第12話 看病

 大鍋を火にかけ、油を熱し、一口大に切った肉を入れる。肉の色が変わり、いい匂いがしてきた。

 少しだけ、物足りないと思っていたのだが、ニンニクをすっかり忘れていた。

 しかし、無いものは仕方ない。昨日、食堂でも入っていなかったから、この辺では手に入らないのかもしれない。

 農業が盛んなところに行けば、手に入るのだろうか?

「エルヴィス様。種や苗は売っていなかったじゃないですか?どこかに行けば、手に入るのですか?」

 料理をし始めてから、ずっと隣にいるエルヴィスに話しかけた。ぴったりとくっついて、遥菜のやることを見ている。


 言えないけれど、少し邪魔なのだ。


「あぁ、もしかしたら……。農業が行われているのは、南の土地なのです。食料を独占できれば、権力を握ることが出来るでしょう。だから、なかなか外には出したくないのだと……。そこに行けば、……あるいは、庭などでコソッと育てられている地方があれば、分けてもらえるかもしれません」


 探してみる価値はあるかな?


「先ほど、馬車の話をしたでしょう。明日からは、魔物を狩りながら、馬を探す予定です。馬がいれば、探しにいけますね」


 馬って探すものなの!?

 それ以上に、エルヴィスは怪我をした状態で明日も狩りにいくつもりなのだろうか。


「エルヴィス様。怪我もしていますし、危ないのでは?」

「大丈夫です!! ハル様、その後は、どうするのですか?」

 エルヴィスが鍋を覗き込みながら言う。


 本当に大丈夫なのだろうか?

 話を逸らされた気もするけれど……。


「肉が固くならないように一度取り出して、玉ねぎを炒めます。その後、かさ増しにジャガイモを入れます」

 「ほぅ」と呟きながら鍋を見るが、肩が触れ合うほど近い。

 そんなに見ていても変化はないのに。

 肉を取り出して玉ねぎを入れると、簡単にできる料理を考える。


 何か食べて、応接室にいてくれないだろうか?


 砂糖に少量の水をいれ、小さなフライパンで熱する。溶けたものを薄く切った固いパンに絡めると、糖衣をまとったパンの出来上がりだ。

 その間にも、隣にいるエルヴィスに何度もぶつかった。

 ぶつかれば少し避けてくれるのだが、少しだから、また当たるのよ。

 非難の色を込めて見上げれば、嬉しそうに笑うし。笑顔がかわいくて、強く非難もできない。

「エルヴィス様。簡単にできるものですが、先に召し上がられます?」

 目を輝かせるエルヴィスを応接室のソファーに座らせて、皿とフォーク、水を出す。

 すぐにかじりついて、手に持ったパンを凝視している。美味しかったみたい。

 口に含んで嬉しそうな顔をするエルヴィスを見届けると、キッチンに戻った。


 ちょっと、玉ねぎが焦げたわ。

 これくらいなら、セーフかな?

 ジャガイモを加えると………。


 ・・・・!??

 エルヴィス様、皿を持って立ったまま食べているし。キッチンに戻ってきているし。

 意味ないじゃん!!


「エルヴィス様! 傷にさわりますから、座っていてください」

 それを聞いたエルヴィスは、キッチンからいなくなってしまった。


 傷つけてしまったかしら?


 いいえ。違ったみたい……。


 ダイニングチェアを持ってきた。

 一応、邪魔にならないところに座ったが、逆に見上げる目線が気になる。


 立っていれば肩が触れ合いドキドキするし、座っていれば頻繁に目があってドキドキする。そんなに熱い視線で見られたら、私の心臓が持たないわ!!

 これが、神の御座す地の娘に対する敬愛ってやつ!?

 エルヴィス様は信仰心かもしれないけれど、私は好きになってしまいそうよ!!


 なんとか気持ちを落ち着かせて作り上げたトマト煮込みを、各家に手分けして配る。遥菜が届けたケヴィン家は、ホークとウルフが小躍りして喜んだ。「ハル様、大好き~」と、抱きついてきて可愛かった。


 やっぱり、子供はいいわよね。大好きと言われたらほっこりするわ。

 





「うぅぅ~ぅ」

 苦しそうな声で目が覚めた。

 月明かりに照らされたエルヴィスの額には大粒の汗が。


 熱がでたのか、痛みが酷いのか?


 痛み止めも抗生物質もないので、自然治癒力に頼るしかない。

 寝るまでは平気そうだったエルヴィスだが、強がっていたのだろうか。

 遥菜は起き出して、渡されていたタオルを濡らして汗を拭き取った。

 小さく畳んで額に乗せる。

「うぅ~ん。ハルぅ~」


 起こしたかな?


「ハル~。ずっと、……一緒にいて……。帰るなんて、言わないで……」


 へ? 寝言?

 まだ、召喚されて3日。日本に帰りたい気持ちは強い。

 エルヴィスの寝言は聞かなかったことに……。



 夢の中では、『ハル』って呼び捨てにしているみたいだし、本当に信仰心??

 あぁ、ダメダメ!! 好きになったら、日本に帰るっていう決意が鈍る。

 本当に、聞かなかったことにしよう。


 タオルを取り替えると、エルヴィスの目蓋が震えた。

 うっすらと開いた瞳に見つめられる。

「ありがとうございます。夢でもハル様といたような気がします」


 呼び捨てにしてたわよ!!


 額に手を当てると、エルヴィスは瞳を閉じた。

 熱は、そんなに高い訳じゃないみたい。

「熱は、高くはないと思います。しっかり寝てくださいね」

「ハル様が隣にいてくれれば、明日には治ります」

 口角を少しだけ上げ、儚げに微笑んだ。


 いくら何でも、それは無理!!


 十日くらい安静にしていれば、傷は塞がるかな。

「しばらく安静にしていれば、大丈夫です」

「明日には大丈夫です・・・」

 そのまま寝てしまったようだ。

 もう一度タオルを変えて、遥菜もウトウトと眠ることにした。





「絶対にダメです!」

 罠を見にいくために来てくれたケヴィンが、困惑の表情を浮かべている。

「大丈夫です!! 俺も行きます!!」

「昨日、怪我したばかりじゃないですか!?」

 エルヴィスは、熱はなく元気になったと言い張っている。遥菜も額に手を当ててみたが、熱はなさそうだった。

 日本であれば、少し縫うだけで普通に生活できそうな怪我でも、薬がないのだから心配で仕方がない。

 昨晩はうなされていたし、エルヴィスの同行は看過できるものではない。

「大丈夫だ! 罠も血抜きも、自分の目で確認したい!!」

 左腕を上げ下げして大丈夫だと、遥菜に必死で訴えている。

 せめて、二~三日でもいいから無理はして欲しくない。

「今回じゃなくても、いいじゃないですか?」

 ネイサンが行くと言っているのだ。ネイサンに覚えてきてもらえばいい。ケヴィンも気を使って、「何度でもお供します」と言ってくれている。

「嫌だ! ハルの作る料理には、美味しい肉が必要だ!!」

 もう、完全に駄々っ子だ。いつもと口調は違うし、呼び捨てだし。

「今日はネイさんが持ってきてくれるって、言っているじゃないですか?」

 落ち着くように努めて穏やかに話しかけても、エルヴィスは膨れるばかり。

「自分で取りに行く!! そんなに危ない場所じゃないから!」


 なんて、わからず屋~!!


「じゃあ、私も一緒に行く!!」

 私だって、魔物がどんなものか見てみたいのだ。

 そんなに危険なところでないのなら、遠くから見るくらいいいだろう。

「ダメだ!ハルは危険だ! 魔法が使えないだろ!」


 怪我をしている自分は良くて、魔法が使えない遥菜はダメなのか??


「自分だって、怪我をしてるでしょ!!エルヴィスが大丈夫なところなら、私が行っても大丈夫よ!!」

「ハルには怪我させたくないし、怖い思いもさせたくない!」


 どんな理屈よ??


「エルヴィスが行くなら、私も行くから!!」

「絶対にダメだ!!」



 まったく結論の出そうにない言い争いに、ネイサンが大きく咳払いをした。

「それなら、こうしましょう」

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