第4話 クソマズエリクサー

 トロッコ用の線路跡に沿って歩き続けると、やがて各坑道の連結点、採掘した岩などを集積するために整備された広大な空間へ出た。元は地底湖だったと思われる広場には、大量のトロッコなどの残骸が散らばっている。自然に朽ちたというよりは何者かに破壊されたような――。


 ――どっどっどっ!


「……敵だ!」バステナの顔がぱぁっと明るくなる。

「サソリグマ!」俺は剣を構えた。


 トロッコの墓場の向こうから、巨大なクマが真っ直ぐこちらに駆けてくる。

 ケツから伸びるサソリの尻尾が揺れている。だからサソリグマ。

 ただでさえ丈夫なクマの身体に硬質の甲殻をまとった、攻守のバランスの取れた強敵だ。

 そしてこいつは魔剣士にとっての天敵である。魔剣士の唯一、致命的な弱点は、一撃必殺の技を持たないこと。魔法と剣技のコンビネーションで着実に削っていくのが主な戦闘スタイル。故にこういった『硬い』相手には決定力不足が露呈するのだ。


 しかしこの程度で俺は動じない。こんな敵が出た時のために、バステナを相棒にして連れてきたのだ。出番だぞ!


「―—理嘯ことわりうそぶく者、来たれる慟哭と闇に呑まれ……!」

 振り返った時にはもう詠唱は終わっていた。

「穿てっ! 破黒槍ブラックランス!」


 ずずずず、ばばばばっ!!


 バステナの背後に現れた悍ましき闇の歪みから、数十本もの巨槍が出現し、こちらへ向かって来ていたサソリグマへ鋭く伸びると、その全身を串刺しにする。外れたぶんは岩壁にガンガン突き刺さる。


 ずううん。サソリグマを倒した!

 やっぱりオーバーキル。

「……ふうっ!」バステナはすっきりした表情で、爽やかに汗を拭った。

 よかったね。


「……だが妙だな。通常、サソリグマは三体以上の群れで出現する。たった一匹で、しかも無防備に突っ込んで来るほど、知能は低くないはず……?」


 オレの疑問は、すぐに解決した。


『なんぞ、かしましや。ひだるし、ねむし。さようなおらび。轟き。いとはらだたし』



 脳の中に熱した鉛を注ぎ込まれるような、声がした。


――――――――――――――


「……!」

「……な、なに今の!?」

 耳を塞いでどうにかなるものじゃない。低く厳かな、しかし圧倒的な風格を帯びた声は、脳を、精神を、魂を直接突き刺してくる。耐えがたい頭痛に怯んでその場で動けなくなったオレ達は、サソリグマが現れた先の闇の奥から、ぼんやりと銀色の光を帯びる影がふわふわ、ゆっくりと近付いてくる姿を、目撃した。


『しかし替わりの馳走とな。見るに雄々しき肉、匂うに溢るる霊験。よきよき。ようやく、わらわの口に合いそうなものにまみえた』


 研ぎ澄まされた刃のような銀の鱗に覆われた、体長3メートルほどの人型の似姿。    

 浮遊する姿は微かに人の女性性を帯びるも、異様に長い手足、肩と腰から広がる反物の様な光翼。垂れる五本の尾。そして何よりも確かにその頭部は、美しくも悍ましい『ドラゴン』のそれ――。


「ウソだろ、マジかよ……!」

 オレは、まさかの相手の登場にたまげて腰を抜かしそうになった。

 

 ――魔王直属、五将の一柱ひとはしらにして魔王の情婦、銀刃の女龍めりゅう『アルジュ・ルパ』!!

 討ち取られたはずの魔王軍の最高戦力がなんでこんなトコに……!?

 確かにドラゴンと言えばドラゴンだが、その中でも一番ヤバい相手だ。

 俺は色々と察した。こいつはこの地へ辿り着いた冒険者どころか、魔王軍の残党までをも喰らい尽くしたのだ。腹と力を満たすために。


 サソリグマはこいつから逃げていただけだ。

 そして次は、オレたちだ。


「……バステナ」

「判ってる。まっかせといて!」

 いや違う。逃げようと言いたかったんだけど。

 バステナは自身満々、意気揚々と、鞄からエリクサーの小瓶を取り出した。


 このガキ、相手がどれだけ危険なのか判ってない。

 戦史をきちんと読んだことがないのだろう。


 しかしふと思い直す。未だにこの鉱山跡に潜んでいるということは、この女龍もまだ力を完全に取り戻していないということだ。その力が既に完全なものなら、とっくにこんな場所から飛び立って国の一つや二つ、滅ぼしているはず。今ならまだワンチャン勝ち目もあるのかも。


 オレと、バステナのふたりなら――

 ―—あれ、今オレ、なんか変な気分になった。なんだコレ。


「……!」

 オレは首を振り、余計な感情を散らす。

 さあ飲めバステナ! がぶがぶ飲んで全力の魔法を思う存分放ちまくれ!

 その為にオレはほぼ徹夜で素材集めをしたのだから!


 バステナが、いつもの調子でエリクサーを――本来の鮮やかな紫ではなく、ちょっと茶色がかった液体を――あおり、喉へ流し込む――調合の際に薬草が足りなくなったので、その辺の雑草で補ったが、大丈夫だろう――あと細かい分量も若干間違っていたような気もしてきたが、それもまあ平気のはず――。


「ぶー」

 ぶしゃー!!


――全てがゆっくりに見える――

―—思いっきり口に含んだぶんのエリクサーを、バステナが盛大に噴き出した――

―—上を向いていたので、宙いっぱいにくすんだ茶紫の液体が広がって――

――キラキラ輝く霧になる――

 

「んおぉおぉおぉおぉいぃい!」

――俺の叫びもゆっくりだ――


「―—まっっっっっず!!」

 噴き散らかし、口元からだばだばエリクサーの残りを垂れ流すバステナが、渾身の力で絶叫した。

「なにこれ! にっが! まっずい! うえええ!」

 咽て、咳込み、えずく。


 ごめん、オレのせいか。

 ちょっと調合が適当すぎた。やっぱりうろ覚えはダメだったか。


 しかし、今は反省している場合じゃない。

 そうこうしている間にも、オレたちを喰らわんとする女龍はゆっくりと近付いてきている。


 戦うためにはお前の力が要る。

 だから、飲んでくれ。頑張って飲み干してくれ!

 そのクソマズエリクサーを!

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