第5話 エリクサーがぶ飲み!(タイトル回収)

「やだ! 絶対やだ!」

「頼むから飲んでくれ!」

「ていうか、これ効果あるの!?」

「大丈夫だ、信じろ! お前の魔法がなければあいつには勝てない! ふたりとも死んでしまうぞ!」

「うぐぐ……」

 

 迫り寄る銀刃の女龍アルジュ・ルパのと距離が縮まっていく。

 オレとバステナは押し問答で揉めている。

 バステナは渋ったが、初めて真剣に訴える俺に、納得はしてくれたようだ。


「わかった。頑張る。でも……」

 再び鞄からエリクサーを取り出すと、俺を責めるような、訴えかけるような目をした。


 ―—オレの方も、判ってる。


「ああ、少しずつでも良い。お前が飲み干す間、オレが時間を稼ぐ……!」


 オレは身を翻し、剣に魔法を宿した。



 今回ばかりは、マジにやらせてもらう。


『ほう、怯えて逃げぬ、挑みよる。よきよき。存分に可愛がり、そしてはらわたを啜ってやろうぞ』 


 その端正な牙の並びがはっきりと判る距離まで近づいた、アルジュ・ルパの表情が醜く歪んだ。


「舐めるなよッ……!」

 俺は手札の中でも最も強力な魔剣技を発動した。剣のみならず全身の無機物―—鎧や靴に至るまで、全ての性能を引き上げるもの。当然、消費する魔力は甚だしい。


 初手は俺からだ。奴をバステナに近付けさせてはまずい。

 俺も一本のポーションを鞄から取り出し、素早く飲み下す。

 そして突撃。正真正銘、真正面から駆け迫る。


『おろか。策も弄せぬか』

 それまで垂れ下がっていたアルジュ・ルパの槍尾がざわざわと蠢き、持ち上がったかと思うと、まるで光線の如く、俺へと延びてくる。


 一つ、二つ、駆けながら身を捩り、躱していく。 

 三つ、四……!


 避けきれなかった一撃が、俺の左肩を直撃した。

「…………ッ!」


 俺の左上半身が、吹き飛んだ。


 しかし。次の瞬間には身体が復元し、倒れ込みかけた俺は、また走る。


『な……?』

 アルジュ・ルパがたまげてやがる。どうだ見たか、今さっき俺が飲んだポーションは『一度だけ即死無効』の効果付きだったんだよ! 高かったんだぜ、これ。でも費用に見合うだけの効果はあった!

 

 俺は駆け寄りながら次のポーションを飲み、小瓶を放り過ぎた。

 俺は常に全アイテムの在りかを把握している。

 ピンチになってから何を使うか迷うような雑魚とは違うんだよ!!


「スウィフトスラッシュ!!」

 確実に仕留めた手応えがあったのに、反撃に転じてきた俺に驚いていたアルジュ・ルパの槍尾がたわんだ。俺はそこに一番の得意技を叩き込み、尾の一つを断ち切ってやった。


 一発、一撃、一挙手一投足。一つの一つの攻防で、次々とポーション、エーテルを消費していく。アルジュ・ルパが繰り出す爪、翼、尾、牙の猛攻は、とても全てを躱せやしない。ただいくら被弾しようとも、回復薬がもつ限りは戦える。


 しかしそれだけ消耗は激しい。あまり長くはもたない。早めに頼むぜ、バステナ……!


―――――――――――――


「う、うう。うぷっ。んくっ、んくっ……ごくっ」

 バステナは、あまりのマズさに滂沱の涙を流しながら、それでもゲキマズのエリクサーを、少しずつ、しかし確実に飲み干していく。苦み、臭み、そして痛さにも近い辛み。汗をにじませ、頬を染め、身悶えしながらも、バステナは勝利の為に、飲み続けなければならなかった。


「んっ……ああ、はあッ……あと、少し……あと少しで、イける……!」


 ―—最後のひと飲み!

 ぴかー。

 バステナの身体が輝いた。溢れ出した青い光は、MP全回復の福音だった。


――――――――――――――――


「……光無き地よ。光無き空よ! 光在る所に影在り、影なきところに光無し。光よ失せろ。闇こそ万物の祖なり、光こそ虚なり……!」

「……ッ!」


 バステナの詠唱が始まった。光を否定する最高位の闇黒魔術。全ての魔力と体力を消費して最強最大の魔法を叩き込むつもりだ。


 やれやれ……。なら、もうちょっと時間を稼いでやらないとな!


『……!』

 膨大な魔法の兆候を察知したのか、それまで余裕をぶっこいてたアルジュ・ルパの顔色が変わった。バステナの詠唱をに行きたいところだろうが、そうはさせない。


 とっておきの妙薬の出番だ。ドラゴンの血を使って作られた、龍の力を得るドラゴンポーション。遠い異国の地の秘術で作られた、この一本しか現存していない禁薬である。ぶっちゃけ違法だ。その効果は――


「―—バステナ、13秒だ!!」

 俺は叫んだ。詠唱中のバステナは反応しなかったが、きっと届いたはず。


 そう、たった、13秒。だがそれで充分だ。その間アルジュ・ルパを足止めできさえすればいい。


「うおおおオオオォォオッ!!」

 俺の雄叫びは、禁忌の咆哮へと変わった。


―――

―――。

 元に戻った。やばい、効果時間中の記憶が飛んでる。何をしたか全く覚えてない。

 

『ぐ、ぐぐ……!』

 呻き声がしたので振り返ったら、アルジュ・ルパがだいぶ離れた場所で胸を押さえて蹲っていた。たぶん、ドラゴンの力を得て一時的に強化された俺とどつき合い、弾き飛ばされたんだろう。まあ経緯はどうでもいい。


 バステナの詠唱が完了した。

  

魔  光  の 聖  堂カテドラル・アンホーリー ッ!!」


 大坑穴を満たすほどに無数の、黒く鋭い光柱の群れが出現する。

 それらはまさに巨大な聖堂を支える柱。

 ただしその光景は荘厳とは程遠く、坑道の闇すらも掻き消す真の闇の慟哭だった。


 それらは女龍を中心にゆっくりと旋回し、俺は慌てて範囲外へ、這うようにして逃げ出す。


『……これしき、破れぬとでもいわんや。笑止!』

 アルジュ・ルパの『翼』が開いた。

 銀刃の名を冠するだけあって、その翼は長く鋭く、妖しいオーロラのようで。

 そして、飛翔した。


 同時に、周囲の柱から無数の、漆黒の光弾が一斉に発射された。

 それはアルジュ・ルパの姿を覆い尽くす程の四方八方からの十字砲火となる。


「……すげえな」

 俺は思わず感嘆を漏らした。

 まさかここまでの威力、範囲の魔法を使えるとは、思ってもみなかった。

 バステナは一体どこでこんなもんを覚えたというのか――


『小癪なッ!』

 だが、アルジュ・ルパも想像以上の力を持っていた。

 牙を剥き出して、尾や翼を振るって次々と闇弾を弾き返すさまに、確かにこの女龍が一国を滅ぼすほどの存在であることを思い知らされる。


 そんな反撃を受けた光柱が砕け、消えていく――。

 ……まずいぞ。バステナ。突破される!


 バステナは次のエリクサーをぐいぐい呑んでいた。


「う、ううっ……にっがッ! 苦いよお……!」

「頑張れっ……頑張れバステナ!!」

「んぐぐぐ!」ごくごくごくん!


 バステナが飲み干したエリクサー瓶を岩床に叩きつけ。

 オレンジの髪から覗く碧眼が鋭く輝いた。


「マキスマルティマぁっ!!」

 半泣きで、手印を結んだ拳を宙へ突きさす。

 手から魔法陣が炸裂し、崩壊しつつああった黒光の柱を再生、補強。更に別種の魔法の発動を意味する、板状の光の螺旋が絡みついた。


 上掛けだ。すごいぞバステナ。

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