4.06 急襲

「よう。今日も『仕事』か?真昼間からご苦労なことで」

「!……てめえは……」


 不意に現れたオレとバステナの姿に、ルディカは、元々が大きい黒目を更にぎょろりと見開き、警戒する素振りを見せた。


「そう身構えるなって。少し訊ねたいことがあるだけだよ」

「…………」


 ルディカは獣の如く後退り。唸り声さえ聞こえてきそうだ。

 ぁんだその態度は。オレは最大限、丁重に接しているぞ。


「急にごめんね?私たち、キミを捕まえに来た訳じゃないの」

 一方でオレをずいと押しのけたバステナが、ルディカの目線に合わせて身を屈めると、優しく諭すように微笑む。


「説明不足でしょ……それに、どうして子供相手にそこまで威圧的になれんの?」

 そして肩越しにオレを睨みつけた。判ってんだろ。オレは誰にだってそうなの。

 オレは子供だろうがボケ老人だろうが全員平等に見下しているだけだから。

 

「…………」

 しかしルディカは、オレよりもむしろバステナに注意を払い、凝視している様子だ――そりゃ、そのでっけえ三角帽が(先程まで戯れていた鳩の)羽毛とフンまみれだもの。ヒかれて当然である。


「ただの子供があんなに見事なスリをするか?あの技術と胆力。常習犯なんだろ?将来は立派なシーフになれる」

「レオドラス!」

「褒めてるんだけど」


「相変わらずやかましい……で、オレに何の用だ。レオドラス」

 突然現れて勝手に口論くちげんかを始めたオレたちの様子に苛ついたのか、ルディカが低く、ドスを利かせた声で凄んだ。

 それでもやはり所詮は八歳の少女ガキの声。くくく、いくら威圧しようが可愛らしいものよ。


「……ん?」って、オレの名前を知っているのか。

「辺境で強力な銀龍を撃退したという魔剣士と魔術師の二人組。道中では新種の海棲モンスターも仕留めたとか」

「よく知ってるじゃないか。聡いガキだ」


 僅か八歳のガキに名が知られているのならば名声稼ぎも及第点と言ったところか。

 それなら話も早い。


 オレは尚も詰め寄ろうとするバステナの頭を片手で抑え付けながら、訊く。

「この辺りで腕の立つ霊薬士を探している。心当たりは無いか?」


「何だって?」

「一流の盗人は、常に逃走経路を頭に入れておくもんだ。自然と街の構造にも詳しくなる。裏道や盗みの標的にも精通している……どうだ?」


 僅かに、無言の間。


「レオドラス、まさかこの子がそんなことまで……」

 信じられない、という表情でオレを見上げるバステナだったが。


「……はッ。ははははッ」

 オレの真意を探るように目を細めていたルディカは、ふと、にやりと嗤った。

「子供相手に賢ぶるなよ、惨めだな。それに……人を見る目もねえ」


「……何だって?」

 今度はオレが怪訝に、眉をひそめた。どういう意味だコラ。


 しかしルディカはぷいと背を背けると、促すように首を傾げてみせる。

「良いぜ。おあつらえ向きのヤツを知ってる。着いてきな」


 お?やったぞ。だから言ったでしょ?バステナちゃんよ。 

 聞いて正解だったろ。意外な人物から意外なヒントが得られる。これだよこれ。これが冒険の醍醐味ってヤツだ。


 オレとバステナは顔を見合わせ、そして、既に小走りで駆け出しているルディカの後を追う。


―――――――――――――――――――――――――


 ルディカに案内されるうちに、見覚えのある――どころじゃない、午前中に訪れていた商業区域まで戻って来ていた。何だよ散々歩き回った挙句、結局、近場だったってオチかよ、青い鳥じゃねえんだぞちくしょう。


 辿り着いたのは、デーナンの工房からほど近い通りの二階建ての、大きな建物。

 うーん、ここも何度か前を通ったな……。増々の徒労感に笑うしかない。


 工房は工房でも、広く開け放された一階のフロアでは大掛かりな木工器械――機織り器や粉挽機など、比較的大型の木工機械や部品を製造する作業場、といった感じの施設のようだ。


 工場こうばのあちらこちらには、水車だか風車だか、または時計に用いられるであろう大小様々の歯車や器械部品が所狭しと並んでおり、数名の職人がいそいそと作業をしている――オレとしては興味深く、もっとじっくり見物しておきたいところだが、しかし当然ながら、この男臭い工場が本来の目当てではない。


「――この二階に、自然由来の霊薬とは真逆の『化学薬品』とやらを使って錬金術の研究をしてる男が住んでるんだと。デーナンとかいうジジイの且つての弟子で、思想の違いから破門されたらしいが、その実力は師ともタメを張るって話だ」


 流暢に語るルディカが詳しく説明してくれた。

 すげえ知ってるじゃん。ホントに八歳かお前?

「……ちっちゃいレオドラスみたい」

 バステナが小声で囁いた。うん、オレも思った。


「やるじゃないか。流石、オレが見込んだクソガキだ」

「……別に」


 オレは素直に感心してやったというのに、ルディカの反応は淡泊。

 どうやらルディカも、工場にある各種の木工部品に興味をそそられているらしい。 

 なかなか判ってるじゃないか。増々気に入ったぞ。

「……面白い……」

 うむ、こういうガチャガチャした機構はワクワクするよな。うん。


「ねえ、行くなら早く行こうよ、ここは油臭くてちょっと苦手……」

 ローブで顔を覆ったバステナちゃんは全く興味ナシ。そっか。うん。

 

「判った判った。さっさと済まそう」

 そうだ。細々したことにいちいち触れていては一向に話が進まない。


 さて、看板も出さずに引き籠っている隠者のツラを拝んでみるか。


 オレとバステナが、工場へ足を踏み入れようとした矢先、暫く工場の様子を見回してぶつぶつと、考えに耽っていたルディカが、ぽつりと呟く。

「……オレは帰る。そろそろ戻らないとフラウスがまた騒ぐ」


 フラウス?ああ、あのお人好し気取りの神父か。顔も思い出せねえや。

 引き止める理由も特にはないので、そのままフツーにお別れすることにした。

 まあなんだ、また用があればこちらから教会に出向けばいいだけだしな。


「ありがと、ルディカちゃん!じゃあね」

 軽く手を振って朗らかに見送るバステナに対し、ルディカは軽く横目を返しただけで、そのまま往来へ歩き去っていく。


「……不思議な子だねえ」

「不愛想なガキって言いたいんだろ。ほっとけ」

 名残惜しそうにルディカの背を見つめるバステナの肩を、オレは小突いた。


 

―――――――――――――――――  


 作業場の隅の古びた階段を上がり、やたらと薄暗い廊下の奥へ。


 壁一面、様々な殴り書きをされた張り紙でびっしりと埋め尽くされた狭い通路を抜けると、雑多な研究器具が満載された机の数々が乱雑に配置されている大部屋に出た。


 オレは顔をしかめる。この部屋にはきっと、掃除という概念そのものが存在しない。埃の積もり具合からして数年……いや十数年はそのままなんじゃなかろうか。


 更にヒドいのは、大釜で煮えたぎる紫の液体から立ち昇る、目が痛む程の刺激臭だ。他にも種々の薬品をなみなみと湛えるビーカーも似たり寄ったり。その内の半分は蛍光色でうっすら光ってすらいて、それがこの窓という窓を打ち付けられた暗室の、唯一の光源だった。


「……誰だ!?ここには立ち入るなと、何度も忠告しているだろう!それが家主との契約……げっほ!こほ!けっふ!」


 オレたちの気配を察したのか、部屋の奥の机の向こう側で、薬光に浮かび上がる骸骨じみたジジイが、気炎を上げて立ち上がる。


 しかしたぶん、長らく人と話すこともなく、声を出すのも随分と久しぶりなのだろう。すぐに咳込んでハヒハヒと喘いだ。無理すんな。


 七十にも八十にも見える老人は、衣類と呼べるようなものは身に付けておらず。ほぼ裸同然の肌着に薄汚れたエプロン姿。その節々から申し訳程度に延び出ている痩せ細った手足が痛々しかった。


「落ち着け。オレたちは怪しいもんじゃない」

 怪しいのはアンタの方だ。

「ただ、ドラゴンに使えるエリクサーについて尋ねたいだけ――」

 オレが全てを言い終える前に、悶絶していたジジイがカッと目を見開いて、青褪めた。


「ドラゴン……わ……ワシは何も知らん、知らんぞ!!」

「は……え?」

「帰ってくれ。ワシは関係ない。ワシには協力できない……っ!」

「いやちょっと待て、何か勘違いしているようだが――」

「帰れ、近寄るな、殺さないでくれ。ああ、ワシはこれを恐れていた。影が!闇が!!ついに迫ってきた。囁く影がっ……」


 みるみるうちに狼狽し、取り乱していく老錬金術士。

 その豹変ぶりに戸惑う間もなく、不気味な異音と震動が、部屋を揺るがし始めた。


 ……がこん!がこん、がこん――。


 と、同時に、階下の工房で複数の男の怒声と悲鳴。

 

「何だ、下で何を騒いでんだ……?」

「レオドラス、何か、なにか変……!」

 

 気付けば、すぐ脇にいたバステナも、小さく震えながら、オレのマントをぎゅっと握り締めている。地震?――考えを巡らせている間にも、ガゴン、ガコンという器械的な響きは正確に、そして着実に強まっていく。


 ガゴン、ガコン……ガコン!!

 バキバキ!メキメキ!!


 

 ドガングワッシャバキメキドズン!!


 不意に、ありとあらゆるものをまとめて叩き壊して木っ端微塵にしたような破壊音と共に『研究室』の床が、爆発した。


「――うわあぁッ!?」

「きゃあああっ!」


 めくれ上がる床材、吹き飛ぶ机、砕ける薬品瓶。四方八方に飛び散る残骸。

 オレとバステナは破片をもろに浴びて二人してすっ飛び、仰向けにぶっ倒れる。


 撒き散らされた薬品が一瞬で蒸発し、研究室は緑色の煙とに覆われ。そしてその霞の奥から現れたのは、ガコガコと無機質に脈動する、蠢く塊。


 なんだなんだどうした一体、何事よ!?


「――やめろ、許してくれ。来るな。やめろ。ワシは何もしていない。よせ、来るな!」

 恐怖で引きつり、嗚咽交じりに懇願する錬金術士の声が、やたらと耳を刺す。


 その相手は、ガコン、ガコガコ、という音を立てて、ゆっくりと変形する黒い塊――一言で言うなら『歯車の怪物』だった。


 つい先ほど、一階の工房に置かれていたのを見たばかりの大小さまざま、無数の歯車が半ば強引に組み合わさった歪な球状の構造物は、その隙間という隙間から、黒い瘴気を噴き出している。


「やめろ、ワシを殺して何になる!頼む、頼む、頼む……!!」


 は命乞いする老錬金術士に向かって、ゆっくりと回転数を上げ。

 突進して――呑み込んだ。


 骨が粉砕され、肉が千切れ、血が吹き散る、嫌な音。



 束の間響いたはずの断末魔は、走行部分の歯車と『巻き込む』用の歯車が擦れ合う、まるでそれ自体が悲鳴であるかの如き、高く掠れた不吉な音に掻き消された。


 相当に惨めな風体の老人だった欠片が、それよりもずっと無残な有様で、部屋中に飛び散る。


「――おじいさんっ!!」

「ッ……!!」


 オレたちが同時に息を吞んだ時にはもう、歯車の塊は研究室の机という机、棚という棚、壁と言う壁、天井という天井を粉砕しながら急旋回し、こちらへ向かって来ていた。

 

 問答無用。不意の惨状に身を竦めたバステナを咄嗟に抱き抱えると「ふあっ!?」打ち付けられた窓へ全力で体当たり。朽ちかけた木板をぶち破って二階からダイブ。

 身投げ同然で宙に飛び出したオレは、バステナを護るように身を捩り(そしてその所為で)受け身も取れずに落っこちた。


 鈍い音と衝撃が、叩きつけられた背中から全身を突き抜ける。


「がっふッ!」折れた肋骨が肺を突く感覚。

「……レオドラス!」

 軽く血を噴いたオレの姿に慌てたバステナが素早く身を起こす。

 ……オレのことは良い!これくらい、ポーション一本ですぐに治せる――いや痛った!痛い痛い!お前それ、その手!胸に体重掛けてっから!どけバカ!!いやそれよりも――


 ――バガァン!!


 オレたちを追い、建物の壁を盛大に爆砕した歯車の集合体が、午後の太陽を背に高く飛び出して来て、ズシン――という地響きと共に着地した。


 陽光の中でその姿を改めてみても、やはり歯車の寄せ集めの塊、としか形容しようがない。かなり無茶な造形で噛み合った歯車同士がガコガコ、メキメキという駆動音を立てて、変形――いや、呼吸しながら、次の攻撃の用意を整えている。


 また突進してきやがるぞ……!

「な、なんなのアレ……!?」

「知るか!オレも初めて見るヤツだ!」

 バステナがどいてくれたので、とりあえずポーション。

 聞きたいのはオレの方だよ!毎度毎度、こんなんばっかりじゃねえか!


 唯一確かなのは、急襲を仕掛けてきたこのガラクタの化身が、明らかにオレたちを狙っているということだけ。

 


 ミミックやゴーレムに代表される無機物系モンスターの異種『クラス2非有機魔属機動構造体』その名も『悲鳴歯車』との死闘は、こうして始まった。

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