旅の思い出 東北にて
「ゆ~か~り~さ~ん!」
遠くから私を呼ぶ声が聞こえる。
そちらに目を向けると、こちらに向かって手を振る女性が見えた。
「あおいちゃんじゃないの。大学は終わったの?」
女性の名前は、斎藤あおい。
内に居候している姉妹の姉で、今年で大学1年生になる。
「今日は大学お休みです!行ってたのは教習所で、もうすぐ仮免なんですよ!」
そういえば、そんな話をしていた気がする。
入学後しばらくすると、あおいちゃんは車の免許を取るためバイトを始めた。
そしてこの夏から本格的な教習所通いを始めたそうだ。
「これでゆかりさんみたいに、あかねといろんなところに行けます♪」
そう嬉しそうに話してくる。
齋藤姉妹は仲が良く、お休みには2人して色んな観光名所にお出かけしている。
妹のあかねちゃんは写真が趣味で、親に貰ったフィルムカメラを片手に色んな風景写真を、姉のあおいちゃんは旅日記としてブログを書いている。
あおいちゃんのブログ趣味は私の旅記事に影響を受けたというのだから、可愛い限りだ。
「免許が取れたら、私の車で旅行にでも行きましょうか。教習所では高速道路とか1回しか練習しないでしょ?少し遠出してみましょう。」
私の提案にあおいちゃんは嬉しそうに答えた。
「ゆかりさんと旅行ですか!?すっごい楽しみです。」
これだけ喜んでくれるのなら、誘ったかいがある。
「でも、車とはいえ運転は危ないから、一人やあかねちゃんとドライブする時は気を付けてね?」
あおいは「もちろん」と頷くと、首を傾けながら聞いてきた。
「でも、具体的にどういう危ないことがあったか聞いてみていいですか?」
こうした人懐っこさは、この子の魅力だろう。
「最初はバイクが怖かったかな?原付とかは左横からすり抜けてくるし。後、地方の車ってウインカーださなかったり、出しても直前なことが多いの。旅する時は気おつけなさい。」
もっと話しをしたいが、この暑い中いつまでも外にいるのは気が引ける。
「お昼も近いし、ちょっと涼みがてら喫茶店でも行きましょうか。車で旅した時のちょっと不思議な話をしてあげる。」
「あ、ゆかりさんの話聞きたいです!でも、また怖い内容なんですよね?」
苦笑いを浮かべながら、私の後をついてくる。
あおいちゃんには悪いが、こればかりは仕方がない。
楽しそうに話を聞いてくれる姿も楽しいが、怖い話をした時のこの子たちの困った顔も可愛くて好きなのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あれは私が東北地方を旅していたころ。
せっかく旅をするのなら下道で青森の端まで行ってみようと思い付き、日本海に沿って車を走らせていたことがある。
新潟でステーキの定食を、山形では山菜ラーメンを楽しみ、生まれて初めての東北旅行を満喫していた。
秋田県へ入ると、4月中頃だったにも関わらず雪景色が見られ、イメージ通りの秋田の風景に、心が躍ったものである。
そして、青森県との県境に差し掛かったくらいの山道で、後ろから迫ってくる乗用車が見えた。
事前情報として言っておくが、私自身色々体験をしてこそいるものの、霊感自体はないと思っている。
テレビの霊能者みたいに、心霊写真を見ても何も感じないし。
心霊スポットに行っても、幽霊の気配なんかわからない。
ただし、色んな所を旅する中で、1つだけ注意している感覚がある。
”背中の上の方、首筋から背中にかけてゾゾッっとする寒気の様なものを感じた時”
この時だけは、速やかにその場を離れて、たとえ変なものを見つけても興味を持たずに無視する。
長年の経験からそれだけは、ずっと続けていた。
”ゾゾッ”
車の後ろにその乗用車が来た時、そのいつもの感覚に襲われる。
何かヤバイと思った私はしばらく走り続けた後、たまたまあったコンビニへと入り、後方についていた乗用車をやり過ごした。
時刻は夕方。
小腹も空いていたので、コーヒーとホットスナックを購入し一息つける。
(あれが普通の車であれば、脇道に止めて先に行かせるのが正解なのだけど・・・)
私が乗っているのは軽自動車、取り回しは軽いが加速力や馬力は乗用車に劣る。
山道などで後方から車が近づいてきた場合、脇に車を寄せ、先に行ってもらうのが安全ではある。
(でも、人気がない所で走行を止めるのは危険。あの感覚があった時は特に。)
あの車が霊的な車かどうかに限らず、人気のない場所で走行を止めるのは危険であると判断した。
旅慣れているとはいえ、女一人。
この手の注意は厳重なくらいでちょうどいい。
ホットスナックを食べ終え、一息付けたところで、コーヒーカップを運転席の脇に置いてコンビニを出る。
(・・・ここからまた山道か。)
日も暮れて、辺りは赤い夕焼けに染まっている。
その日の宿までもうひと踏ん張りと、気持ち早めのスピードで車を進めていると
前方から、先ほどの乗用車らしき車が見えた。
「?さっきの車、前から来るの?」
自身の後方からきていた車が、今度は対向車として走ってくる。
違和感こそ覚えたが、先ほどの感覚はもうしない。
「珍しいことがあるものだ」「道でも間違えたのだろうか?」などと思いつつ、対向車に視線を向けた。
「・・・・・・はあ?」
乗用車には妙齢の男女が2人で乗っていた。
運転席と助手席に2人、女性は少し若めに見えたがごくごく普通の人間である。
その2人が、前方のフロントガラスに手がつくほど、体を前倒しにして、
両手を伸ばしていた。
(????????意味が分からない????????)
なぜそんな体制を車の走行中にとっているのか?
運転席の男性は、その体制ではハンドルを持てないのではないか?
いや、そもそも座席に座りながら、フロントガラスに手をつくという体制自体、無理があるのではないか?
そんなことを考えながら、対向車が通り過ぎるのを見ていた。・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「はあ、その人たちは何がしたかったんでしょうか?ガラスでも拭いてたんですかね?」
行きつけの喫茶店で昼食を食べて一息つく中、私の話を聞いたあおいちゃんは、不思議そうな顔をして訪ねてきた。
冷房の効いた室内には、控えめなBGMが流れている。
「私にもわからないのよね。車にのったことがあれば知ってると思うけど、フロントガラスに手をつくのって、相当無理な体制をとらないとできないのよ。」
少なくとも、座ったままの体制では無理だろう。
シートベルトを外し、腰を浮かせてやっと届くかという所ではなかろうか。
「助手席の女性はともかく、運転中の男性は、そんな体制でハンドル操作できないでしょう?」
乗用車とすれ違った道は、私が対向車の車内を観察できる程度にまっすぐではあったが、それでも両手をハンドルから放して運転できる道ではない。
「夕日がまぶしくて、手を前にやってたんですかね?」
「夕方だったし、太陽の向き的にそれも考えたけど、フロントガラスに手をつくほど腕を伸ばさないわよ。両手でやる意味も分かんないし。」
確かに、夕日は私の後ろから射していた。
私が車内をよく見れたのも、光が私側から照らしていたからである。
「幽霊とか霊的な線も考えたけど、血だらけとか血の手形とかはなかったのよね。」
ごくごく普通の男女だった。
車自体も綺麗なものであり、事故の後などはなかったと思う。
「でも、旅から帰った後、アクション映画を見て思ったことはあるの・・・・。」
声を落としてあおいちゃんに語る。
「・・・・・・たぶん、事故を起こしてフロントガラスに叩きつけられる瞬間は、あんな体制になるんだろうなって。」
短編ホラー フリーライターゆかりのホラー体験 @isse2007
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