第6話 プロローグ

『……!!』

 もはやアルジュ・ルパが何を叫んでいても聞こえない程の轟音。轟光。

 闇光の雷と濁流を前に、流石の女龍も為す術がなく――

 

「まだ、まだ足りない!」

「へっ」


 ――もう一本!!


 覚悟を決めたバステナが、更に次のエリクサーを!


 最高位の攻撃魔法結界の維持に必要な魔力を補うには、それしかない。


「うううっ、まずいっ……!」

 号泣しつつ我慢してエリクサーをおかわりしていくバステナを、俺はただ応援するしかなかった。但し全力で。拳を握りしめて、心の底から。


 ――がんばれ、頑張るんだ。バステナ……!

 

 三本目を飲みつくしたバステナが、涙目で宙を睨み上げる。


三  重  律トリプマロゴス!!」


 これ以上はないと思っていた魔法の規模が、更に強烈になった。

 

 怖気がするほど巨大な黒色の魔法結界が完成し、その全てが捕えられた女龍へ、光槍、光剣、光矢となって降り注ぐ。


『ぐ、ぐあああっ、おのれ、おのれ小娘ッ…!』

 猛攻に曝されたアルジュ・ルパの銀鱗や鋭翼は、次々と砕け散っていく。


『この痛み、忘れはせぬぞっ……!』

 

 バチン! 一際大きな音と共に光翼を開いた銀女龍は見事な捨て台詞を吐いて、

 頭上へ広がる縦孔の暗闇へと飛び去っていった。


「……やった!」

 オレはガッツポーズ。

「げぷうっ」

 バステナはばたーんと倒れた。限界だったらしい。


 危ないところだった。バステナが昏倒すると同時に、猛威を振るった暗黒魔法陣は溶け去っていった。もしアルジュ・ルパがもう少し我慢していたら……。


 ともかく、バステナの根性の勝利だ。認めざるを得ない。


「―—だ、大丈夫か」

 仰向けに倒れたバステナの元へ駆け寄る。


「……や、やっつけた……?」

「いいや、残念だが逃げてしまった」

「ごめんね。エリクサーたくさん使ったのに……けぷっ」

「何を謝る。お前のおかげだよ……オレ一人じゃ確実に死んでいた」

「そっか」


 抱き起したバステナは、オレの腕の中で微笑んだ。

 口元からも鼻からも、逆流したエリクサーと、あと涙を流しながら――。


――――――――――――



 HPもMPも使い切ったバステナを、おんぶして帰路を往く。

 クソマズエリクサーはともかく、ポーションもエーテルも、もう一滴も飲めそうにない。無理矢理飲ませばそれこそ大惨事だ。嘔吐にダメージ判定があるかどうかは知らないが、それがトドメになりかねない。


「……結局何も手に入れられなかったね」


 森を抜け、見慣れた街道沿いの草原に出たころ、目覚めたバステナがぽつりと呟いた。


「いいや、そうでもないさ」

 オレは無意識に応えた。


 オレが手に入れたのは、お前という相棒への信頼……。

 と言いかけて、口を噤んだ。

 それは、オレらしくない。


「何?」

「ふふ、内緒だ」

「変なの」

 

 俺はふと笑う。たぶん、醜悪なニタリ顔をしているのだろう。

 

 ……こいつは強い。

 これだけの力があるなら、並大抵のボスクラスも瞬殺できるだろう。

 今までは慎重に相手を選んできたが、これからは違う。

 こいつにエリクサーをガブ飲みさせて、強敵を倒し。

 そして名声と地位と富を得る。


 逃亡した銀女龍はまたどこかで力を蓄え、復活するだろう。

 そして奴が生き延びているということは、各地に散らばった魔王軍の残党も同様の企みを企てているに違いない。


 アーベンクルト王国が公表している戦果もでたらめだ。

 連中は権力を正当化するために、実状以上に華々しい物語を作りあげた。

 魔王を倒した正義の王国、を標榜したいばかりに、その後始末にオレたち冒険者を利用しているだけなのだ。


 その事実も暴いてやろう。オレは新たな頂点になってみせる。


 それまでこいつには充分に働いて貰わなくちゃな。

 機嫌を損ねないように宥めすかして、やる気を出させるように振る舞って。



 いやあ楽しみだ。オレの未来は明るい。



「……ありがと、レオドラス。私の力を認めてくれて」

 バステナが、オレの首筋に頭を埋め、消え入るような声で囁いた。


「…………」

 期待に膨らんだ胸への針の一突き。

 ほんの少しだけ心が痛んだ。


 確かにオレはお前を認めた。だから今後も思い通りにこき使おうとしている。

 それ以上でもそれ以下でもない。だからあまり、俺を信じるんじゃない。


「……ああ、お前は頼りになる相棒だよ。だからこれからも、一緒に頑張ろうな」

「うん」


 オレにしがみつくバステナの腕が、すこしきつくなった。


 ……もうひとつ、認めるよ。

 オレは、彼女の信頼の証に、ただ純粋に嬉しくなったんだ。





――――――――――――――――――




 ひとでなしイケメン騎士とアイテム温存の概念がない女黒魔術師の放浪記は始まったばかり。各地でありとあらゆるエリクサーをがぶがぶと飲み干しながら、クソ強い敵の数々をゴリ押しで薙ぎ倒したり、色んなエリクサーのテイスティングや飲み比べを行ったり、エリクサーを作れる美女の錬金術師を仲間にしたり、様々な冒険が彼らを待っているでしょう。

 逃げたドラゴンは再び姿を現すのか。魔王軍に代わり権勢を振るう王国の陰謀とは何か。そして、その旅の中でレオドラスとバステナの関係はどのように変わっていくのか。


 それらはまたいつか、語られるときが来るのかもしれません。









             エリがぶ!!

              序幕 

                了

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