウズ!!」


 バステナが思いっきりロッドを突き出すと、周囲の空間を丸ごと歪めたような歪みが、既に動き出していた悲鳴歯車に直撃する。

 ガズン!!という鋭い衝撃音と共に、ゆうに数トンもあろう歯車の塊はかなりの勢いで弾き飛ばされ、冗談のように宙を飛び、工房の一階部分へと突っ込んでいった。


「よしっ……!」

 いい初手だバステナ。だが。

「……硬い……っ!」

 バステナは歯噛みしている。


 基本的には木製でも、大部分を鉄製の部品で補強された歯車は、バステナの(手加減したとは言え)魔法すらも耐える代物らしい。木工職人どもはだいぶ良い仕事をしているようだ。自慢していいぞ。


 そんな工場こうばの中からまた、メキメキバキバキという破砕音が増し、そして間断なく、再び建物を突破した悲鳴歯車が、木屑を撒き散らしながら通りへ飛び出してきた。


 最初こそ驚いたものの、その攻撃手段は単純な突進一択。こちらから動かずともあっちから勝手に射程範囲に入って来てくれるなら、さほど怖くはない。いくら硬かろうが、思う存分カウンターを決め放題。問題ない。


 しかし、恐らくは強引に魔物化された歯車は、その無茶な構造故に、長距離を真っ直ぐに走れるほどには出来が宜しくなかったんだ――その事に気付いた時にはもう、遅かった。

   

 通りに散らばった瓦礫や木材の破片を弾き飛ばしながら迫り来る悲鳴歯車は、不規則にバウンドしながら雑な軌道を描いて、傾いて。そしてついにあるタイミングで、オレたちから逸れた。


 逸脱、イレギュラー、脱線、オーバーラン……言葉は何でもいい。それが引き起こすのは――


「――バカ野郎、離れろ!!」

 一体どういう理屈で制御されてるのか知らねえけど、その図体を司るものは相当なアホかポンコツだ。一旦不安定になった挙動を立て直そうとして、その姿勢は更に不安定になって、修正なんてもう出来なくて。


 オレが叫んだ刹那、背後で興味本位で眺めていただけの、無防備な野次馬たちの真っ只中に、高速回転する歯車が飛び込んだ。


「あ」ロッドを構えたままのバステナの喉から、掠れた声が漏れる。

「ぼさっと見てやがるからだ……!!」

 ――予測できる訳がなかった。こんなもん、ただのエラーだ。オレたちだけに突っ込んで来る方がよっぽどマシだった。



「―――――――――――!!」

 周囲一帯に、本来の意味での悲鳴が、爆発する。


 不幸にも血と肉と臓物の雨と化した犠牲者が、幸いにも直撃を免れた生き残りを打つ。


 それでも歯車は止まらない。暴走だ。不安定に揺れる歯車は、パニックになって逃げ惑う群衆へ、更に飛び込んでいく。


 ばちゃん。という水っぽい音がして、オレたちの足元へ、血塗れの人形が落ちてきた。それは可愛らしい服を着飾った少女を象る玩具で――そしてきっと、その主は、もう。



「……!…………!!―――!!」

 バステナは絶句していた。わなわなと震え、起きてしまったことを恐れ、身を竦め、それでも見てしまったものから目を背けられずに。

 オレも正直、それなりに怯んでいた。だが冷静になれ。冷静になるんだ。

 

 多少のが掛かった悲鳴歯車は大きく曲線を描きながら制御を取り戻し、身構えているオレたちの方へ向き直る。


 迎え撃つぞ。冷静に――

「……この――」

「――このクソガラクタ!!今度こそきっちりオレたちを殺しに来やがれ!!」

 ……あれ?バステナの代わりに、オレが叫んでいた。

 

 

「ライシルトッ!!」

 かざした左手から迸る光筋が組み合わさり、半透明の大盾を形作る。


 大物相手との接近戦専用の重防御魔法だ。取り回しは悪いが、これならデカブツの質量攻撃にも耐えられる――いや、やっぱりキツい。重いもんはやっぱり重い。重さは強さ。至ってシンプルな理屈だった。オレとしたことが冷静さを欠いて真正面から受け止めてしまった、クソっ!!


 ――ガァン!ずざざざざ!ギャギギギギギギギギッ!!


 激突の衝撃で、数メートルは押し込まれる。

 更に。ヤツの中心部分で高速回転する歯車が、オレご自慢の光盾をどんどんと削り取っていく。その様はまるで牙だか舌だか。真っ赤に染まった部品の中央にぽっかり空いた空洞はまさに口。やばい。思った以上にキツいなこりゃあ……!


「――二重黒天・大千響ダブラダート・サリュートぉぉ!!」

 

 絶好のタイミングで、バステナが側面から新たな魔法を叩き込み、漆黒の花弁のような火花が炸裂し、悲鳴歯車が横殴りの衝撃でぶっ飛ばされる。


 ガン!ゴン!ガン!カラカラと、微細な部品を撒き散らしながら弾んでいく悲鳴歯車は、今度はまた別の建物の壁へと突っ込んだ。

 しかしまだまだ動きを止めるには足りない。そしてまたまた甲高く叫んで歯車の、新たな攻撃体勢へと変形していく。


「もう一発……!」

「バステナ!待て」

 一方で、追撃を与えんとするバステナを、オレは片手で制する。

「あいつの防御力を見ただろう、真正面からどつき合うのは不利だ。きちんと体勢を整えた上できっちりカウンターで仕留める。それしかない!」

「それでも、これ以上、好き勝手に、させてたまるかッ!!」


 新たなエリクサーをガブ飲み、切れ切れに叫ぶや否や、駆け出すバステナ。


「バス――おい!!」

「――罪を知り罰を知れ罰為して罪の咎とし罰の槌なりっ――」

 全速力で走りながら、しかもかなりの早口で詠唱を重ねて、距離を詰めていく。


 ――機動演算!そんなことまで出来たのかお前。高速で移動しながら魔法を放つには、通常、変動する術的座標の変数を常に計算に入れる必要があるはず。

 故に一部の限られた術者しか扱えない、しかもかなりの制限が掛かる高等詠唱だ。


 そんな理論をあのバステナが知るわきゃない。ただ現に今、やってのけてる。

 いや、理屈を知らないからこそか。


 出来ると思うからやる。

 それが本来の、本物の魔法マジックってやつなんだろうな。


 また一つ、お前から学んだ気がする――


『ギギギギギガガガグググガガガガッ』

万 魔 の 天 槌パンデモニウム・マリアスっっっ!!』

 見惚れてる場合じゃなかった。


 バステナのロッドの先端へ収束した黒光が、一度大きな円環となって広がり、そして再び閉じた無数の輪撃が、悲鳴歯車に叩き込まれた。例えは悪いが、言わばバカでかいトンカチのようなもの。

 範囲こそ控えめだが、その一点集中の威力はバステナがこれまで繰り出してきた数々の魔法の最大火力にも匹敵する。


 それは、バステナが本気で心の底から敵を憎み、抹殺しようとする姿でもあった。


『ガゴゴゴ「黒雷アルジンッ!」『グガギギギ……!「黒炎ブラガドっ!」グガ「堕天の葬氷クルゥデリス!!」


 石壁に押し込まれた悲鳴歯車は、尚も変形を繰り返して脱しようと――しかしバステナは次々と、至近距離での魔法を叩き込み続け、その全てを封殺していった。


 一撃ごとに粉砕された部品の一部が飛び散っていく。いけるか……!?

 ともかく、バステナがあの様子じゃオレは全く手が出せない。

 あんな魔法の暴風の中になんて飛び込めやしないって!


 オレは一旦、周囲の様子を確認する。

 死屍累々とは正にこのことだ。『運良く』即死を免れた連中が呻きながらあちこちにぶっ倒れている。とても自力で逃げ出せる負傷じゃない。


「おい!無事な奴は怪我人どもを避難させろ!ビビってんじゃねえぞ!」

 バステナが――いや、オレたちが悲鳴歯車を抑え付けている間にだ。

 お荷物がこの場に留まっていると、オレたちの戦術はだいぶ制限される。死んだ奴は諦めろ。


 それはそれとして、バステナさんってば、無補給のまま連続で魔法を放っているけども。


「くっ……!」

 息切れしたバステナが崩れ落ちて膝をついた。

 ほらあ!言わんこっちゃない。

 怒りはごもっともだがちょっとキレすぎだ。


『ギ、ギギギ、ガギギギ、ゴギガギギ……ッ』

 バステナの猛攻ラッシュを耐え切った悲鳴歯車が再始動。破砕された部品の穴を埋めるように新たな形態へと変形していく。但しその分、その体躯は出現時よりかなり縮小してもいた。


『ギャギギギギギキキィイイイイイィィ「スウィフトフラッシュ!!」

 『復帰』した悲鳴歯車が、へたり込んだバステナの目の前で悍ましい咆哮を上げ、動き出そうとした瞬間、急接近したオレも十八番おはこでたたっ斬ってやる。

 

 横薙ぎ一閃、しかし「クソ硬えなコイツ!!」判ってたけどな!

 渾身の剣撃を浴びた悲鳴歯車は二度、三度と転がり、そして変形の微調整つづきを始めた。


 これだけブチ込んでも平気ってか?いいや効いてるんだろ?

 その耐久力がどこまでもつか、これから思いっきり試してやるよ。

 どう見たって感情なんて複雑な意思があるヤツとも思えないが、それでも後悔させてやる。

 

 オレは歯車野郎を見据えたまま、へばって肩で息をしているバステナへ背中で告げてやる。


「何をひとりで突っ走ってるんだ。相棒だろ。やるなら二人でやる。とっととエリクサーをキメて、オレを援護しろ」

「…………!」


 バステナが、強く頷いた。

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