鏡 love or kill
松本貴由
lover/killer
きみに触れられない。
目覚めるとまずきみを見る。
俺の隣にいつもあるながい睫毛を見る。
角刈りの俺、猫っ毛のきみ。
一重瞼の俺、二重瞼のきみ。
白いシャツは俺だけが皺だらけ。
きみのほうが寝相が悪いのに。
おはようを言う。
きみは眠そうな顔でおれを見る。
筋肉質の俺、モデル体型のきみ。
きみのほうが背が高い。
サングラスをかけた俺は軍人。
きみはお忍びのスーパースター。
俺が汚れるときみは輝く。
きみはそこから出たいと言う。
俺は笑ってだめだと言う。
きみを閉じ込めておきたいんだ。
きみをひとりにしておきたいんだ。
きみには俺しかいない。
きみはきれいだから。
孤独でなければならない。
きみは俺の唇に触れる。
唇の端から端をなぞる。
人差し指、中指、薬指、そして小指。
口角が上がって厚みのある俺の唇。
口角が下がった薄いきみの唇が食む。
きみはいつもぼうっとしている。
何を考えているのかわからない。
俺のことだけ考えてなんて言わないけど。
いっそなにも考えないでほしい。
俺のことだけ見ているのか?
それとも世界のすべてが見えていないのか?
俺の節くれだった指がきみの目を覆う。
俺の濡れた手のひらがきみの口を塞ぐ。
俺はきみを抱きしめる。
きみのシャツは白いまま。
俺以外に汚されない。
だから俺はきみを汚さない。
きみはきれいなままここにいて。
鏡の中のきみにくちづける。
俺は迷彩に身を包む。
きみは手を伸ばす。
俺にはもう届かない。
帰ってこられるか。
きみを忘れずにいられるか。
それでもきみが俺を愛してくれるか。
きみが俺をみつけてくれるか。
居てくれ、ここに、どうか。どうか。
***
きみはおれより早く目覚める。
忘れないようにキスして。
おれを置いて遠くに行ってしまうきみを。
おれを忘れるきみのことを。
忘れなければ生きていけない。
けれど愛がなくては生きていけない。
きみの分もおれがもってるよ。
きみがどれだけ遠くにいこうとも。
きみがどれほど違う色に染まろうとも。
きみがすべてを消し去ってしまっても。
きみの逞しい腕に抱かれるのが好きだ。
きみの厚い胸板に頭を寄せて眠る。
きみが勝手に生きている。
おれはきみを抱かない。
おれはきみのもの。
きみが好きだよ。
ほんとうは一緒に居たいんだ。
きみはどうだかわからないね。
きみはいつもぼうっとしてるから。
遠くを見つめてる。
おれを見ることはない。
おれにはきみだけ。
きみにはおれだけじゃない、もっと。
きみのゆくところは暗闇の迷宮。
きみが塗りつぶされる。
優しげな眉も、つぶらな瞳も、柔らかな唇も。
摺りつぶすのはきみの手のひら。
きみが捨てたものをこっそり拾っておくよ。
おれはきみの番人。
行くのかい、もう。
おれはここから出ないでいるよ。
きっときみは苦しんで死ぬだろう。
今も?
おれがいるときみは窒息するね。
だからこうして閉じ込めた。
本当はおれのことが好きでしょ?
おれがいないときみは生きていけない。
だからおれは閉じこもる。
おれはきみの大切なおれでいる。
やがてきみはきみに疲れるだろう。
きみはきみを失うだろう。
きみが帰ってこられないから。
そのときここを出て迎えにいくよ。
きみをはじめて抱きしめて殺そう。
きみはずっと、おれだけのきみ。
鏡 love or kill 松本貴由 @se_13
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