第11話 採集と狩り
エルヴィスは、朝御飯が終わると出掛けていった。
遥菜はネイサンとスコップで穴を掘っている。固くて良い土とは言えないが、玉ねぎとジャガイモを植えてみるのだ。
農業なんてやったことはない。近所の畑も、特に気にも止めていなかった。こんな感じだろうか? と思いながら、土に埋めて、バケツで水を撒いておいた。
魔の森の方向を見る。エルヴィスは、あそこにいるはず。
結果として、昨日は何もなかった。「おやすみなさい」と挨拶をしてガチガチになって寝ただけだ。
いつまでもベッドを譲り合うような関係は、嫌だと思っていた。
エルヴィスはいい人だと思う。性格も見た目も悪くない。悪くないどころか、見た目はかなり好みだ。背も高く、筋肉質で引き締まった体躯。整った顔立ちに、優しい笑顔。ご飯が絡むと、子供っぽくなり可愛らしい。母性本能をくすぐられるというか、何というか、彼の喜ぶ顔が見たいと思ってしまっている。
自然と仲良くなり信頼し合える関係になれればと思っていたが、最初が肝心だったのかもしれない。
ただ、彼のことを好きになってしまったら、日本に帰りたくないと思ってしまうかもしれない。
帰る方法が見つかるかもわからないのだから、それでもいいのかも……。
いや、まだ諦めるのは早いか……。
「ベリーでも採りに行きますか?」
何か出来ることはないかと聞いた遥菜へのネイサンの返事だ。
どこで採れるのかと思えば、エルヴィスが向かった魔の森で採れるらしい。魔物が出るのは森の奥で、そこまで入らなくても採れる。遥菜でも安全だと言うので、つれてきてもらった。
魔の森なんて恐ろしい名前が付いているからどんなところかと思ったのだが、普通の森だった。
魔物が出るから、魔の森だろうか。
倒木などで通りにくいところもあるが、ベリーの採集ルートはよく人が通っているようで、歩きやすいように整備されていた。
「たくさんありますね」
美味しそうに色付いたベリーをつまみ取っていく。
他にも食べられるものを探したが、キノコは食べられるのか判断がつかない。山菜などの野草は、どれが食べられるのかわからなかった。
野山で駆け回るような子供時代だったが、そのころ山菜には興味がなかった。
食べ物を採集するなんて、日本では想像できなかったのだから。
「ねぇ、ネイさん。エルヴィス様のことで聞きたいことがあるんだけど……」
「なんでしょう?」
ベリーを採りながら、ずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
「たまにエルヴィス様が、私を拝んでいるような気がするんだけど……」
気のせいだろうか?
「あぁ、祈りを捧げていましたね」
やっぱり……。
やめて欲しいけど、一応向こうの考えも聞くべきよね。
「あの、何故、私は、祈られているのでしょうか?」
「エルヴィス様は、先代の、神の御座す地の娘であるリリアン様を敬愛しておられます。農業改革を進めたのが彼女です。私も幼かったので昔のことは良くわかりませんが、今よりも食料事情は悲惨なものだったようです。彼女が汗水垂らして農業改革をしたお陰で、食べられるようになったものが沢山あります」
ネイサンは懐かしむような顔をしていたが、遠くを見ながら悲しそうに眉を下げた。
「ただ、彼女は改革が一段落したところで亡くなってしまいました。残念なことに、畑の管理を引き継いだ者が、農業技術を自分達だけで独占し、今のような状況になっています。神の御座す地の娘であるというだけで、エルヴィス様にとっては敬愛するに値する存在です。それに加えハル様は、農業とおっしゃっいました。リリアン様に重なって見えたのではないでしょうか」
それで祈られるなんて……。リリアン様と私は違うのに……。
「あの……。私は、その、リリアン様とは違いますし、祈るのをやめてもらうにはどうしたらいいですか?」
ネイサンは、しばらく考えた。
そんなに難しいことだろうか?
「神の御座す地やその娘達を神聖化しすぎていて、家族になった実感がないのだと思われます。何でも話して距離が近づけば、改善するのではないでしょうか? 昨日の夕飯はいつになく楽しそうでしたし、ハル様には申し訳ないのですが、たまに夕飯を用意してもらえないでしょうか?」
夕飯は、自分のためにも作るつもりだ。沢山作って、
少しずつ仲良くなればいいということだろうか?
でも………仲良くなったら、別れるのは悲しくなるのよね……。
ベリーも十分採れたので、遥菜は帰る前に、バケツに落ち葉をいれていく。落ち葉というより、分解され柔らかくなっていて、・・・何て言ったっけ? ・・・腐葉土だ!
「落ち葉は食べられないのでは……?」
不思議そうに首を傾げるネイサン。
「肥料です。玉ねぎとやジャガイモに使いたくて」
ネイサンも手伝ってくれてバケツに一杯いれたら、重たくなったのでネイサンに持ってもらった。
さらに、目を付けていたベリーの苗木を掘り出した。
今朝植えた、玉ねぎとジャガイモの根本に腐葉土を撒く。さらに穴を掘って腐葉土を混ぜたところにベリーの苗木を植えた。
そこまで済んだところで、魔の森からエルヴィスが帰ってきた。遠くからでも何か大きいものを持っていることがわかる。
大きい真っ黒い魔物を、浮遊の魔法を使って運んでいるようだ。
エルヴィスは、たまに左腕を気にしている。
「あれは、ダークネスウルフですね。キングオブザビーストと言われている非常に獰猛な魔物です。いくらエルヴィス様でも、あれを一人で倒すなど……」
やっぱり左腕を、押さえているようだ。怪我をしたのだろうか?
「あ~!! エルヴィス様が、おっきな魔物をとってきた~!!」
遠くでホークが、楽しそうに跳び跳ねているのが見える。
「エルヴィス様、腕を怪我してませんか?」
「ハル様にも、そう見えますか? 私はエルヴィス様のお手伝いにいきます。ハル様は、グレースさんに頼んで、浄化の水ときれいなタオルをお願いします」
ドサ~!!!
ネイサンが大きな魔物を地面においた。音だけでその大きさがわかる。
「エルヴィス様!!」
左腕をとって見ると、ザクッと切れて血が流れている。
座らせて、傷を浄化水で洗い、タオルできつめに巻いていく。
「大きいのが狩れました」
「大きさはすごいけど、怪我をしちゃったら元も子もないじゃない」
「トマト煮込みが楽しみですね!」
食い意地……。
ホークに手を引かれ駆けつけたケヴィンが、頭を下げてエルヴィスの前に跪いた。
「大変申し上げにくいのですが、この肉は食べられません」
遥菜がエルヴィスの手当てをしている間にネイサンと話していたのだが、何か問題があったのだろうか?
「えぇ~!!! 何でだ?? ダークネスウルフは食べられないのか?」
「いえ、ちゃんと処理すれば、野性味はありますが美味しい肉がとれます。狩ったその場で血抜きをするのです。血抜きを怠ると、生臭くてハル様の料理が台無しになってしまうかと……」
「それは……」
「この肉は、次の魔物の罠に使うというのはいかがでしょうか?」
「そんなことが出来るのか?」
「はい。こいつは毛皮が高価で牙も売れます。皮と牙と魔石をとったら、ネイサンさんと罠を仕掛けにいってきますね」
そういうと、ケヴィンはホークに何か指示を出した。
大きな獣の毛皮を、きれいに剥ぎ取り、犬歯を取り出す。
エルヴィスは、その様子を興味深く覗き込んでいる。
「その牙は何故売れるんだ?」
「装飾品に使うのです」
作業を続けながら話すケヴィンに、エルヴィスが「見事なものだな」と呟いている。
魔石を取り出すと、黄色い大きなものだった。まとめて、エルヴィスに渡そうとするケヴィンに、エルヴィスは「魔石だけあればいい。他は解体の礼にとっておけ」という。
「まさか、こんな高価なものいただけません。それでは、明日罠にかかった魔物を一匹いただけないでしょうか?」
「そんなもんでいいのか?」
不服そうなエルヴィスだったが、今は作業に夢中になっている。毛皮には浄化の魔法を十分にかけて、天日干しするのがいいらしい。
「お父さん。持ってきたよ」
「おぉ!ハル様へ持っていってくれ」
「は~い」
「ハル様、ダークネスウルフの代わりにお使いください」
受け取ると、肉だった。しかも冷たい。
「え? 昨日ももらってしまったのに……」
「逆に料理したものをいただきましたから。実は、子供達が気に入ってしまって、もしよろしければ、これで作った分を少し分けていただければと」
頭を下げるケヴィン。そんなこと言われたら、今日も張り切って作らなければ!! ありがたく肉はいただくことにした。
「あぁ!! 待って!! 何でこんなに冷たいの?」
「何故って? 保冷庫に入れてありましたので」
「保冷庫?」
首を傾げる遥菜に、グレースが答えた。
「食材など痛みやすいものを入れて、長く持たせるために冷たくしておくのです」
冷蔵庫みたいなものかな?
「電気がきてるの?」
「でん、き?」
『電気』で伝わらないってことは、何で動いているのかしら?
「う~んと、その保冷庫の動力は何かしら?」
「魔石ですよ」
「魔石って、その魔石?」
ダークネスウルフから取り出した魔石を指差して聞くと、グレースは肯定した。ただし、もっと小さいものでいいらしい。
コンセントに繋いでいなくても使えるってことは、持ち運びが出来るってことじゃない? 重たいとは思うけれど、それさえ解決できれば生肉を買ってくることが出来る。
「保冷庫を持って、買い物に行ければ、生肉を買ってこれますよね?」
少し興奮してエルヴィスの傷近くに触れてしまい、エルヴィスが飛び上がった。
「保冷庫が重いのです。浮遊の魔法も長い時間は厳しいので」
「たしか、荷物を乗せられそうな馬車がありましたよね。あの、屋根がないというか、椅子もない~、車輪だけついている~」
軽トラックの後ろだけと言ってもわからないだろうし、あれは、何て呼べばいいのだ?
「荷馬車ですね。それなら持っていけるかもしれません。ケヴィン!! 前に食べられないから、魔物を狩るのを制限しているって言ってなかったか?」
「そうです。痛んでしまいますし、干し肉にしても町ではそんなに売れないので」
「荷馬車と保冷庫があれば、町で売れるか?」
ケヴィンが目を輝かせた。
「売れますね!! 魔物肉は普通の鳥や豚より旨いのです。私もその旨さが忘れられずにここで生活しているクチなので」
遥菜は買いに行きたかったのだが、売る話になってしまった。
まぁ、収入源があるのはいいことだ。
「そうか。すぐにでもやってみるとしようか」
「エルヴィス様!! 今日は安静にしていてくださいね!!」
うわ!! ネイさんに怒られた……。
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